第90話 蒼鳥の巫女

 それ・・に最初に気付いたのはまたもリティールだった。


「……ちょっと待って。ここから少し南に変な魔力があるわ」

「そうなのです? でも、私はこれを選ぶのです」

「待ちなさいってば」

「リティール、往生際が悪いぞ」


 だが、Old Maid(ジョーカーを使わず、クイーンを1枚抜いたババ抜き)で遊んでいた三人はリティールの言葉を無視してゲームを続行する。因みに、ゲームは最終段階も最終段階。シャリアとリティールの一騎打ちだ。早々に上がったレインスは錬氣をしながら美少女二人のじゃれ合いを観戦している。


「ねぇ、シガーの家に猛スピードで何か変なのが行ってるわ。すぐに行くべきじゃない?」

「でも、後一枚なのです。もうすぐ終わるのです」

「何かあってからじゃ遅いわ。すぐに行きましょう」


 そう言って強引にゲームを終わらせようとするリティール。他のゲームでも負け続けているのでこれ以上負けるのは嫌なのだ。姉としての尊厳にかかわって来る。そんな彼女の心情を理解して……でもそれはそれとして勝ちたいシャリアがカードを取った。


「これであがりなのです」

「……そうね」


 負けて若干不貞腐れるリティール。シャリアは喜んでいるがこれ以上突っつくと場の空気が悪くなりそうだったのでレインスが話題を逸らした。


「で、シガーさんの家に何か行ってるんだって?」

「別にいいんじゃない? 泥棒か遭難者か何かよ」

「……いや、気付いたなら言ってやろうよ。それに、普通じゃない速度で移動してるんだろ? リティールの言う通り何かあったら……」

「トランプ以下の関心だったのによく言うわね。まぁいいわ。これで泥棒だったら色々と問題があるしね」


 若干根に持ちながらリティールはレインスの言葉に応じて立ち上がる。レインスとシャリアもそれに続いた。


 シガーはまだ談話室で暖炉に当たっていた。だが、机の上には半分が空いているウィスキーの酒瓶と水が置いてあり、それなりの量を飲んでいたことがわかる。そんなシガーだが素面と変わらない顔色でレインス達を出迎えた。


「どうした?」

「シガーさんの家に何者かが近付いていることがわかりました。これから行ってみようと思うんですがどうします?」

「行く」


 即答だった。すぐに立ち上がり外套を纏う彼の心境など魔眼を持つリティールでなくとも何を考えているのか分かるほどだ。そのため、リティールは彼が落胆し過ぎないように釘を刺しておく。


「……一応、人型のものと思われる魔力だけど……非常識な速度で近付いてたわ。真っ当な存在じゃなさそうね」

「そう、か……」


 目に見えて落胆するシガー。だが、彼の家の大事となれば彼も同行したいという感情に変わりない。一行はすぐに戦闘準備を整えてシガーの家へと向かった。




 暗く、寒い北の地の夜。雪がちらつく中での移動になるが、シガーの家に魔具を置いてきているためリティールが居れば方向は間違えない。そんなリティールを先頭に、彼女の術によってシガーとレインスは低空飛行をしていた。

 勿論、行きと同じようにシャリアの保護がついている。外の寒空との視覚差異で風邪を引きそうだったが、そんなこともなく彼らは無事にシガーの家に辿り着く。


(確かに、何かいるな……しかも、あんまりいい空気を纏ってない何かが……)


 シガーの家に近づくにつれ、レインスの検知範囲内にもその何者かの存在が見て取れるようになっていた。そしてその存在は真っすぐこちらに向かっていることも同時に理解する。そんな彼らだが、相手よりも先にシガーの家に辿り着いたことで軽く打ち合わせとばかりにシガーの自宅に入り、話を始める。


「それで、シガー。あんた何か恨まれるようなことをした記憶はあるのかしら?」

「特に覚えはない……が、逆恨みを買う事態になってるのには心当たりがある」

「何かしら?」

「……蒼鳥の爪の巫女の話だ」


 そこから彼の身の上話が始まる。彼には少し年上の優秀な幼馴染、ニーヤという少女がいたこと。幼少期から殆どの時を一緒に暮らし、時に喧嘩や思春期に微妙な距離を開けることもあったが良好な関係を築いていたこと。魔王軍の襲来によって二人の両親が北部戦線に赴く前に祝言を挙げ、二人で暮らすようになったこと。北部戦線でニーヤの両親が戦死し、ニーヤが巫女の座を継ぐことになったこと。


