屍鬼軍

第116話 卒業試験

 学園都市アルシャディラが魔族に襲撃された傷も表立っては癒えた頃。紆余曲折はあったもののレインスとシャリアは無事に卒業試験を受けることになった。


「お、来ましたね。レインス君にシャリアさん。早速で悪いけど卒業試験の内容について説明させてもらうよ」

「よろしくお願いします」

「なのです」


 卒業試験は各学校での学力試験の他に各々の進学、もしくは就職希望先によって異なる。レインスの場合は冒険者ギルドへの就職希望のため、学校と冒険者ギルドの共催の形で開かれるものになっていた。彼は冒険者ギルドで一人前と見做される銅級冒険者となるべく最終試験を課される。シャリアについては既に冒険者ギルドで金級冒険者の称号を得ているため、彼女についてはもう試験は免除されており、ただレインスについて行くだけの話となっている。

 試験はレインス単独ではなく、依頼が達成できるかどうかが問題だった。ギルドの意向としては金やコネもまた実力の内として評価されることになっているのだ。

 尤も、まともな保護者であればこの程度の試験は自力で突破してもらわなければ今後が危ぶまれるということでそういうことをしない方針が多いが。


 それはさておき、当然のようにシャリアと共に依頼に臨むレインスに対して教員は手元の資料を二人に渡しながら自分用の資料を見る。


「さて、君たちに課される任務ですが……指名依頼でね」


 何だかきな臭い感じになって来てレインスは顔を顰める。それを見てか、教員は苦笑しながら告げる。


「はは、そう邪険にしないでほしいな。レインス君。先方は君をご指名なんだ」

「……俺を?」

「うん」


 てっきり、シャリア案件かと思っていたレインスは拍子抜けする。だが、同時に警戒心を高めた。


(夜烏組って奴らからの依頼か……? いや、彼女たちは組織を表沙汰にするつもりはないと言っていたはず……)


 少し前、自身に一度だけ接触して来た怪しげな勧誘者のことを思い出すレインスだが、彼女たちからはその後音沙汰はない。ギルドでレーノを見かけても特に何も接触がないくらい静かなものだった。そのため、レインスの方からも特に何もしていない。一時棚上げ状態となっていた。


「驚かないで聞いてほしいんだけどね、依頼者は聖女様だ」

「……え」

「どうかしたのです?」


 固まるレインス。それを訝しむシャリアだが、レインスの方は苦い顔をしており教員が首を傾げる。


「……どうかしたのかい?」

「それ、俺じゃなくてライナスじゃないですか? 何かの間違いですよ」

「いや、何度か確認はしている。何て言ったって相手は聖女様だからね。失礼のないように注意を払っているよ」


 その上で、相手はレインスを指名して来た。そう告げる教員。レインスは苦い顔にならざるを得なかった。そんなレインスに教員は言った。


「……レインス君、何やら嫌そうな顔をしているけど君がこの教国にいる以上、君はこの依頼を拒否することは出来ないと言っていい。特に今回の依頼は拒否すれば卒業にも響く。それは分かってるね?」

「はい……」

「じゃ、頑張りたまえ」


 教員の話はここまでのようだった。レインスはシャリアと共に職員室を後にして教室に戻り、卒業試験の説明を受ける順番を待っていた生徒に声を掛ける。それが済むと帰り支度を整えて自宅へと向かった。


「はぁ……何でメーデルが俺に依頼を……」


 帰路半ばでレインスは大きな溜息をついた。故郷を出てから会うことはなかったが、幼馴染とも言える琥珀色をした目の美少女と手紙でのやり取りは続いていた。そのため、聖女と言うのがメーデルであることはギルドにある子ども向けの新聞を読まずともわかる疑いようのない事実だった。


「聖女さんとお知り合いなのです?」

「……まぁ、うん。一応、ね」


 歯切れの悪いレインスを見てあまり会いたくないのだろうなと把握するシャリア。事実、レインスはメーデルに対して苦手意識を持っている。特に、教会に入ってから変わってしまったメーデルは前世でのトラウマの一つなのだ。


「レインスさん、どうするのです?」

「どうするもこうするも、断れないからなぁ……シャリアがいてくれて助かるよ」

「! 頑張るのです」


 レインスに頼られたことでやる気に満ち溢れるシャリア。そんな彼女に店頭に看板を出しに出て来た喫茶店の店員から声がかけられる。


「お、シャリアさんじゃないですか! 今日も新作が出てますよ! 南方から来たマーク苺のショートケーキ、いかがですか?」

「……レインスさん」

「ん。ちょっと寄ってみるか」

「なのです」


 呼び込み成功とばかりに喫茶店の店員に連れられて入店する二人。注文を取られた後に程なくして出て来たケーキに舌鼓を打ちながらシャリアはレインスの心労を軽くする作業に入る。要するに、愚痴を聞いてあげるのだ。


「はぁ。もう住む世界が違うってのに何で声を掛けて来るんだ……」

「レインスさんは目立ちたくないのに大変なのです」

「ホントだよ」


(ほんとだよ……)


 自分で言ったことに心底同意するレインス。ただでさえシャリアやリティールという目立つ存在に囲まれて生活しているのだ。彼女たちは多少、やむを得ない理由で目立っているがそれ以上にレインスのためを思って行動してくれている。レインスもそれは理解しているのでそこまで文句は言えない。

 それを言うのであればメーデルも聖女に祭り上げられたのは本人の意思ではないのだが、レインスはメーデルが苦手なのでそこまで慮ることもなく愚痴っていた。


「はぁ……まぁでも、卒業試験にさえ合格すれば地方を点々と出来るし、色々とやりやすくなるから頑張る……」

「流石レインスさんなのです。頑張りましょう、なのです」


 一通りシャリアがレインスの愚痴を聞いてあげるとレインスはやる気を出した。その頃にはとっくにケーキも食べ終わっていたので二人は自宅に帰ることにする。


「……あ、リティールにお土産買って帰らないと」

「なのです」

「シャリアのケーキ美味しかったよな。あれにしよう」


 シャリアと一口ケーキを交換して食べさせ合った結果、シャリアが食べた甘苺の新作ケーキがリティールのお土産に採用された。それを持って二人は家に帰った。




「ただいまなのですー」

「おかえり」


 家に戻ったシャリアとレインスをリティールが出迎える。彼女はレインスが持つ新作ケーキを受け取った後、リビングでシャリアから学校であったことの報告を受けた。


「ふぅん。聖女サマとやらの依頼ね……まぁ、私もついて行くから大したことにはならないと思うけど。内容は?」

「……西の共和国にいる黒の少女の保護をしに行く聖女様御一行の護衛だってさ。何でも、呪いで言葉を解せない異世界からの客人まろうどを保護するらしい」

「共和国……魔族が大規模侵攻って聞いてるけど?」

「……だからシャリアとリティールを連れている俺に声がかけられたんだと思う。聖女に万が一のことがあったらいけないからね。まぁ、本当に保険みたいなものだろうけど。学校側も表立っては平等にことを進めてるはずだから不測の事態以外では難易度も他の生徒と変わらないはず」


 討伐や採取ではなく護衛。万が一の事態が起きなければとても暇な依頼だ。聖女と一緒ということで多少、目立ちはするかもしれないが、レインスは是非とも何事もない暇な依頼になるように祈りながら卒業試験に臨むことにするのだった。




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