第118話 エミル高原へ

 共和国の北東部、エミル高原を目指してレインス達一行は馬車に揺られていた。聖女であるメーデルが乗っている馬車にレインス、シャリア、リティールも乗せられての移動だ。

 流石は聖女を乗せる高級な馬車ということで長時間座っていられるような椅子やサスペンションなどもついており、レインスが前世で魔王討伐のために使用していた馬車に比べると非常に快適なものになっている。ただ、特にやることもなく退屈な移動時間という問題が残されていた。


「レインス、これが卒業試験ということでしたよね?」

「あぁ、まぁそうだね」


 退屈な時間の中でメーデルはレインスに話しかける。メーデルが村から出てからは手紙で近況は綴っていたはずだが、実際にレインスの口から聞きたいということで、レインスはメーデルの言葉に応じていた。


「今後の将来は決まっていますか?」

「え、いや……取り敢えず冒険者になってみるつもりだけど」

「そうですか。取り敢えず……なら、もっと好待遇の仕事がありますよ。私の付き人になるということですが……」

「え、いやちょっとそれは……」


 何度目とも知らない勧誘の言葉。これまでやんわりとその申し出は拒否しているがここに来て直球で来た。その様子に会話をしているようで実際はレインスの言葉など聞いていないのではないかと思い始めるレインスだが、一先ずどうにかしたいと助けを求めて周囲を見る。すると不機嫌そうにしているリティールが目に入り、彼女と目が合った。リティールは険しい目をしていた。


「何よ、デレデレして」

「してない。何か話が通じないんだよ……えぇと、メーデル。さっきも言ったけど俺はそういう宮仕えに向いてないから……」

「レインスなら大丈夫ですよ。それとも私と一緒は嫌ですか?」


(うん)


 そう言えたらどれだけ楽だろうか。だが、まだ何も悪い事をしていない少女相手にそこまで言い切るほどレインスは冷たくなれなかった。


「まぁ、取り敢えず冒険者になるための卒業試験だから。冒険者になるよ」

「……そうですか。でも」

「しつこいわね。さっきから何回同じこと繰り返すのよ……」


 リティールの漏らした呟きにメーデルはムッとした。しかし、長い道中で既に口喧嘩では勝てないのは判明しているので彼女はレインスを標的にし続ける。


「レインス、さっきの話、考えておいてくださいね」

「ライナスとかの方がいいんじゃない? 聖騎士ってなるの難しいし」

「……レインスに考えてほしいんですが」


 「何でわかってくれないんですかね? 鈍いなぁ」などと小声で呟くメーデルのことをスルーしてレインス一行は目的地へと進んで行くのだった。





「ようこそ、教国の聖女様。歓迎いたします」


 道中でギスギスしながら一行が辿り着いたのはエミル高原で教会の言う黒の少女が目撃された廃墟に最も近い村であるニクル村だ。教会から既に話は行っていたのだろう。村の長と思われる老人に幾ばくかの金銭を渡すとスムーズに村長の館へと案内される。


(……武装した人が多いな。この辺りも魔王軍の影響で治安が悪くなっていると見て間違いなさそうだ。まぁ、村からすれば稼ぎ時みたいだが……)


 村の中の様子を確認してレインスは内心で警戒してその中でも注意すべき対象を探っておく。リティールとシャリアが揃っている状態で警戒すべき対象などそうそういないが、今回は護衛が任務となっているため油断は禁物だ。


「退屈ね……ぱっと行ってぱっと終わらせたいわ」

「まぁ、そう言わないで。ただでさえギルドに目をつけられている状態でこの国の上層部にも目をつけられたくはないよね?」

「面倒臭いわねぇ……すぃーでもいれば退屈しのぎにはなったのだけど」


 リティールは自分とシャリアの周囲を警戒しながら溜息をつく。彼女お気に入りのすぃーは今回も自宅警備員のためお留守番だ。一応、金策の為リティールが持ち出していたシャーブルズの里にあった鉱石にリティールが溢れる魔力を込めているのですぃーは飢える事はないが、リティールはすぃーの様子も気がかりで早く帰りたがっている。

 そんな感じのことを二人でこそこそ話しているとメーデルがその様子を気にしたようで、声を掛けて来た。


「……あの、お二人で何を話してらっしゃるのですか?」

「周囲の確認。警戒する相手はいるかなって感じの事。詳しく言うと不自然な動きになるかもしれないから伏せておくけどね」

「まぁ、出来れば私たちも気を付けておきたいのでそういったことは皆に伝えてほしいのですが……」


 レインスの口から出た適当な理由にすぐに納得しつつ意見を口にするメーデル。そんな彼女にリティールが追撃した。


「私にとって気を付けておくべき対象とあんたたちが気を付けるべき対象だと水準が違うからあんまり当てにならないわ。それでも言っておくなら私やリアがいる限り今この村であんたたちを如何こう出来るのはいないわね」

「頼りにしていますね、レインス」

「……俺を頼りにされてもなぁ」


 思わずぼやいてしまうレインス。リティールは微妙な気持ちでそれを眺め、シャリアに宥められるのだった。

 そして一行は村長の館に辿り着き、貸与される部屋に案内された。お付きの者が村長に今後の予定を説明している間にメーデルは自分たちの予定について再度確認のために話し始める。


「明日の昼頃、エミル高原に向かいます。そして教会より祝福を授けて私たちの言葉を話せるようにしてコミュニケーションを図ります。対話の際に融和的な態度で臨むことが出来るようになるべく手荒な真似はしたくないということを念頭にご協力をお願いします」

「それはいいのだけど……問題は村の様子から察するにこの近くまで魔族が来てる気がするのだけど?」


 リティールの言葉にメーデルは申し訳なさそうな顔をしながらも言った。


「遭遇しないように気を付けて進むつもりですが……万一の際は申し訳ありませんが護衛の程、よろしくお願いします」

「はぁ……仕方ないわね。ただ、最悪の場合は撤退も視野に入れていいのよね?」

「……最悪の場合、と言いますと?」

「あんたたちを守り切れなさそうだと判断した時なんかよ」


 リティールの言葉にレインスは驚いた。リティール程の術者がそれほど警戒する相手がこの辺りにいるとは思っていなかったのだ。不機嫌そうなリティールに対してメーデルは呑気に返す。


「あなた方がいれば大抵のことは大丈夫だと窺っていますが?」

「その大抵のこと以外が起きる可能性もあるでしょう? 言っとくけど、リアに何かありそうな状況になったら迷わず撤退するわよ」

「そこは護衛対象の私に何かありそうな場合にしてほしいのですが……」

「護衛任務を受けたのはレインスとリアよ。私が付いて来たのはその二人を守る為だからあんたはついでよ。ついで」


 リティールははっきりと優先順位を宣言する。メーデルはそれを微妙な顔で受け取って一先ずリティールの言う通りに最悪の場合も想定した行動を心掛けることにするのだった。



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