第86話 蒼鳥の爪
勇子たちが立ち去った後にやって来た連休の初日。今日からしばらくはだらだら出来るとレインスはいつもより長めの睡眠を取り布団にくるまっていた。
(あー……涼しくなったし、この時期は絶好のだらけ日和だなぁ……)
外の少しだけ肌寒い空気に対し、暖かい布団の中でレインスは心地よさを感じながら寝返りを打って目を瞑る。
そんな彼の部屋に雪が舞い込んで来た。
「レインス!
粉雪をちらつかせながらこの場にやって来たのは傾城の美少女、リティールだ。最近、外出が多かった彼女だが、空間魔術でつないだ彼女の後ろを見るにどうやらずっと北の地で勇子が持ってきた
だが、寝起きに寒風を浴びせられたレインスは茫然としてリティールを見上ることしか出来なかった。
「……リティール」
「何? まだ寝てたの? もうお昼よ?」
「……確かに、そろそろ昼だけど……いや、取り敢えず寒いからそれ閉めて」
「仕方ないわねぇ……」
背景の寒冷地の中で何かしてから空間跳躍の門を閉じるリティール。レインスはそれを見届けてから布団を出る。とても寒い。必然と、恨めしそうにリティールを見てしまう。それを受けてリティールも微妙に気が引けたようで顔を逸らしてから告げた。
「……じゃあ、準備しなさい。その様子だと朝ごはんも食べてないのよね? 軽く摘まんでから行くわよ。向こうに人を待たせてあるから」
「待って。色々と話が見えてこない。
「詳しい話は向こうでするわ。ただ、武装と戦いの準備だけはしておいた方がいいわね」
嫌な予感がしながらも自分の身体のために動いてくれているという事実が邪魔をして文句を言えないレインス。身支度を整えるための猶予をリティールから与えて貰ってから彼は一人になり呟く。
「はぁ……そこまでしなくてもいいんだけど」
その声は誰にも届かずに消えて行った。
「お姉ちゃん、
「そうよ。これからレインスと一緒に出掛ける予定。リアはお留守番お願いね」
「いやなのです。一緒に行くのです」
身支度を済ませたレインスにとって朝食に当たる時間。リティールとシャリアは口論をしていた。ただ、今回の口論はそこまで大きなものに発展せず、リティールが折れる形で収束する。
「リア、ついてきてもいいけど……絶対に危ないことはしないのよ」
「お姉ちゃんたちも危ないことしないでほしいのです」
「私たちは大丈夫よ。それに、今回はそんなに危ないことはしないはずだし」
「……心配なのです」
(リティールの俺に対する扱いはどうなってるんだ……もう少し心配してくれてもいいものだと思うが……)
身支度を整えて遅めの朝食の席に着こうとしていたレインス。朝から微妙な気分になりながら用意されていたものを食べ始める。どうやら人を待たせているようなので少し急いで食べながら最低限の情報交換を行うことにした。
「それで? どういう状況?」
「まぁ、詳しい話は向こうに着いてから何だけど……要するに、困ったことをする怪物がいるらしいのよ。それを退治してくれるなら分けてあげるってことみたい」
「ふーん……」
「別に、レインスに戦わせるつもりじゃないわよ? ただ。悪用されたくないから使ってる本人を見せてほしいってのが来てほしい理由よ」
リティールの言葉に頷くレインス。彼女の実力からすれば畑を荒らす怪物などどうにでもなるだろう。また、仮に魔術が効かない相手であった場合にはレインスが出ればいいという話だ。
(まぁ、北でも辺境みたいだし、最悪はどうにでもなるか……)
そんな感じでレインスは同行することに決める。そうとなれば朝食を摂り次第、防寒対策を取って一行は北の大地へと向かうのだった。
「寒っ……」
「やっぱりレインスさんの服もシャーブルズで用意した方がよかったのです」
「いや、大丈夫……それで、どこに行けばいいの?」
「こっちよ」
畦道を歩き始める一行。周囲には丸々と大きくなったビーツの一種……つまり、甜菜が収穫の時を待っていた。
「……凄いのです。シャーブルズみたいに作物そのものに魔力が……これが
「違うらしいわ。これは普通の甜菜。魔術で育てる中で魔力を吸収しちゃって作物自体に魔力がつくらしいの。で、何でも、
「ふーん……」
話を聞いて雑談も交えながら移動すること少し。畑の先に民家が見えて来た。
「あの家よ」
そこにあったのは取り立てて大きいわけでもない一軒の平屋だった。リティールがその家の扉に着けてあるノッカーを鳴らすと中から人が出て来る。
「……おぉ、本当に連れて来たのか……お前がレインスか?」
「あ、はい」
「で、そっちは……」
「リティールお姉ちゃんの妹のシャリアと言いますのです」
(……かなり出来る人だな)
挨拶の最中に一見して相手の実力を探るレインス。相手はかなり鍛えられた人間の様で、体術と魔術の両方に優れていると見受けられた。対するレインスも魔力を探られた気配がしたが、元から大した量は持ち合わせていない。相手の警戒はすぐに解かれた。
「まぁ、ここで話も何だ。上がりな」
「はい」
二重ドアを通ってリビングに通される三人。そこでシガーと名乗る男からホットミルクに砂糖を混ぜたものを出されると話が始まる。
「……人を襲う怪鳥、ですか」
「あぁ……最近、この辺りにそんな化物が出てな……蒼鳥の爪と謳われた俺たちの部族でも歯が立たないんだ……」
シガーは悔しそうな顔をしてそう告げた。蒼鳥を名乗る部族が怪鳥に襲われて外の人間に頼らざるを得ないなんて笑い話だよなと自嘲しながら彼は続ける。
「族長には俺から話をつける。その怪鳥を倒してくれれば
「言質取ったわよ? 後で渡さないなんてごねたらわかってるでしょうね?」
「あぁ……どうせ、巫女もいないんだ。今年の儀式は中止……族長たちも納得してくれるだろ」
(……巫女? 儀式?)
レインスはその単語に少し引っ掛かりを覚える。しかし、深く追求すれば余計なことに巻き込まれそうだという経験則から尋ねることはしなかった。
ただ、代わりにシャリアが尋ねてしまう。
「巫女さんがいなくなったのです?」
「あぁ……急に、出て行っちまった。しかも着の身着のままで、だ……御覧の通りのこの環境。そして人を喰う化物まで出ると来たもんだ。……もう死んじまってるだろうよ」
突き放すようにそう告げるシガー。だが、リティールの目には彼がやりきれない思いでいっぱいであることがありありと見て取れた。そしてリティールの様に特別な目を持たなくともそれは見て分かるものだった。
「……辛そうなのです」
「……放っといてくれ。そんなことより怪鳥の討伐だ。嬢ちゃん二人はかなりやるようだが……戦う前に一つだけ確認だ」
「何よ」
「……リティールには言ったが……
その言葉を受けてシャリアはリティールの方を見る。
「お姉ちゃん……」
「……ま、そういうことよ。シャリアは大人しく後ろで
「うぅ~……大人しく連れてきてくれたかと思うとこれなのです……」
少し悲しそうにそう言いながらも必要な役割であるため文句は言えないシャリア。そんな彼らを見ながら怪鳥の活動時間は夜であるということ、そして活動予想範囲をシガーから聞いて一行はシガーの家で待機することになるのだった。
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