第114話 英雄姉妹

 魔族の群れを追い返した学園都市アルシャディラ。町は復興という特需により活気が齎されていた。数名の犠牲者こそ出たが、大きな災いを乗り越えたことで町全体としての結束が強まった。そんな空気がアルシャディラを覆っていたのだ。

 そんな行き場のない感情を無理矢理昇華させて勝利の中に織り込んだ空気の中、勝利の功労者の一人であるリティールの下には功をねぎらうべくギルドから使者が派遣されていた。


「イヤよ」


 共和国にある冒険者ギルド本部からの特派員からの言い分を一通り聞いたところでリティールは嫌そうに相手の言葉にそう答えた。最初からそこまで友好的な態度ではなかった特派員だが、リティールの態度に彼は鼻白む。


「……このままだと恩賞も出ないが後悔しないな?」

「そんなもの要らないわよ。話がそれだけなら私は帰るわ」

「まぁ、そう仰られずに。あなたにとってもいい話だと思いますよ?」


 離席しようとするリティールを宥めるアルシャディラ支部のギルド長。彼は額に汗を浮かべながら何とかこの場を平和的に収めようとする。しかし、リティールには関係ない。苛立ち混じりに告げる。


「私はリアのために戦ったわけであって、あんたたちの都合に合わせて戦ったわけじゃないの。ヨーク種の次期族長として、使い走りになるのは断らせてもらうわ」


 彼女に渡される予定だった金級冒険者の称号を使い走りと断じて拒否するリティール。その攻撃的な態度に本部の職員は更に眉間にしわを寄せるが、彼が何か言う前にアルシャディラ支部のギルド長が口を挟んだ。


「一種の称号や勲章の類と思っていたらければいいんですよ。教国の枢機卿の中にも若い頃にはギルドの称号を持っていた人が数多くいます。歴史を紐解けばエルフの王族にだって……」

「とにかくイヤなものはイヤよ。これでリアと別々になって北の戦線に入れなんて言われたら最悪だし」

「以前にもご説明させていただきました通り、そういった事例は今まで一度もございません。ギルドとしてそのようなことはしないとお約束させていただきますのでご再考をお願い出来ませんか? これほどの働きをされた方に何も褒賞がないとなるとギルドは何をしているんだという話になってしまうんです。お願いしますよ」


 高圧的な本部のギルド員と下手下手に出てくるアルシャディラ支部のギルド長。彼らのノウハウからある種の心理的効果を狙ったものだろう。だが、リティールの魔眼には二人の欲が見えており、どうにも胡散臭いとしか思えなかった。

 ただ、この辺りの機微についてリティールは少し潔癖が過ぎると言っていいだろう。欲の少ないヨーク族が彼女の基準となっているのは仕方ないとはいえ、いい加減に人間の欲の多さについても慣れていく必要があった。人目を惹く美貌や強力な力という他者から余計な感情を抱かれやすい彼女だが、もう少し人間とかかわりを持つべきだったと言える。

 頭を下げるアルシャディラのギルド長に対してリティールは少し微妙な顔になりながらも毅然として答えた。


「とにかく、要らないものは要らないわ。どうしてもと言うのならお金だけリアに渡してちょうだい。それが最大限の譲歩よ」

「貰う側の癖に生意気な……」

「まぁまぁお二方、落ち着いてください。リティールさん、ギルドに属していないのにお金だけ払うというのは難しいんです」

「なら要らないって言ってるじゃない。これで終わりよ。もういいかしら?」


 堂々巡りになりそうなところでリティールは席を立つ。今度は強制的な話の終了だった。だが、彼女はまだ魔術師ギルドなどの別のギルドからも呼び出しを受けている。


(はぁ、今から全部断らないといけないのかしら……本当に面倒ね……)


 感謝と言う名目で自分たちのギルドへの勧誘が行われるのだろう。それを考えるとリティールは憂鬱になる。


(……早く済ませてリアのいる家に戻ろう。今日はご馳走だって言ってたし)


 さっさと済ませてさっさと帰ろう。そんなことを考えながらリティールは冒険者ギルドの面々による引き止めの言葉を無視して町の中へと繰り出すのだった。



「……何だあの失礼なガキは」

「申し訳ありません。ですが、何としてでも引き入れたかったんですが……」

「向こうがあれだけ嫌がっているんだ。こちらが出る幕はない。と言うより君たちが何かしたんじゃないか? あれほどまでに組織に属するのを嫌がるとは何かあったとしか思えんが」


