第119話 黒の少女との邂逅
ニクル村に到着した翌日の朝。前日の夜は寝室の部屋割りなどで多少揉めることになったが、概ね良質な睡眠を取ることが出来た一行はエミル高原にある黒の少女が拠点とする廃墟を目指して移動していた。
「……村では不躾な視線が多かったですね」
ニクル村でのメーデルの感想を受けてレインスはさらりと返した。
「皆、可愛いからね」
「もう、レインスはそう言って……」
満更でもなさそうな表情を見せる聖女様とまた余計なことを言ったと自己嫌悪に浸るレインス。二人のやり取りを見たリティールは少しだけ険しい顔をして隣にいるシャリアに話しかけた。
「またでれでれしてるわ。いいの、リア? こんなので」
「? 何かあったのです?」
「……まぁ、リアがいいのならいいのだけど」
呑気にしているシャリアにリティールは少し言いたいこともあったがシャリアがそれでいいのならば自分から言うことはないと小言を呑み込んでおく。一行を乗せた馬車はもうすぐ目的地である黒の少女が住まう廃墟へと辿り着きそうだった。そこでメーデルは最終確認を行う。
「もうすぐ着くとのことですが、いいですか? 私たちは友愛を以て黒の少女の下を訪れます。そのため、向こうが攻撃して来てもなるべく穏便にことを済ませ、祝福を授けてコミュニケーションを図りたいと思っています」
「まぁ、事と次第によるけど特に異論はないわ……ただ、早く済ませるようにしてちょうだい。気になる魔力が少し離れたところにあるから」
「急いては事を仕損じると言います。段取り通りに進めさせてください。レインス、いいですか? まずは黒の少女に警戒されないように食事を出すところから……」
メーデルにはリティールの言葉よりも自分の作戦の方が大事なようだった。少し前に彼女の信頼する教会の騎士たちが近辺から気になる魔力は感じられず、安全だと言っていたこと、そして成長した自分の魔力検知にも何も感じられないことが彼女の頭にあったのだろう。ついでにここに来るまでレインスと自分が旧交を温めようとしているのを見てはリティールが不機嫌そうにし、レインスがそれを気にしてあまりメーデルに構ってくれなかったのも無意識の内に影響していた。
そんなメーデルとリティールの板挟みに遭う形になったレインスだが、彼はこともなくリティールの意見を優先した。
「メーデル、待った。リティールが周辺に気になる魔力があるって言ってるんだ。気を付けた方がいい。やり取りは簡素化できないかな? 君を守る以上、油断して失敗しましたなんてことを起こすわけには行かない」
「レインス……」
メーデルは複雑な乙女心に判断を迷わせる。リティールの意見を微塵も疑わずに優先したのは気になるが、自分を守るナイトとしての言葉に胸がきゅんと来たのだ。
「わかりました……出来る限り、急ぎます」
「そうしてちょうだい」
リティールがそう言うとプランの練り直しが開始される。しかし、目的地まですぐそこという状況で大幅な練り直しは不可能だった。そのため、内容についてはそのままで儀礼に則った作法を諦めるという形で時間の短縮に努めることにする。
そこまで決まったところでレインスはシャリアの様子がおかしいことに気付く。
「シャリア? どうかしたのか?」
「レインスさん……急いだ方がいいのです。とっても強い魔力が少し離れたところで戦ってるのです」
「……わかった」
ヨークの二人が揃ってそう言うのであれば、少し離れた場所で何かが起きているのだろう。レインスは一応、自分でも気配を探ってみるが近くにある奇妙な気配は感じ取れるがその戦っている魔力とやらは感知出来なかった。
(……多分、近くにあるこの気配は黒の少女だな。ユート……今はユーコか。あの人に似た独特の気配がする。早めにケリがつけば……)
「廃墟が見えてきました」
レインスが思案しているところに御者から声がかけられる。目的地まで間もなくと言ったところだ。メーデルは自分の頬を解して周囲に声を掛ける。
「では、参りましょう」
馬車が止まる。廃墟を前にして奇妙な気配が先にこちらへやって来たようだ。
