第115話 陰の人

(……久し振りに見たけど、やっぱりすごかった)


 学園長を失いながらも再開した王宮騎士団総会学校にてシャロは一人静かに剣を振るっていた。その脳裏に浮かべられるのは今回の戦いでも密かに活躍した彼女の信頼する人の姿だ。彼が刃を振るえば強固だったはずの新型の魔族と思われる敵が容易く切断され、斃れて行った。それは王宮騎士団総会学校で様々な研鑽を積んだシャロにもできないことだった。

 しかし、今回はいつもと違う。彼女はその信頼すべき男の子と共に戦えたのだ。これまで後方に下がっておくように言われていた彼女だが、今回は一緒に戦ってくれるように直々に要請があったのだ。それを思い出すと他人からすれば無表情に見えるが、本人的には少し締まりのない笑みを浮かべてしまう。


「ん……」


 だがしかし、浸っている暇もないようだ。彼女目がけて移動してくる巨大な魔力がある。ここ最近、シャロを質問攻めにしている人物の魔力だ。


(しつこい……)


 シャロは眉間にしわを寄せてその魔力が近付いてくる前にその場から逃走する。大きな魔力の持ち主は逃げるシャロを追いかけて来た。


(はぁ。女子更衣室に逃げよう……)


 面倒臭そうに進路を変えるシャロ。追手は男子生徒。そこまでは追って来れないという判断だ。こうしてシャロは更衣室の中で休み時間を過ごすことになる。対する追手の方は授業時間開始すれすれまで女子更衣室の前に張り付いていた。当然、目立つので別の女子生徒に声を掛けられる。幸いなことに、彼は類まれな美男子であり、校内人気も高かったため不名誉なことにはならなかった。


「あ、ライナス君。えっと、こんなところでどうしたの?」


 追手の男子生徒はレインスの兄、ライナスだった。彼は見ず知らずの女子生徒に声を掛けられて困った顔で応じる。


「中にいる人を待ってるんだけど……」

「ちょっと待ってね?」


 女子生徒は中に入って外の景色を眺めているシャロを見つけて彼女に声を掛けるが彼女はライナスが来たと言っても動く気配はない。間に挟まれた女子生徒は何故か申し訳なさそうに出てきてライナスに告げる。


「待ってるのってシャロさんのことだよね?」

「あ、うん。何か言ってた?」

「えーっと……何も言うことはないって」


 これでもかなりマイルドな表現になっている。実際はもっと拒絶的な言葉が並べられていた。ライナスは少し悩むが授業開始前には出て来るだろうとしてその場に張り付き続けた。そんな様子を見ていた女子生徒はライナスがシャロのことを好きなのかと邪推して控えめに告げる。


「あの、こういう時、押せ押せだけだと逆効果になるかもなので……もっと駆け引きした方が……」

「あ、あぁ。ありがとう。でも、多少強引に行かないと何も変えられそうになくてね……」


 女子生徒はそれを聞いて自分がライナスに少し強引に迫られたらどうしようなどと考えて顔を赤くする。そんなことどうでもいいライナスたちの駆け引きは授業が始まってライナスを連れ戻しに来た教員が来るまで続くことになる。


(はぁ……結局、今日もまたシャロからあの人のことを聞き出せなさそうだ……)


 授業を受けながらライナスは溜息をつく。憂いる美少年。その姿すら周囲の憧れの眼差しを集めるが、彼にとっては慣れたもので気にした素振りもない。教員の方も目の前でブライアントが死んだことによる精神的ショックがあるのだろうとして彼を咎めることもなかった。

 実際、ライナスにはブライアントを死なせてしまった自責の念がある。だがそれ以上に彼はその後悔をバネにしたいと考えていた。


(先生を死なせてしまった。俺はまだ全然力が足りてないんだ。力が要る……そのために、あの人の剣を教えてほしいんだけど……)


 今まで目標にしていたのは北部戦線の英雄、戦乙女と称される望月勇子。その剣のスタイルは膨大な魔力と筋力によって支えられた剛の剣だ。ライナスも同じようなスタイルで剣技を伸ばしていた。

 だが、今回の戦いで見せられた知らない男の剣技は違った。研ぎ澄まされた剣。まだ若いのにどれほどの研鑽を積めばそうなるのか。自分もそうありたい。皆を守る為に魔王軍と戦うにはまだ力が足りていないことを痛感した若き剣士は新たな師を求めて一時共闘した男の影を追うのだった。



