北の地
第85話 戦乙女の来訪
リティールが学園都市にやって来てから数ヶ月が経過した。その間にシャリアの金級冒険者への昇格が済まされ、引っ越しも
そんなある日の事。毎日暇を持て余しているリティールと休日で学校はお休みとなっていたレインスとシャリアの下に来客が訪れていた。
「レインス! 久しぶり! おっきくなったなぁ! あはは!」
「……ユーコさん」
「何でそう嫌そうな顔をするかなぁ……素直に褒めたのに」
来客者の名前は望月勇子。前世においてレインスと共に魔王討伐の旅に出て人類を救った勇者であり、今世においては魔族との争いが続く激戦区である北部戦線の英雄として戦乙女と呼ばれる美少女だった。
そんな彼女は今回、これまでのように一人ではなくレインスたちの見知らぬ少年を連れて来ていた。その少年は玄関先から今に至るまでずっと来訪者に微妙な顔を向けているレインスに対して吠えるように口を開く。
「レインスとか言ったな! 忙しいユーコさんがわざわざ何日もかけて来てやったと言うのに何だその態度は!」
勇子に対するレインスの態度にお冠の様子の少年。しかし、当の勇子は軽く笑いながらレインスが何か言うよりも先に言った。
「あはは、レインスはこれでいいんだよ。あ、レインス、初めましてだよね? この子はロックだよ。仲良くね」
「……ハジメマシテ」
「ふん!」
どう見ても仲良くする気のないロック。レインスからすればこの少年から嫌われたところで別に構わないので特にコメントはなしだ。彼の事は置いておき、面倒な彼の保護者の方を見る。
「で、何の用?」
「いやー! フラードの町の件、聞いたよ! 町を救ったってね! 凄いじゃないか! 流石レインス!」
その件がどうして北部戦線にいる勇子にこんなに早く届いたのか。一瞬だけ頭にそんなことが過るがレインスはすぐに反論した。
「いや、やったのは殆どシャリア……」
「そんなことだろうと思った! お前、弱そうだもんな」
ロックがレインスの言葉に即座に噛みついて煽る。レインスは少年の発言を肯定したいところだったがどうも態度が気に入らないのと子どもの対応に適しないため無視した。しかし、隣で話を聞いていたリティールが不機嫌そうな顔でロックを睨む。それだけで魔力が重圧となって漏れ出てロックは身を竦ませた。
「な、なんだよ!」
「別に」
素っ気ない態度で顔をぷいと横に向けるリティール。その態度が気に入らなかったようでロックは立ち上がった。
「くっそぉ、脅かしやがって! 戦乙女の盾を舐めんなよ!」
「ロック! ちょっと静かにしてて! 喧嘩するなら外に出てもらうよ!」
勇子の発言によって静かになるロック。しかし、ご丁寧なことにレインスに対するガンつけは止めない。存在がうるさかった。それでもレインスは彼の事は努めて無視して勇子に再度告げる。
「それで……フラードの件はシャリアがやったことだから俺は何にもしてないよ」
「またまた! ギルドから話は聞いてるんだから。ちゃんとスライムを倒しに出たんでしょ? それで黒鉄級に上がってるんだから謙遜しなくていいって!」
「……まぁ、うん。多少は、頑張ったのかな?」
「うんうん。その調子でもっと頑張ろうね」
勇子の発言の一部だけ受け入れるレインスに勇子は笑顔でそう告げる。その発言がレインスには少し引っ掛かった。
(そういう頑張り続けるのが俺はもう無理なんだよ……)
内心の思いを吐露することなく呑み込んでおくレインス。そうしているとシャリアが全員分の紅茶とお茶請けを持ってきた。それを見て慌てて勇子は腰を浮かせた。
「あっ、ごめんごめん。あんまり長居出来ないんだ。お構いなく」
「でも作ったのです。どーぞなのです」
「……ありがとう」
