第91話 寒夜の戦闘

「シャリア! 結界をお願い!」

「シャリア! この人を頼んだ!」

「りょ、了解なのです!」


 姿が豹変したニーヤを前に、リティールとレインスは即座に動いた。リティールがニーヤを外に吹き飛ばし、レインスがシガーをシャリアの方に投げたのだ。


「シャリア、思いっきり行くわ。だから、魔甜香まてんかのことはお願いね」

「……つい体が反応したけど、よく考えれば俺の出る幕はなさそうな気が……したが気の所為みたいだな」


 リティールが張り切って外に出、レインスが過去の習慣に囚われて動こうとして止めた矢先。ニーヤが吹き飛ばされる前にいた場所に何故かそのまま残っていた影が急に立体化し、この場にいる全員に襲い掛かる。


「天相流-水ノ型-【狂刀】!」


 そのすべてを斬り果たしていくレインス。するとニーヤがいた場所に残っていた影から男の声を無理矢理女性に似せた声が響いた。


「あら、やだわぁ……折角のチャンスをふいにするなんて……」

「……お前が元凶か」

「うふふ……」


 レインスは声の下を睨む。その視線の先では影が不気味に泡立ち、人型を取ろうとしていた。そして現れたのは丸々とした巨体の男。彼は醜悪な笑みを浮かべると名乗りを上げた。


「……初めまして。魔王軍で屍鬼将軍をやらせてもらってるパリヤッソよぉ」

「!?」

「なっ……」


(何でここにそんな奴が!?)


 屍鬼将軍パリヤッソ。前世ではレインス達と直接戦闘することはなかったが、歴代の異世界からの客人まろうどたちの技術、そしてその子孫や現在の客人まろうどたちという巨大な戦力やその自由な国柄に惹かれて移住した当時の世界最強の傭兵団に守られた東の共和国を一軍で半壊せしめ、同盟に泣きつかせた軍団。

 ビッグネームの到来に驚きのあまり足が止まってしまうレインス。そんな彼の足元に影が迫る。


「あら」


 しかし、レインスはその場から飛び退いて追尾してくる影を切り払った。そしてパリヤッソと名乗った男を睨む。


「不意打ちか……あんまりいい趣味じゃないな」

「効率的と言ってほしいわねぇ」


 お道化てみせるパリヤッソ。しかし、レインスは目前の男が尋常ではなく強いことを正確に覚っていた。


「……これは、俺じゃ荷が重い。リティール!」

「分かってるわ! こっちは任せるわよ!」

「おチビちゃん。逃がさないわよぉ?」


 対戦相手をスイッチすることにしたレインスとリティール。しかし、そうは問屋が卸さない。シガーの家の扉があった部分に闇が集まり合流を阻む。


 しかし、直後に凛とした声が響いた。


「【金花獄城ラキ・ギラン・スタリル】!」


 その闇を貫く形で金属の花が咲く。そしてその金属の花はそのままパリヤッソを貫かんとした。だが、それが叶うことはない。その代わりにパリヤッソを一瞬だけ拘束して外に引き摺り出すことに成功した。


「あらら、随分と乱暴じゃないのぉ……」

「敵なんだから当たり前でしょ! 死になさい!」

「……殺せるもんなら殺してみなさい」


 不敵に笑い、金属の植物を力任せに引き千切るパリヤッソ。対峙する二人。そんなリティールの背後からニーヤが飛び出て来た。


(絶好の隙!)


 攻撃の準備を整えるパリヤッソ。しかし、時を同じくして彼の背後からも襲撃者の影があった。咄嗟にそのことに気付いて回避に専念するパリヤッソ。その隙にニーヤの襲撃によるチャンスは失われたようだ。


「チッ……あらぁ、随分と格好良くなったじゃないの」

「【仙氣発勁】……」


 舌打ち混じりに襲撃者を見るとそこにいたのは金髪の美青年だった。先程、対峙していた少年の面影が残っており、パリヤッソは彼が何らかの手法によって強制的に成長したということを推察する。