 そんな兄の考えなどつゆ知らぬレインスは自宅待機していた。学校が今回の騒動の被害に巻き込まれて工事中だったのだ。これはこの町を魔王軍が襲撃する際に強敵となり得る相手を下調べした結果、シャリアとリティールが上がってきたことに由来する。彼女たちの居場所と思われる学校とレインスの自宅が襲撃されたのだ。

 結果として学校はシャリアによって救われ、自宅の方はすぃーがほぼ奇襲で相手を半壊させ、その後も頑張って後続に応戦し勝利を収めた。


(さて、本来なら暇な時間を楽しみたいところなんだけど……)


 すぃーと遊びながらレインスは外の気配を感知する。魔力を消してこちらの様子を窺う者たちによって囲まれていた。しかも普通の相手ではない。妙な気配のする相手たちだ。


(……こういう時に限ってシャリアもリティールもいない。すぃーに何とかしてもらえたらなぁ……)


「すぃ?」


 可愛らしく小首を傾げるすぃーを見てレインスは心の平静を保とうとする。だがそんな儚い抵抗も虚しく、時間切れのようだ。レインスの家の扉をノックする音が聞こえる。


「すぃ」


 来訪者に応待しろと言わんばかりのすぃー。レインスは微妙な顔をしながらどうするべきか考える。


「……まぁ今のところ敵意はないんだけど。いつ変わるか分かんないしなぁ」


 居留守を使おうかと考えるレインスだが、その考えも一瞬のこと。鍵をかけていたはずのドアが開いた時点でレインスは全てを諦めた。だが、取り敢えず年相応の演技はしてみることにする。


「ひぃっ!」

「……そんな演技、しなくていいですよ? レインス君」

「れ、レーノ、さん……? どうして、鍵がかかってたのに……」


 ドアの鍵を開けて入って来たのはこの町のギルド嬢であるはずのレーノだった。彼女は妖艶な笑みを浮かべながら室内に入って来るとレインスの下まで真っ直ぐ進み、彼を抱きかかえる。レインスの鼻腔を香水の良い香りがくすぐった。


「まぁ、それはおいといて」

「置いとけませんよ! 何ですか!?」

「……王宮騎士団総会学校ではご活躍だったみたいですね? うふふ」

「何の話ですか!」


 ノータイムで惚けるレインス。心音も辛うじて誤魔化すことが可能だった。だが明らかに妙な気配を纏っている彼女にどこまで通用するか。それは未知数だ。


「あらあら、惚けなくてもいいんですよ? 私たちは、あなたみたいな隠したがっている者の味方ですから」


 案の定、レインスが惚けていることを見抜かれているようだ。だが、レインスはそれでも続ける。


「レーノさん、どうしたんですか? 怖いですよ。放してください!」

「うふふ。まぁ、今回はご挨拶だけということで……」


 レーノはそう言ってレインスを地面に降ろした。身体の自由を得たレインスだが油断は一切できない。だが、同時に実力を見せることも出来ない。ジレンマに陥りながらも彼はレーノから逃れようと部屋の隅に移動する。そんな彼を後ろから抱きしめるようにしてレーノは告げた。


「夜烏組」

「え?」

「……私たちの名は夜烏組です。あなたが独りではどうしようもない。だからと言って表立った機関とは関わりたくない。そんな時には私たちの下へ訪れてください」

「な、何の話を……」


 あくまで惚けるレインスにレーノは見惚れるような笑みを浮かべて言った。


「勿論、誰かに……シャリアちゃんやリティールちゃんにも他言した場合には君にも相応のリスクがつくことはお忘れなく。お待ちしてますよ。レインス君」

「だから、何の話をしてるのかわからないってば!」

「うふふ……本当ならもうちょっとお話がしたいところですけど、君がそういう態度ならこちらも一方的に語り掛けることしか出来ませんからね。ただ」


 一瞬の後、レーノはその姿を消していた。後に残るのは声だけだ。


「私たちはあなたの敵じゃないですよ。あなたが敵に回らない限り。仲良くしましょう。レインス君」


 その言葉をレインスが聞いた時、レーノの気配は消えており、レインスの自宅を囲んでいた者たちの気配も消えていた。それらが消えたことを確認して扉を閉めるレインスだが、しばらく経った後に溜息をつくのだった。


「必要経費につけ払いは利かないってか……はぁ……」



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