第113話 目的達成

「……嫌な置き土産を」


 レインスはこの場を支配していた魔族の青年が逃げるのを見ながら地上に残っている置き土産を睨んで呟いた。その隣に【白虎霊装】を纏ったシャロが並び立つ。

 彼女はレインスの言いつけを守って黙っているが、その目は雄弁にここからどうするのか尋ねていた。それを受けてレインスも考える。


(……どうするか。これくらいの相手ならここにいる全員で頑張れば、俺なしでも切り抜けられなくはなさそうな気もするが……)


 レインスはその頑張ってもらうべき対象であるライナスをちらりと見た。相当に魔力を消耗しており、剣を地面に突き立てて苦悶の表情を浮かべながら魔族の置き土産を睨んでいる。その様子は立つのがやっとという有様で、戦うことを要求するには酷な状態だった。レインスは周囲の人々の方も見る。彼らも置き土産を相手にするには至らず、生き残った魔族との交戦で手一杯のようだ。


(まぁ、今回くらいは仕方ないか。どの道、もう出てきてしまったんだし……それにこいつらとは相性がよさそうだ)


 相手の動きは単調でレインスにとって戦いと呼ぶレベルではない。氣を辿って刀を振るい、敵を本来の姿に戻す作業だ。周囲が苦戦しているのは範囲攻撃と異常な回復力が原因でその両方ともレインスにとって問題にはならない。


(遅い。それに、回復もパリヤッソと違って絡繰りがある。ライナスが万全だったら俺も帰っていてよかったレベルだ。まぁ、現実にはそういかないみたいだけど)


 レインスが戦いの最中に考え事という悠長なことをしていると当然の権利のように試験体からの攻撃が迫り来た。悪趣味な人形のような巨体に備え付けられた複数の魔族の腕が鋭い爪を以てレインスに迫りくる。


「おっと【斬時雨】」


 斬撃が舞い、試験体からどす黒い血飛沫が上がる。レインスに襲いかかり、反対に切り払われた複腕は再生することなく地面に落下した。攻撃手段を失った試験体の右半身。レインスはそこに踏み込んで続け様に斬撃を繰り出した。


(まず、一体)


 試験体の氣がレインスが切断した箇所で途切れて全身に回らなくなり、動かなくなったのを見届けてからそのまま王宮騎士団総会学校の面々と交戦中の試験体たちに襲い掛かるレインス。彼に続けと王宮騎士団総会学校の面々も攻勢に出た。

 だが、彼らの刃は通らない。通ったとしてもすぐに回復されてしまいレインスのようには行かない。それでも抵抗しなければ待っているのは死だけだ。死に物狂いで攻撃を行う。


(よし……この分なら、そろそろ引き上げてもよさそうだ)


 その上、彼らの頼みの綱は撤退を考えていた。ただ、レインスも見殺しにしようとしてのことではない。相手の戦力を分析した結果がもう自分は必要ないだろうということだったのだ。


「撤退」


 レインスの呟きに合わせてシャロも弾かれたように持ち場を離れてレインスの隣に立つ。驚く王宮騎士団総会学校の防衛者たちだが彼らのことを気にした素振りもなく二人は速やかにその場から離れるのだった。


「な……まだ敵が!」

「置いて行かないでくれ!」


 助けを求める王宮騎士団総会学校の面々。そんな彼らにライナスが叫んだ。


「待て! 俺たちは戦える! この町には戦いに向かない人だっている。そんな人たちを助けるためにあの人たちは行ったんだ! やろう! 俺たちで!」

「ライナス、お前……」

「ふん、ボロボロの身体でよく吠える……だが、概ね同意見だ。あれほどの使い手たちがただ逃げる訳がない。ここは俺たちに任せられたんだ……行くぞ!」

「オォオオォオォォォッ!」


 王宮騎士団総会学校の総力が彼らの母校に侵入した魔族や試験体の群れを屠りにかかる。学園都市アルシャディラ防衛線の最終幕が上がろうとしていた。




「ハァッ、ハァッ……」

「ようやく魔力が尽きたようね」


 レインスが王宮騎士団総会学校から撤退し、王宮騎士団総会学校の面々が気勢を上げていた頃。アルシャディラの中で最も激しい戦闘が繰り広げられていた場所においてリティールはタジルを追い詰めていた。


「何か言い残すことはあるかしら?」

「ば、化物め……」

「それだけ?」


 全身を空気の鎖で縛られて空中で身動ぎすら封じられたタジル。既に死力を使い果たし、抵抗する魔力も残っていない。対するリティールは余力を残してタジルを冷たい目で見下ろしている。今まさに断罪の時。そんな空気を纏うリティールを前にしてタジルは―――笑っていた。


「何笑ってんのよ」


 リティールが彼の笑みを見咎めて鎖を締め上げる。だが、タジルは一瞬こそ痛みで顔を歪めたが笑みを崩さずに言い放った。


「殺せ。そして、絶望しろ」

「……前者の願いだけ叶えてあげる。永遠にさようなら」


 タジルの様子と周囲の状況を鑑みて尋問する時間もないと判断したリティールは即座に行動を起こす。最期を悟ったタジルは笑みを深くして叫んだ。


「明けぬ夜に醒めぬ悪夢を見るがいい! ククク……ハーッハッハッハッハ!」

ひしゃげなさい」


 風の鎖によって物言わぬ肉塊へと変貌させられたタジル。その直後、リティールは蒼炎を以てタジルを滅ぼす。ここにアルシャディラ防衛戦の大勢は決まった。だがしかし、勝利の余韻に浸る間もなくリティールは行動を起こす。


(少し気になることを言っていたけど……今は気にしてる余裕はないわね。リアの方はどうなったのかしら?)