 率直に言ってパリヤッソの好みだった。

 しかし、パリヤッソとしては彼に執心している暇もない。背後には明確な脅威が存在しているのだ。


「まぁ、あなたの相手は後でじっくりとしてあげるわぁ……先にこの子から潰してあげるとするかしら」

「へぇ、やってみなさいよ……レインス! そっちは任せたわよ!」

「あぁ!」


 レインスが疾駆し、リティールが飛ぶ。場所を入れ替える二人。これにより明確にレインス対ニーヤ、リティール対パリヤッソという構図が出来上がった。


「さて……あれを倒せば元に戻るかもしれないという観点から殺すのは避けた方がいいかな……?」

「シャァアアァァァッ!」

「ま、しばらくは介助生活を覚悟してもらおうか……」


 最早人語を解さずに襲い掛かって来る獣のようになったニーヤを余裕たっぷりに迎え撃つレインス。


 すれ違いざまの一瞬の攻防。それだけで勝敗は決した。


「……腱を斬った。これで動けないだろ、っと!?」

「シャァァァアァァァアッ!」


 しかし、勝負が決まったと思ったのはレインスだけだったようだ。残心していたレインスのいた場所にニーヤが再び突っ込んできた。片足の腱を完全に切断したと言うのにニーヤの機動力には何の影響もないようだ。不審に思ったレインスが氣を辿ってみるとそこに怪我などは一切ないように見えた。


「……再生能力持ちか」


 嫌な顔をするレインス。どこまでの回復力かは知らないが、こうなると、相手の再生が追いつかなくなるまで攻撃するしか対処法が分からない。


(流石に恋人が治るかもしれないというのにその片割れの目の前で滅多切りにするのは気が引ける……)


 苦い顔をするレインス。こうなると目の前の美女が人外になった原因と思われる術者……パリヤッソをどうにかしてもらう他に対処が思いつかない。ちらりと横目でシガーを見ると彼は苦しそうに、しかし祈るような顔でこちらを見ていた。


「はぁ……ちょっと手を抜きながら戦うか」

「そンな暇が、あると思ってルの、かしら?」


 体内を巡る仙氣の量を少し抑えたレインスはニーヤの動きが変わったのを見た。踊るような足捌き。いや、実際に踊っている。それを見ていたシガーが叫ぶ。


「奉納の舞だ! 気をつけろ! 神霊の加護を纏う!」

「シガー……? あなた、ダレの味方、なノかしら!?」


 首が折れる程の角度でシガーの方を振り向いて叫ぶように問いかけるニーヤ。それを無言で見ていたレインスだが、少し溜息をつくと仙氣の量を元に戻した。


「はぁ……これのお守は中々に厳しいね。リティール! ホントに頼んだぞ!」

「シャァァァアアァァアッ!」


 他力本願な思いを口に。レインスはニーヤとの戦いに身を躍らせる。


 一方のリティール。レインスの戦闘が激化しているのと、彼からの言葉を受けて少しでも早く目の前の相手を倒そうと隙を伺っていた。


「んふふ……あなたもかなりのかわいこちゃんねぇ……思わず食べちゃいたくなるくらいよぉ」

「あんたに褒められても嬉しくないわ。さっさとあの子を元に戻して尻尾巻いて逃げ出したらどう?」


 パリヤッソの言葉を一笑に付して逆に挑発するリティール。その間にも相手の隙を探っているがパリヤッソは軽く悩む素振りを見せるも一切隙が無い。互いに力量を測りかねている状況。


「そうねぇ……代わりにあなたが私の娘になってくれるなら考えてあげてもいいわよぉ?」


 動いたのはパリヤッソだった。彼は愉悦を滲ませた笑みを浮かべ、リティールを指差しながら彼女の言葉に回答すると同時に指先から闇を放つ。


「冗談キツイわね。【金花獄城ラキ・ギラン・スタリル】!」


 だが、リティールは一切動じることなく瞬時に詠唱すると闇を金属の植物により正面から受け止め、更に反撃に転じた。


「いいわねぇ……良い素体よ。でも、魔力が強過ぎるわねぇ……そんなんじゃいい子にはなれないわ」


 嗜虐的な笑みを浮かべながらその巨体には似合わぬ身軽さで金属植物の蔦を回避するパリヤッソ。その先にリティールが仕掛ける。


「なりたくもないわよ! 【圧炎弾ギュラ・ゴウジャ】!」

「甘いわぁ……【影浮き】」


 パリヤッソが睨むと雪が動く。いや、その下にある影が動いたのだ。リティールが放った炎の弾丸はパリヤッソに命中する前にあらぬ方向へと叩きつけられた。


 その間にパリヤッソはリティールとの距離を詰める。やはり、その巨体に似合わぬ速度で踏み込み、地を抉りながら疾駆するパリヤッソ。リティールは無言で烈風を送りつけるが彼は多少の傷も厭わずに突っ込んできた。


「……オォォオオオォォォォッ! 【大「甘いわ」……」


 そのままの勢いで何かやろうとしていたらしいパリヤッソの前で浮遊し、即座にその場から移動するリティール。そして距離を取ると二人は再び対峙し、睨み合うのだった。


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