第112話 必要経費

 リティールがタジルの最後の特攻に付き合っている頃。王宮騎士団総会学校では物陰に隠れていたレインスとそれを探していたシャロが合流していた。


「ん、いた」

「シャロか。加勢の方はもういいわけ?」

「ん。みんなで全部倒した」


 無表情ながら少し得意気な色を浮かべてレインスの隣に移動するシャロ。彼女は無言でレインスに白髪が綺麗な頭を差し出した。レインスも彼女からの無言の要求に無言で応じ、猫耳の間を撫でる。


「ん……」


 気持ちよさそうに目を細めるシャロ。レインスはそんなことをしている場合ではないと理解しながらも表舞台の喧騒にかかわりたくないので放置した。シャロの方も表舞台の仕事はもう終えた気分のようでレインスから離れない。見ようによってはこの非常事態に隠れてふしだらなことをしているようにも見えなくはない二人だった。


 しかし、そうも言っていられないようだ。


 それは唐突な消失だった。


「! 騎士校の結界が解けた……?」


 レインスたちがいる王宮騎士団総会学校の理事長たるブライアントが張っていた結界が急に消失したのだ。緊急避難場所に設定されているこの場所から彼が逃げることは考え辛い。つまり、彼の身に何か起きたことになる。


「マズいな……別の場所に逃げるか」

「ん、どこにする?」


 しかし、レインスは原因解明よりも逃走を選ぼうとする。それに従ってシャロも逃走に意欲を示した。だが、レインスはそこで足を止める。彼の知っている魔力が産声を上げたかのように爆発したからだ。


「……ライナス?」

「ん。みたいだね」


 思わず呟いたレインスにシャロが同意する。それを受けたレインスは苦り切った顔になった。


「……ライナスがここにいるのか。もう王都の方に行ってるものかと思ってた」


 初等部における教育は終わったはずだ。そうなれば王宮騎士団総会学校の慣例で王都の本校に移動し、騎士団の見習いとして下積みをすることになっているはず。

 レインスはそう思ったのだが、シャロがそれを否定して逆に尋ねて来た。


「ライナス、私と一緒でまだ勉強することがあるから騎士校の中等部に進学するって言ってた。レインス、知らなかったの?」

「まぁ、うん……あんまり喋らないし……兄弟なんてそんなもんだろ……」

「そうなの? で、どうするの?」


 話している間にライナスの魔力は魔族の気配にぶつかって消耗している。敵の数も減っているように見えるが、ライナスの魔力減少も急速に始まっている。


(……これはあんまりよくない状態だな。近くに頼りになりそうなのもいなさそうだし……)


 何らかの切っ掛け……恐らくは恩師のブライアントの死で急速に覚醒した能力に身体が追いついていないのだろう。レインスは頼りになるはずの兄の窮地を悟り、少々悩む。


(この状態のライナスで厳しいならシャロでも厳しいな……シャリアとリティールの方は何かヤバ目の奴らと戦ってるっぽいし……)


 タジルと戦っているリティールや複数の人間や魔族に加えて更にそれらが混じり合った気配と戦っているシャリアの気配を感知してレインスは頭を抱えた。


「……必要経費かなぁ」

「どうしたの?」

「戦うべきかどうか、迷ってる」


 正直な感想を口にしたレインス。それに対してシャロは何も言わなかった。肯定も否定もせずにレインスの言葉を待っているようだ。


(……ライナスがここで死んでも俺の所為とは言われないだろうけど、放っておけば見殺しにしたのと同じだ。俺の身の丈に合った普通の生活を送るためにもライナスには生きていて欲しい)


 気持ち的にはライナスを助けたいとは思っている。ただ、とレインスは考える。


(毎回こういうことをしているとボロが出そうなんだよな……目立ちたくない)


 思案するレインス。しかし、長々と悩んでいる暇はなさそうだ。頼れる兄は進退窮まっている様子で、氣の探知では周囲も切羽詰まっており、何らかのサポートも受けられそうになかった。猶予は残されていない。レインスは決断した。


「……必要経費だ。【仙氣発勁】シャロ、後ろは任せた」


 今よりも成長した姿になったレインスは魔力によって伸縮する服の変質を弄って顔の一部を隠しながらシャロに背中を託す。正直に言えばシャロはアリバイ工作のために後方で誰にも見つからないようにしていてほしい。だが、氣を辿るに使えるものは何でも使わなければ厳しそうな状態だとレインスは判断した。