 大事な妹が気がかりで結界内にいる大きな魔力を探し、その場に急行するリティール。そこにはまだ戦闘中のシャリアとステラナイツ、そして見るも悍ましい巨大な肉塊の姿があった。間に合った。リティールはそう思いながらシャリアの隣に舞い降りる。


「リア、こっちは終わったわ。手伝うわね」

「ご、ごめんなさいなのです……手加減しないとステラナイツのお二人が死んじゃうのに手加減したらあのお化けが復活するのです」


 申し訳なさそうに現状を告げるシャリア。どうやら、ステラナイツと悍ましき肉塊は攻守で連携してシャリアに対抗していたようだ。それにより、シャリアは攻めあぐねていた。ある種の人質を取られていた状況に置かれて力を十全に発揮できなかったシャリアにリティールは微笑みかけて言った。


「どっちも殺せばいいのよ」

「えっ」

「【灼熱炎舞ジュ・ラルギャ・カジャ】」


 超級の火炎魔術がシャリアの敵だった者たちを焼いていく。連携などしたところで逃げ場はない。その光景を茫然として見ているシャリアにリティールは優しく告げた。


「リアは優しいわね。でも、その優しさが誰にでも伝わる訳じゃないわ」

「で、でも……何も殺さなくても! お姉ちゃんならもっと上手に……」

「まぁ、言葉の綾よ。流石に殺しはしてないし……あっちの化物も殺しきれてないみたいね」


 敵の魔力を察知しながらリティールは冷静に告げる。しかし、相手の動きは確実に遅くなった。そこが狙い目だ。リティールが来てからすぐに戦況が好転したのを受けてシャリアは申し訳なさそうな顔になる。


「ごめんなさいなのです」

「シャリアには結界を張ってもらいながら戦ってもらってたからそこまで気が回らなくても仕方ないわよ。それより、この化物を倒してあの馬鹿二人の根性を叩き直すわよ。準備は良い?」

「なのです!」


 ヨーク姉妹とアルシャディラに進行して来た魔王軍との戦いも最終局面。二人は強大な魔力を以てまずは目の前の敵に襲い掛かるのだった。




 北の果ての空を移動しているゼルエンは試験体の目を通してレインスたちの戦いを見ていた。


「……凄いね。タジルさんの死に物狂いをものともしないあの術者……彼女の存在を知れただけでも今回の出征は得るところがあったというものだよ」


 大空を高速移動しながらゼルエンはリティールの存在に感心する。しかも、その他にも気になる人物がいると来たものだ。


「そして、僕お手製の試験体たちを相手に簡単に処分してくれたあの青年にこちらの少女……」


 彼らもまた面白い。人類との戦争にあたって、特記事項にしておく必要がある。ゼルエンはそう思いながら試験体の戦いを見つつ魔族の領域に戻る。その途中で彼は本来の目的を思い出した。


「っと、その前に傀儡を準備してパリヤッソさんのところにこれを持って行かなくてはね」


 そう言って彼は懐から黒い球体を取り出す。それは悍ましい魔力を秘めており空気に触れると薄く黒い靄を発生させた。その靄を見て不気味に笑うゼルエン。


「【冥樹】から抜き出した冥界の魔力結晶……これがあれば昼でもパリヤッソさんの力を十全に振るえる。問題は持って行ったら確実にタジルさんのことを聞かれて彼が殺されたことを報告することで八つ当たりされることくらいか……」


 まぁ傀儡が1つ壊されるくらいだ。特に支障はない。そう考えて一度本拠地に戻るゼルエン。ほどなくして居城に着いたゼルエンは部下から歓迎を受ける。


「参謀総長閣下、お疲れ様です。本日の首尾は……」

「ま、悪くはないよ。それより傀儡を準備してくれるかな? 屍鬼将軍のところに送るから」

「畏まりました」


 試験体の見ている風景が途切れる。最後に映っていたのは自分たちを屠る人類側の英雄たちの姿だった。


「さぁて、身内を失った屍鬼将軍閣下はどう出るかな? 彼の暴走をコントロールして魔王軍に利益をもたらさないとね……」


 まず間違いなく復讐に出るであろうパリヤッソの行動を把握して今後の魔王軍の運営に役立てていく。これからまた大きく事が動きそうだ。そう思いながらゼルエンは不気味な笑みを浮かべるのだった。



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