第120話 嵐の前

「何者だ? 我々の検知網をすり抜けて来るとは……」


 突如現れた少女に武器を向ける教会の騎士たち。その騒ぎにお茶会をしていた黒の少女も気になって顔をこちらに向けていた。だが、それらを気にせずに少女は明るく声を張り上げた。


「まーまー落ち着いて! 超絶美少女のイノアちゃんを見て興奮するのはよく分かるけど! でも今はそれどころじゃないんだよ! 聞いてよ! 向こうに屍鬼魔将軍パリヤッソがいるの! んでんで、こっちは共和国が誇る最強クランのナラクモ姉妹のちょー強い美少女お姉たまのヒメコさんとロザリアさんがいるんだけどちょいと押され気味なの! しかもサポート役のイノアちゃんが抜けたから大変! だからそこのお強そうなお二人さん、ちょっと手を貸してくれない!? 勿論、ただじゃないよ! 報酬ならお支払するからさ!」

「……今、私たちは護衛中なの。邪魔しないでくれるかしら?」

「そう言わないでさ~! ね! 人類圏で活動してるってことは魔王軍は敵じゃん! なら今の内に屍鬼魔将軍を倒しておくべきだって! ナラクモ姉妹ってそう簡単には動いてくれないんだよ! 今がチャンス! ね! ね!」


 リティールの冷たい言葉にも一切めげずにまくし立てて来るイノア。そうしている内にメーデルの術式が完成したようだった。空から光の束が降りて来ると黒の少女を照らし、彼女は胸を抑えた。


「……あなたに、神のご加護があらんことを。私の言葉が分かりますか?」

「! kotobaga……」


 メーデルの優し気な言葉に黒の少女は顔を跳ね上げる。だが、続く言葉はメーデルたちでもわからない言葉だった。


「……っ、まさか、これでもダメなのですか?」

「chigau! wakaru!」

「あらら~ん? 護衛対象の人たちかな~? 何やらお困りのようだね? イノアちゃんが何とかしてあげよっか? お代にお二人を貸してもらうってことで!」

「お断りよ。私たちは護衛を任されているだけでそれ以外の命令権なんて彼女たちにはないわ。レインス、ダメそうなら引き上げるように言いなさい」


 イノアが何やらしたり顔でメーデルに近づくが、リティールが冷たくあしらう。レインスは少し状況整理に努めたいところだったが、取り敢えず敵が来ても困るので撤退を進言した。


「メーデル、ここはいったん立て直そう」

「レインス、でも……」

「matte! wakaruno! hanasiwokiite!」 


 メーデルにレインスが話しかけると黒の少女はそれを引き留めにかかる。その目は彼らがここに来た時と違い、光を宿しており何やら必死そうな態度だった。それを見てシャリアが気付く。


「もしかして……私たちの言葉は分かるけど、向こうからの言葉が通じないんじゃ」

「!」


 シャリアを指差して何度も頷く黒の少女。ボディランゲージはある程度通じるようだった。メーデルは少女に問いかける。


「あの、一度私たちについて来て術式を完全にかけられるように協力してくれませんか?」

「jutushiki? nannno?」


 首を傾げる黒の少女。不安になったメーデルは再度彼女に問いかける。


「シャリアさんの言う通り、私たちの言葉は分かりますか? わかるなら一度だけ頷いてください」


 言われた通りに首を一度だけ縦に振る黒の少女。一先ず、言葉は通じているということを確認する一行。術は不完全だったらしいが、意志疎通は出来る。一行がそう安堵した次の瞬間、メーデルの魔力感知網に強大な魔力が引っ掛かった。


「なっ……何ですかこれ……レインス、すぐ近くに何かいます!」

「……それがリティールたちの言っていた奴だと思う。俺には分からないが」


 大きな魔力に焦るメーデルにレインスは冷静に嘘を織り交ぜて返した。しかし、既知の危険でも危険は危険だ。メーデルはすぐに行動に移す。


「これほどまでとは聞いてませんでしたよ! すぐに撤退を……」

「matte!」


 会話を聞いていた黒の少女が身を翻そうとしたメーデルの手を取った。メーデルは伸ばされた少女の手を取ると馬車を指差す。


「ここは危険です。我々と一緒に逃げましょう」

「……doushitano? nanigaattano?」


 どうやら何もわかっていない様子の少女。メーデルは焦りながらも今、何が起きているのか短く説明した。


「この近くに非常に強力な魔族がいます。それは周囲に災いをもたらしながらこちらに近づいているようです。すぐに逃げなければ危ないでしょう。私たちはあなたを保護するため、馬車で逃げようと考えています。ついてきて―――」