 リティールが半ば強引に退室した後、応接間に残された二人は残念そうに会話を始める。どうやら本部の役員はアルシャディラ支部がリティールに何かしたのではないかと疑っているようだ。だが、アルシャディラ支部長はとんでもないと首を横に振る。


「何もしてませんよ。寧ろ、彼女にも彼女の妹にも便宜を図ろうとしていたくらいで」

「うーむ、時期が悪かったか? まだ金級冒険者としての恩恵を受けていないのに今回の騒ぎで強制招集だ。心証が悪くなるのも仕方ないと言えるか……」

「そうですね……その可能性が高いかと」


 愚痴り合う二人。しかし愚痴っている時間も彼らにはなさそうだった。次の訪問者が彼らの下を訪れているのだ。今回の一件では数多くの人員が動員されており、何名もの功労者が出ていた。それを特派員が来ている間に捌かなければならない。急いで次の訪問者の功績を確認するために手元の資料を見る本部の特派員。彼は次の資料を見て眉を顰める。


「次は……またヨークとやらか。ふむ、金級冒険者の役目を果たしたと見える」

「……さっき来たリティールさんの妹ですね。もしかしたら保護者として彼女が来るかもしれません」

「面倒臭い奴だな……君、案内したまえ」


 ギルド嬢に次の訪問客を案内するように促す本部の特派員。程なくして可憐な美少女がこの場に連れて来られる。


「失礼しますなのです」

「あ、あぁ……君がシャリアくんだね?」

「はいなのです」

「……今回は金級冒険者としての責務を果たし、また善良なる市民を広く助け、敵を殲滅せしめたこと我がギルドの誇りと思う。ここに論功行賞を行いたいと思うがどうだろうか」

「拝見させていただくのです」


 渡された目録を確認するヨークの少女。言葉遣いは微妙に変だが、彼女の姉よりは話が通じるらしい。そう思いながらシャリアの様子を見守る二人。彼女は目録を確認し終えると二人に告げた。


「確認したのです。この内容でお受けするのです」

「おぉ、よかった」

「では、ここにサインを。授与式などの手筈は追って連絡するのでそのように」

「わかったのです」


 無事に受け取ってもらったことで安堵する二人。そんな彼らを尻目にシャリアはこの部屋を後にしてリティールと合流する。


「リア、変なことされなかった? 大丈夫?」

「大丈夫なのです。お姉ちゃんは心配し過ぎなのです」

「大事なリアのことだもの。これだけじゃ足りないくらいよ」

「もー……」


 リティールの言葉に呆れるシャリア。二人はその後、二三の言葉を交わして別れることになる。その後、シャリアが向かった先は臨時治療院だった。冒険者ギルドと教会の共同出資で仮設されており、中には治療を待つ人々が寝かされている。


「あ! シャリア様だ!」


 シャリアが入って来たのを見て子どもが喜びの声を上げる。それと同時に周囲の目が一斉にシャリアに集められた。その中で修道衣に身を包んだ牧師がシャリアに声を掛けて来る。


「シャリア様、ご来院ありがとうございます。本日のご用向きは……」

「少しだけお手伝いしに来たのです。あまり時間がないので数名になるのですが」

「ありがとうございます。主も大変喜ばれることでしょう」


 優し気な笑みを浮かべ、創傷度の高い患者の下へシャリアを案内する牧師。その道すがら、シャリアは小さく最低限の魔力で【癒し《キュシル》】を使い、周囲の苦痛を緩和しながら移動した。


「こちらの方をお願いしてもよろしいでしょうか」

「はいなのです」


 痛みにうなされている患者の下へ案内されたシャリアはすぐに光魔術を使って彼の創傷を癒す。途端に患者は呼吸を楽にし始め、安らかな顔になった。


「ありがとうございます。流石でございます」

「今日はここにいる三人で大丈夫なのです?」

「はい、お願いいたします」


 防衛戦のアフターケアにも尽力するシャリア。その姿はまるで慈愛に満ちた天使のようだと口々に噂になっていく。一応、目立たないように主だった面子には口止めをしているが焼け石に水だった。少しレインスに後ろめたさを感じながら治療することしばし、彼女は治療を終える。


「ふぅ、今日はこれくらいにするのです」

「ありがとうございました。主は必ずや貴女の善行を見ておられることでしょう」

「お疲れ様でした、なのです」


 治療院を去ってシャリアは自宅に帰る。そして彼女はいつもの日常に戻っていくのだった。

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