第117話 護衛前の挨拶
護衛の期日がやって来た。レインスたちは学校の前に教国のシンボルが印された豪華な馬車が止まっているのを横目で見ながら校舎内に入る。
「……またあいつか」
「は~シャリアちゃん可愛い……それに今日はリティールお姉様までついて来てるわ。後いつもの邪魔も」
「さっさと卒業しねぇかなぁ……」
すれ違う学生に色んなことを噂されながらレインスは応接室まで移動した。室内に入ったレインスを出迎えたのは重装備をした聖騎士だった。
「……君がレインス君か。そしてお二人がシャリアさん、リティールさんで間違いないですか?」
「そうよ。挨拶は不要かしら?」
「聖女様の前で行ってもらいます。こちらへどうぞ」
持ち物検査などを行うはずの聖騎士だったが、リティールの圧倒的な魔力を前にしてそれが無意味であることを覚り、せめて心証を悪くしないように様々な過程を省略した。リティールは魔眼でその男の感情を読み取って特に罠などはないことを確認した後に進んで行く。
そこに待っていたのはレインスの知る美少女だった。プラチナ色の長い髪に琥珀色をした大きな瞳。神々が作った造形のような美しい少女、メーデルがレインスの目前に成長した姿を現していた。彼女はレインスを見るなり立ち上がって告げる。
「お待ちしていました。レインス」
「またお会いできて光栄です。聖女様」
「まぁ、固くならずとも結構ですよ。もっと楽にしてください」
(……?)
メーデルの柔らかい物腰の対応にレインスは内心で首を傾げた。前世での再会の時、彼女はもっと固い感じだったはずなのだ。だが、一先ずは返答が先だと考えるのを後回しにする。
「大変ありがたき申し出ですが、性分でして」
「レインス……? あの、あ! ここにいるのは私の私的な者たちですので、お気になさらないで。旧交を温めましょう?」
どうしたんだろうか。何やら焦っている様子のメーデルをレインスが訝しんでいるとリティールが割り込んできた。その顔は来るときに比べて不機嫌な感じになっている。
「レインス、取り敢えず言う通りにしてあげなさい。面倒臭いわ」
「……いや、不敬になるから」
「いいから。不敬罪にされたら私が全責任を負って何とかするわ」
「……わかった」
渋々リティールの言葉を受け入れるレインス。個人的にあまり深くかかわりたくないので距離を置いた話し方の方が良かったのだが、リティールが言うなら仕方ないというところだ。
「えーと……砕けた話し方でいいんですね? 聖女様」
「メーデルでいいです」
「……メーデル」
「はい。それでいいです」
どうやら幼馴染は教会の中で押しが強くなったようだった。前世では冷たい形で正論をぶつけてくる感じだったのが微妙に変化している。レインスは最初から思う通りに行かないと思いながらリティールとシャリアの紹介に入った。
「では、メーデル。こちらが私の仲間のリティールとシャリアです。二人ともヨーク族の族長の直系で非常に頼もしい魔術師です。よろしくお願いします」
「はい。因みに、どんな関係なんですか?」
何やら焦っている様子の次は警戒している様子のメーデル。魔力量からして当然のことかと思いつつレインスはリティールに何か言うように促す。リティールは少し考えた後に答えた。
「……まぁ、仲間ね。ある種、もう家族と言ってもいいかもしれないわ」
「え……」
リティールの言葉にメーデルは固まった。レインスは家族とまでは言い過ぎな気もするが、それほど大事にされてるんだなーとどこか他人事のように思った。だがメーデルの方は何やら問題があるらしい。目に見えて狼狽していた。
「れ、レインス? どういうことですか? 家族って……」
「ん、あぁ……何と言いますか。くすぐったい感じですね」
「そんな……私が頑張ってる間に何てことしてるんですか……」
否定しないレインスに愕然とするメーデル。その光景を見ていた聖騎士たちからのレインスへの視線が冷たくなった。居心地が悪くなるレインス。リティールに何とかするように目配せすると彼女は溜息をついた。
「はぁ。いいから話を進めてくれないかしら。護衛ということでいいのよね?」
「……はい。でもちょっと待ってください。色々とショックが大きくて……はぁ」
「大丈夫なのですか? 顔色が悪いのです」
「大丈夫なので少し放っておいてくれませんか?」
シャリアの気遣う声に対して声音こそ優しいが突き放してくるメーデル。しばし彼女は俯いて表情を誰にも見せなかったが、少し間を置いた後、メーデルは明らかに無理をして作った笑みをレインスに向けた。
「れ、レインスも水臭いですね? こんなに可愛らしい方と付き合っているなんて手紙では何も言ってくれなかったではないですか」
「え? 付き合う?」
疑問の言葉を挟んだレインスにメーデルは食い気味に尋ねた。
「付き合ってないのですか?」
「一緒に住んでる仲間だけどそういう関係ではないかな……」
シャリアとリティールの方を見てレインスはそう言った。シャリアは普通に頷いているが、リティールの方は微妙な顔をしている。レインスと少女たちの反応を確認してメーデルは再び顔を下に向けてから普通の笑みで顔を上げた。
「そうですか。ならよかったです。レインスにとって家族なら私にとっても大切な人ということになります。よろしくお願いしますね?」
「……よく言うわね」
「何か?」
感情を読み解く魔眼を持っているリティールのぼそりとした声は誰の耳にも届かなかったようだ。取り敢えず持ち直したメーデルは上機嫌に戻ると挨拶を済ませて本題である護衛の話を始めた。
「では、挨拶も済んだところで本題に入りましょう。今回の私たちの目的は共和国にいる迷える
「エミル高原? 魔族との戦闘地点とかなり近いじゃない。何でこの時期にそんな危ない場所に危険を冒してまで行かなきゃならないのよ?」
家で時間を持て余し、ギルド発行の新聞などの情報に精通するようになったリティールから疑問の声が上がる。それに対してメーデルは真剣な顔で答えた。
「今だからこそです。かの
(ならもっと早くに保護しておくべくだったんじゃないか?)
レインスはそう思ったが口にはしなかった。この場にいる者たちは肩書こそ立派なものの教会にとってはまだ立場の軽い者たち。彼女たちに言ったところでどうにもならないからだ。そんなレインスの内心を知らずにメーデルは続ける。
「現在、魔族との争いは激化しております。人類のためにも
メーデルは丁寧に言っているが、既に上同士のやり取りは済んでおりレインスに拒否権はない。レインスはメーデルの申し出を受け入れる。するとメーデルは微笑んだ。
「ありがとうございます。では、馬車まで移動しましょう」
「はい」
「……まぁ、いいわ」
リティールが空間魔術を使って移動してもよかったのだが、手の内を隠すというレインスの方針に従って一行は馬車に揺られて旅をすることになるのだった。
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