「anatatatidare?」
この世界の言語ではない声が聞こえる。だが、ファーストコンタクトで攻撃ではないということは話し合いの余地があるはずだ。御者はそう思いつつ返事を返す。
「我々は怪しい者ではない! あなたを高名な黒の少女とお見受けするが、間違いないだろうか?」
「dousenaniitterunokawakannnainoyone」
やはり、事前に聞いていた噂通り、会話は困難を極める。御者は馬車の中で待機している聖女たちに出てくるように告げた。
「……zorozoroto、nanisiyouttenokana?」
警戒している様子の少女。レインスは黒髪黒目の少女を見て勇子に似た気配を感じ取った。しかし、それ以上に気になるのが彼女が構えた金色の筆だ。
(……事前に聞いていた話通り、十二卦宝があるな。なんでこんなところに……)
これは敵に回すと厄介そうな相手だ。そう思いながらレインスは隣に降り立ったメーデルとの成り行きを見守る。メーデルは明朗な声で黒の少女と会話をしようと試みているが彼女は一切警戒を解かない。
(取り敢えず、打ち合わせ通りに……)
組み立て式のテーブルを準備してお茶会の支度をするレインス。相手は非常に怪訝な顔をしながらもメーデルとテーブルを見比べる。
「……まずは、親睦を深めるためにお茶会でもいかがでしょうか?」
「nani? watasitoochakaidemoshiyouto?」
笑顔で席に着くメーデル。そして黒の少女をじっと見つめる。彼女はしばらく悩む素振りを見せていたが、やがて金筆で文字を書くと用意された椅子に着いた。
「dokuwanaimitaine」
「さて、では……」
お茶が振る舞われる。メーデルが先に口をつけたそのお茶は聖水で作られた特殊な紅茶だ。黒の少女と呼ばれる少女が悪しき者であれば拒絶反応が出る。その場合は祝福も見直される予定となっている。緊張の一瞬だった。
「n、oisii」
口をつけた黒の少女は何事もなく紅茶を飲んだ。それを見て安堵する一行。この仕込みで教会の祝福も通りやすくなったというおまけつきだ。ここまで来れば交渉も半ばまで進んだと同じ事。思いの外スムーズにことが運んだと教会側が安堵したその時、レインスは強烈な気配に顔を跳ね上げた。
(何かいる!)
その強烈な気配はレインスの検知範囲に一度入ったかと思うとすぐに外に出た。レインスはそれがヨーク姉妹の二人が言っていた強烈な魔力の持ち主であるとすぐに理解する。レインスの異変を感じ取ったリティールが小さく肩を竦めた。
「ま、そういうことよ。早く終わらせてもらわないとね」
リティールの前で言葉の通じていないお茶会は和やかに進んでいる。それが薄氷の上で成り立っているということをレインスは初めて理解した。しかも、質が悪いことに薄氷には既にひびが入っている。
(誰か抜けてこっちに走って来てるな……デカい気配がそれを追いかけて、ついでにそれを抑えようとまた別の気配が防戦してる……)
こっちに来るなと言いたい気分だった。その代わりレインスはメーデルに急ぐように合図を出す。メーデルは短い詠唱と共にお茶会に少し花を添え、黒の少女の警戒を解してから笑顔を見せた。
「どうでしょうか? よろしければ、もう一つ奇跡をお見せしたいのですが」
「kirei……」
「ふふ、お気に召していただいたようで何よりです。では、こちらも……」
再び詠唱を開始するメーデル。今度は神の祝福を授ける長い祝詞だ。流石に警戒した黒の少女は金筆によって何かを確かめるが自分に害のないものであると理解すると何が起きるのか楽しみに待つことにしたようだった。
―――そこに。
「ぎにゃー! ヘルプだよ! 可愛いイノアちゃんの大ピンチなんだよ! そこの方! なにとぞお助けを~!」
(来やがったか……)
巨大な魔力を持つ者たちに先行して、その戦場から逃げ出したと思われる何者かがこの場に到着するのだった。
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