 「背中を任せる」その言葉を聞いたシャロは猫耳を跳ねさせてから頷いた。


「! ん、任せて」

「後、今回俺が戦ったことは誰にも言わないこと。そして、戦ってる最中は俺以外に何か言われても無視してくれ。頼んだ」

「ん。了解」


 最低限のことをシャロに確認したレインスは即座に行動を開始。王宮騎士団総会学校の校舎の一部を破壊しながら最短コースで戦場へと赴く。シャロも戦意を溢れさせてレインスに続いた。その姿は正に疾風。広いはずの王宮騎士団総会学校を所狭しと駆け抜けた。


「……間に合ったか」


 そして辿り着いた戦場。そこでは学園長たるブライアントが倒れており、明らかに劣勢に立たされている人類側の姿があった。唯一余力がありそうな人は燃え盛る炎を宿した剣を振るう金髪の美少年だけ。だが、彼も不気味な笑みを浮かべている青年を前にやっとの思いで剣を振るっているという有様だった。


(あいつが頭だな……そして、この中で断トツで強い)


 冷静に戦力分析を行うレインス。物陰から隙を窺うが不気味な青年はライナスを相手にしながら余裕をもって周囲を俯瞰している。彼に隙は無かった。仕方がないのでレインスは溜息をついた後、正面突破を図ることにする。


「シャロ、あの男を相手にして時間稼ぎ出来るか?」

「ん、頑張れば……」

「わかった。なら頑張ってくれ。俺が急いで教師や生徒たちを解放する。その後、全員であの男を叩こう」

「……頑張る」


 腹は決まった。ここにいる全員が束になれば不気味な青年でも斃せるだろう。逆を言うのであればここにいる全員でかからなければ勝てない相手だ。レインスにも仙氣の時間切れがある以上、速攻を狙わなければならない。そのためにシャロには危険な役目を任せることになるが、彼女は任された大任に対して奮い立っていた。


「行くぞ」

「うん……!」


 突撃。疾風の如き速度で侵略し、烈火の如き攻撃を叩き込む。学園の生徒たちを包囲していた魔族の一角が崩れた。新たな手勢に人類側もにわかに活気づく。


「これはこれは……ガフェインさんへの手土産にヘラジラミナ家の子を確保しようとしていたら遊び過ぎたかな?」

「……天相流-風ノ型-【嶺渡ねわたし】」


 不気味な笑みを浮かべた青年の言葉に一切応じず鋭い斬り下ろしを放つシャロ。しかし青年はそれをスウェーバックで完全に避け切った。


「白霊虎……しかし、まだ幼い」

「【白虎霊装】」


 彼我の戦力差を見てシャロが即座にギアを上げる。その僅かな挙動の停止を見抜いた青年は彼女に拳を叩き込んだ。寸前、ライナスが動く。狙いは攻撃に入って無防備になった青年の左腕だ。


「危ないな」

「くっ……」


 しかし、それは簡単に受けられる。ただ、ライナスの当初の目的であるシャロを守るということは達成された。ここからはシャロの猛撃が始まる。それに合わせてライナスも息を吹き返した。


「……流石に早過ぎやしないかな?」


 戦況の目まぐるしい変化。その原因を青年はすぐに理解する。近くで青年を攻撃している二人ではない。その奥で彼の取り巻きを斬殺している青年だ。彼がこの場に現れたことで人間たちに余裕が生まれ、ライナスへ光魔術が使われたのだ。


「……継ぎ接ぎだらけだな、お前たち。見てるこっちが悲しくなってくる」


(何だアレは……? 僕が用意した試験体たちをいとも容易く殺している……いや再切断している……)


 憐みさえ浮かべて剣を振るう青年を見て魔族の青年、ゼルエンは不気味な笑みを一層深めた。


「面白い……ただ、僕も暇じゃあないからね。君たちばかりに構ってる暇はない。ここは失礼させてもらうとするよ」


 そう言うと彼は宙に舞い上がった。そして、レインスが戦っている魔族たちの方に向けて手をかざすと魔力を放出する。


「ただ、急に帰るだけだと失礼だね。置き土産くらい残して行ってあげるよ」


 直後、まだレインスが斃していない魔族たちが苦悶の声を上げ始める。そして彼らは何体かをベースとしてその身を合わせ始めた。それを見届けてゼルエンはその場を去ろうとする。地上からライナスが吠える。


「待て! 先生の仇!」

「待たないよ。同軍の仇。引き際が肝心なのさ、じゃあね」


 そう言い残してゼルエンは北の方角へと身を翻す。残された人々は身を寄せ集めた化物と化した魔族へ目を向け、戦いを始めるのだった。



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