 そして、巫女になった彼女がある日突然消えたこと。


「……ニーヤが居なくなったのは突然だった。何が悪かったのか、何があったのか俺にはよくわからない……が、里の中には俺がニーヤに何かしてニーヤが逃げたと考える奴が幾人かいる」


 正直、誰かに話したかったのだろう。シガーは自らレインスたちが聞いていないことまで喋ってくれた。そして全てを出し切った彼は項垂れて溜息をつく。


「どうなんだろうな……あいつらが考える通りなのかもしれない。そうだったら俺の何が悪かったのか……」

「あんたの言い分は分かったわ。でも、もうお客さんが来る時間みたいよ」


 意気消沈といったシガーの言葉を遮ってリティールは全員の視線を扉の方に誘導する。レインス、シャリアもその存在の到来を魔力、あるいは気配によって感知していた。


(……相手の気配はここに来るまでに随分と萎んでる。奇妙な気配もあるが、敵意はないと見ていい、のか?)


 相手の気配を探りながらレインスは首を傾げる。シガーの家に真っすぐ向かっている割には近づくにつれ、速度は遅くなり気配も多少強い気配だが、通常の人間と殆ど変わりないものになりつつある。それは魔力感知による察知とも同じ結果だったのだろう。リティールたちも曖昧な態度で相手の出方を窺っている。


 緊張の一時。やがて、静かにベルが鳴らされる。


「俺が出る」


 シガーが腰を浮かせて雪夜の来客を招きに扉に寄った。その間に三人が顔を見合わせる。


 そこに居たのはこの寒空の中には似合わない薄着の格好をした美女だった。だがしかし、レインスたちが気にしたのはそこではない。レインスたち……いや、人間の常識を持ち合わせる者であればまず気になる点。それは彼女が纏っている血だ。


(誰だ? いや、何があった? これは……)


 どう出るか。レインスが迷っているその一瞬の間にシガーが声を上げた。


「ニーヤ! お前、この血は……大丈夫なのか!?」

「……えぇ。全部、返り血よ……」


(それはそれで大丈夫じゃない気がするが……)


 レインスは内心でそう突っ込んだが、シガーは彼女が怪我を負ったのでなければそれでいいらしい。一先ずは血を洗い流すために風呂を沸かすと言って慌ただしくその場を離れようとする。


 だが、それを遮った者がいる。他でもないニーヤだった。


「待って。その前に魔甜香まてんかをちょうだい……」

「ど、どうした? 何があったんだ?」

「いいから早く……!」

「わ、わかった!」


 シガーは慌ててレインス達が来た時に振舞った魔甜香まてんかの入った料理を彼女の前に出す。彼女はそれを一口だけ口にするも皿をひっくり返した。


「だめ……こんなのじゃ、ダメなの……早く、魔甜香まてんかを……魔甜香まてんかそのものをちょうだい……私が私でいられる間に……!」

「ニーヤ、お前いったいどうしたってんだよ……」


 明らかに異常な行動をしているニーヤのことを咎めることもなくそう呟きながらシガーは魔甜香まてんかの粉を取りに倉庫部屋に向かう。だが、部外者である三人はそれぞれの感知能力から目の前の存在が急速に人間から離れていることに気が付いていた。


「レインス……」

「リティール、何とかならないか?」

「奇遇ね。私も同じことをあんたに訊こうと思ってたわ」

「……出来れば、助けてあげたいのですが」


 三人はそれぞれ感想を口にする。しかし、それはどれも同じような結論に至っていた。


「ニーヤ! 魔甜香まてんかだ! ほら! これをどうしたらいい!?」


 目の前には必死にニーヤの願いを叶えようとするシガーの姿が。そんな彼に対しそれ以上に必死なニーヤの姿。彼女は懸命に抗っている。魔甜香まてんかをそのまま口に運び一気に呑み込む彼女。


 だが。


「……離れて!」

「何が……」


 事態が呑み込めないまま進んで行く中、シガーはニーヤに急に突き飛ばされた。それを受け止めながらレインスはニーヤを油断なく睨みつけた。数瞬前までシガーがいたそこには彼女の人間離れした鋭い爪が宙を彷徨っていた。


「うふふ……シガー、愛してるわ……」


 だから、食べさせて?


 口元から吸血鬼を思わせる乱杭歯を覗かせて、蒼鳥の巫女だった美女は艶やかにそう微笑んだ。

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