第92話 看破と攻略
レインスとリティールの戦闘。レインスの誘導により、少しずつだがシガーの家から離れつつあるその戦いを家の中から覗き見ていたシャリアは戦況が変わらないことにもどかしさを感じながら二つの戦いを見ていた。
シャリアの見立てではレインスとリティールの両者は共に相手を戦闘不能に追いやろうとしており、殺傷するまでには行かないように調節しているようだ。だが、そんな生半可な傷ではすぐに回復してしまうという点にやり難さを感じているようだった。
(……あと一人、私が戦えれば……!)
自身が何の手助けも出来ないことに歯痒さを感じながらシャリアは任されたものを見る。シガーは震えながらレインスとニーヤの戦いを見ては目を背け、それでもやはりニーヤの安否を気にして戦闘を見ざるを得ないという状態だった。
「もう、やめてくれ……何でニーヤがあんな目に遭わないと……」
「……二人が何とかするのを祈るのです。今、私たちに出来ることはそれくらいなのです」
最初の手加減した戦い方からだんだんと容赦がなくなっていくレインスの戦いを見てシガーが泣き言を入れる。しかし、戦闘は止まらない。激化している。視線の先、レインスは端整な顔を苦く染めながらニーヤの暴虐を凌いでいた。
「……シャアアアァアァッ!」
「止まってくれないかな! 天相流-水ノ型-【断水】!」
一点を穿つ鋭い突き。それをニーヤの瑞々しい太腿に命中させ、抉るように捻りを加える。綺麗に穴が開き、骨と一緒に向こう側の景色が見えた。それでも彼女は止まらずに前進しようとしてくる。
「チッ!」
サーベルを太腿の外に切り払い、相手の身体から抜き去るとレインスはその場を飛び退いて再び刀を振るうのにちょうどいい距離を保つ。先程までレインスがいた場所にニーヤの人外の爪が空を切った。
(今の傷でもすぐ塞がる、か……)
骨まで達した大きな傷だった。だがそれも瞬時に塞がる。レインスは相手の傷の戻り具合を見て溜息をつきたくなった。
(あまり大きな傷を与え過ぎると、例えこの人が止まったとしても我に返った時にどうなるのか不安なんだよな……)
相手の奇妙な氣は少し減っている。だが、それ以上に元々ニーヤのものだったと思われる氣の減りが早い。回復の度に身体と精神構造が造り替えられていると推察出来た。
(こうなると逃げに徹した方がいいんだろうが……難しいな。牽制もなしに何とか出来る相手じゃない)
元に戻す時のことを考えるとあまり攻撃をしない方がいいのだろう。だが、巫女の舞とやらを始めてからニーヤの動きが各段によくなりつつある。今はまだ慣れてないようで、ぎこちない体の動かし方だが攻撃を重ねて身体と精神が造り替えられてしまうとどうなるのか。
(こっちも仙氣の問題があるし、短期決戦と行きたい相手なんだが……おっと)
ニーヤからの鋭い攻撃が入り、レインスは思考を中断させられる。ここに来て、ニーヤの攻撃に鋭さが増してきた。それは戦いの当初に見られた戸惑いや躊躇などが消えているということの現れだ。
「攻撃しなくても飲まれていってるみたいだな……」
今度こそ大きく溜息をつくレインス。それを隙と見て取ったニーヤが鋭い突きを入れる。しかし、それは見せかけの隙。レインスは慌てることなくニーヤの攻撃を捌くと体術で投げ飛ばす。これで更に戦闘が家から離れた。レインスもシガーの縋るような目から逃れることが出来るはずだ。
「さて、向こうは……」
距離が出来たことにより、少しだけ生まれたゆとりの時間。その隙にレインスはリティールたちの戦闘を盗み見た。
「……驚いたわぁ。ここまでの術者が人間側にいたとは……」
「あんたに褒められても嬉しくないって何回言えばわかるのかしら?」
リティール対パリヤッソ。その戦いはリティール優勢で進んでいた。しかし、予断を許さない状況。リティールは迅速で確実な勝利を目指して術を展開する。
「【
灼熱の炎が翼竜の姿となってパリヤッソに躍りかかる。パリヤッソはそれを闇で迎え撃った。軍配は即座に翼竜に上がる。しかし、勢いは殺されておりパリヤッソに命中することはない。
だが、リティールにとってはそこが終着点ではない。彼女は続け様に高速で小さな金属の散弾を放つ。それは辛うじてだが確実にパリヤッソの肩に命中した。
「ぐっ……まだまだよぉっ!」
体勢を立て直しつつ傷を治すべく怪我の箇所を素早く確認するパリヤッソ。そんな彼にリティールから声が飛ぶ。
「ただの【
「何を……」
「咲け」
端的な言葉とは裏腹に効果は劇的だった。
「な、何よこれ……! うがぁあぁああぁぁあぁッ!」