「にゃー! 待った! 待っただよ! お姫さん! ここは皆で協力してその魔族を倒そうよ! 屍鬼魔将軍パリヤッソって強敵だよ! 放っておけば被害甚大! 今回はたまたまナラクモ姉妹が出てきてくれてるから被害は抑えられてるけど、さっきも言った通り、ナラクモ姉妹って滅多に出てきてくれないんだよ~! だから、ね! せめてそちらのお嬢さん二人は置いて行ってくれないかな~!」


 メーデルの言葉に割り込んでイノアが口を挟んできた。イノアに指名された二人の内、リティールは露骨に嫌そうな顔をする。シャリアも困り顔だ。そんな二人を宥めるようにイノアは頭を下げて上目遣いで告げる。


「そんな嫌そうな顔しないでって! イノアちゃん一生のお願い! ね! 危ないのはナラクモ姉妹のお姉たまが前面に立って抑えてくれるから、お二人は後方支援だけでいいからさ! ね! ここはイノアちゃんの顔に免じて~!」


 拝み倒してくるイノアにリティールは溜息をついた。


「……少なくともリアが参加するのは絶対ダメね。危な過ぎる」

「お姉ちゃんにも危ないことはさせられないのです」

「にゃー! そう言わないでってば~! 人類がどうなってもいいのかー! みんなからも何か言ってあげてよー!」

「我々は聖女様をお守りする盾。むやみに危険にさらす真似は出来ない」


 この場で最多数を占める騎士団からの意見は否定的なものだった。イノアは助けを求めて聖女メーデルの方を見る。彼女も申し訳なさそうな顔をしていた。


「あの、私たちの今回の使命は魔王軍と戦うことではありませんので……碌な対策も出来ていない以上、皆を危険に巻き込むわけには……」

「じゃあ「時間稼ぎは止めてもらおうか」……むー!」


 レインスはどんどん近付いてきている巨大な魔力の方を見ながらイノアを止めた。イノアは膨れっ面になるがそんなことに構っていては逃げ遅れてしまう。レインスはすぐに全員に指示を出す。


「逃げましょう。全速力でこの場から離れればこちらに誘導している者も諦めて独力で戦うことになるはずです」

「そうね……今回の目的はあの子の保護だし、いいんじゃない?」

「特に異論はないのです」

「そうしましょう。皆さん、すぐに馬車の準備を!」


 メーデルの指示に騎士団が迅速な対応に入る。それを横目で見ながらリティールはイノアに告げる。


「ま、諦めてあんたたちで戦ってきなさい。あんたも中々の使い手でしょ?」

「あんな怪獣大決戦の中にか弱いイノアちゃんを投入しようと!? 酷い!」

「……あんたはそんな怪獣大決戦の中に私たちを入れようとしてたのよね?」

「だって怪獣じゃーん」


 悪びれもせずに笑いかけて来るイノアにリティールはイラっと来た。それと同時に思うところもあったが、それより前に周囲の魔力が移動していることに気付いて顔を跳ね上げる。


「マズ……」

「ッ! もう視認できるところで何か起きてるぞ! 急げ!」


 騎士団が声を張り上げて馬車に乗り込むように促す。だが、それだけではこの戦闘の余波を受けてしまう可能性が高いとリティールは判断した。


 そして彼女は決断する。


「……あぁもう! 仕方ないわね! リア! レインス! そっちは頼むわ!」

「お姉ちゃん!?」

「やったー! 一緒に戦ってくれるの!?」

「あんたは後でひっぱたくわ。後、時間を稼ぐだけよ。すぐに追いかけるわ」


 シャリアを安心させる言葉を告げ、リティールは通常の視覚で視認できるところまで近づいて来た戦闘を見据える。


「お姉ちゃん……」

「行って。じゃないと私も逃げられないわ」

「……わかったのです。皆さん、逃げるのです!」


 方針は定まった。一行はリティールを残して急いで逃げ始めるのだった。



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