パリヤッソが肩を見るとそこには金属の花が咲いていた。そしてそれを認識したとほぼ同時にその場所を中心として灼熱感が広がっていく。それに気付いた時、彼は肩から先を斬り落としていた。
「流石の判断ね。でも、もう遅いわ」
検知から認識、そして行動までのその一瞬の間。強制的に生み出したパリヤッソの隙を逃さずにリティールは彼を中心として術式を展開していた。
「ち、畜生……こんな、こんなはずじゃ……!」
余裕が剥がれたのか、女声を真似るのを止めて低い声でリティールを睨みながら恨み言を吐くパリヤッソ。だが、リティールはそれを聞くことはなかった。
「燃え尽きなさい……【
パリヤッソを逃がさないように包囲していた炎が一斉に彼目がけて集中し、火柱を上げ、大炎上する。
瞬間、嫌な気配。リティールはその場を飛び退いた。
「……あらぁ、残念♪」
愉悦を含んだ声。リティールが宙から声の主を確認するとリティールが飛び退いた場所には影で出来た短剣を持ったパリヤッソの姿があった。
「しっつこいわね……!」
思わず苦々しい顔になってしまうリティール。そんな彼女にパリヤッソは口だけは笑顔を取り繕い、殺意を込めた目をしながら語り掛ける。
「んふ……今のは死ぬかと思ったわよぉ……」
「……なら、何回でも同じ目に遭わせてあげるわ!」
再び灼熱の炎が周囲を満たし、夜を昼へと変える。数多の炎にはそれぞれ膨大な魔力が込められていた。それを引き攣った顔でパリヤッソは見る。
「あんた、本当に何者なのかしらぁ……?」
「悪党に名乗る名前はないわ!」
魔炎がパリヤッソに迫る。その瞬間、彼は自身の身体を闇で覆った。それを見たリティールは間を置かずに魔力検知を行い、炎の軌道を変えた。
「そこっ!」
「うっ、ま、まだまだよぉっ!」
今度は命中。しかし、当たったとほぼ同時に闇が彼を守っておりそれほどまでのダメージを与えられていない。ただ、今の攻防でリティールには確信が持てた。
(でも、今の魔力検知で概ね仕組みがわかったわね……あいつは自分の影に通じた魔力が通っているある程度の大きさの闇に飛ぶことが出来るみたい……本来なら夜に戦うには不利な相手ね……ただ、リアが結界を張ってるところには飛べないから家と畑の方面には移動できないわ……となると)
リティールは自身の周辺に光源となる炎球を幾つも持ってくる。これで少なくとも自身の周辺には近づけないはずだ。
それと同時に自らの炎で地表を焦がし、相手の魔力を上書きした上で巨大な円陣を組む。これからじりじりと範囲を狭めていくことで逃げ場もなくなった。
「さて、これであんたは終わりね」
勝ち誇る事も無く、ただ事実の宣告を行うように振舞うリティール。この状況。パリヤッソに打つ手はないはず。
だが、リティールの魔眼には彼が喜びの感情を宿しているのを映していた。そのため、彼女は油断なくパリヤッソのことを見据えながら隙を窺う。
「見事……見事よぉ……」
不意に聞こえたのはパリヤッソの賞賛する声。瞬間、彼は突撃して来た。それを一切の油断なく炎で迎撃するリティール。近付くにつれ、パリヤッソを覆っていた闇が剥がれ落ち、炎の命中密度も上がっていく。
それでも、パリヤッソはその足を止めなかった。
「~ッ! 何なの! これなら……! 【
蒼炎の魔弾。それはパリヤッソの歩を完全に止めた。しかし、鬼気迫る表情で思いの外接近していたパリヤッソにリティールは少し焦りを覚えていた。念のため、距離を取ろうとするリティール。そんな彼女にパリヤッソが告げた。
「んふ……安心しなさい……ここにいる分の魔力はもうないわぁ……」
「……今、何て言ったのかしら?」
聞き捨てならない台詞。だが、パリヤッソの方はとうに会話を成り立たせるだけの余力が残っていなかった。リティールの問いかけを無視して炭化しかけている顔に無理矢理醜悪な笑みを浮かべると大音声を上げた。
「でも……足掻かせてもらうわよォッ! 血よ、共鳴せよ! 屍の姫よ! 我と共に戦え! その命、尽きるまで!」
リティールの目の前でパリヤッソの巨体が更に弾けた。魔力を見るに最早生命として幾ばくも持たない者の最期の悪足搔き。だがしかし、受ける側からしてみればたまったものではない。
「あぁもう! 面倒ね!」
少し離れた場所でも魔力の爆発が起きている。そちらの援護に向かわなければならない。そんなことを考えながらリティールはパリヤッソの最後の足掻きに付き合うのだった。
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