シャリアの好意を受け取ることにした勇子。それにより、少し休憩代わりに飲み食いするだけの時間が訪れることで部屋に静けさをもたらしてくれた。
「いい子だねぇ……あ、ところでレインス」
「何?」
「これ、知ってる?」
勇子はレインスの前に小さな袋を出した。中を開くとそこには薄い黄土色をした粉末が入っていた。
「……何これ?」
「北部地域にある
「へぇ……これがどうかしたの?」
「何か、身体にいいらしいいんだ。北部戦線で一緒に戦ってる仲間が教えてくれたんだけど……これ、光魔術じゃ治せない治療も出来るんだって」
話半分で聞きながらレインスは
「確かに、妙な力があるみたいねこれ……」
「でしょ? これならレインスも治せるかなーって思ったんだけど……少し不思議なお砂糖みたいなものとしてちょっと試してみない?」
「……まぁ試すだけなら」
「何だその態度は! 勇子さんが苦労して手に入れたんだぞ! もっとありがたく使わせてもらえ!」
吠えるロック。すぐに勇子に睨まれるが、レインスは確かにそれもそうだと思ったので財布を取りに行き、尋ねた。
「幾らぐらいのものなの?」
「いーよいーよ! 気持ちだけ! ね!」
「……何かその女から微妙に邪な思いが見えるわよ、レインス」
リティールの指摘で場に気まずい沈黙が降りる。レインスは微妙にいたたまれない気分になりながら勇子を見た。彼女は何とも言えない笑みを浮かべて呟く。
「そりゃ、ちょっとくらい恩を売っておいたら後でいいことあるかなーってくらいは思ったけど……それだけだよ? 本当に善意さ。あのガフェインと一人で戦わせてしまったお詫びとでも言うか……」
「何回も言うけど戦ってないってば」
「やっぱり! あんな強いのと一人で戦えるなんて嘘に決まって「ロック、あんまりうるさいと本当に外に出すからね」うぐ」
割と本気で怒り気味になった勇子にロックは反省したのか黙り込む。勇子は話が逸れてしまったと軽く咳払いして
「それで、ちょっと試しにこの紅茶にでも
「なら、新しいのを淹れるのです」
「あ、別にこのままでいいよ。ちょっと甘くなるだけだろうし……」
さっと紅茶に入れてスプーンで混ぜるレインス。甘くなった紅茶を飲むと身体が奇妙に温まる感覚に陥った。
「ん……確かに、不思議な力が……」
「本当かい? なら、もっと集めて来ようかな」
「……あんた、忙しいんでしょ? 私が集めるから大丈夫よ」
薬効ありとの言葉を受けて上機嫌になった勇子にリティールがそう告げて
「僕としてはレインスを治すことが出来ればどっちでもいいけど……君は大丈夫なの? あんまり僕たちについて来たくなさそうだったけど」
「勿論、別ルートで行くわ。どの辺りにあるのかだけ教えてくれる? レインスが治るならいいんでしょ?」
「んー……まぁ、そうだね」
前世から愛用しているアイテムボックスを使って大陸の地図を取り出して広げる勇子。地図を広げると彼女は大陸北部のやや内陸の方を指して言った。
「この辺りに定住してる人が作ってるんだって」
「ふーん、わかったわ……ここから北の方角にこれだけね……」
「まぁ、その近くが普通の砂糖の名産地でもあるから馬車も通ってるみたいだよ。馬車を乗り継いで六日くらい。そこから更に歩いて……全部で七日くらいかかるんじゃないかな。そんな感じ」
「……そう」
あまり興味なさげに応じるリティール。彼女は【空】の魔術が使えるので空間跳躍もお手の物だ。馬車での移動はあまり興味がないのだろう。
「じゃ、伝えたいことは大体伝えたし……僕もそろそろお暇しようかな」
「この後はどうするの?」
「ん? ちょっと北部戦線で獣魔族以外も活発化してるから王国に行って軍の再配備をお願いしに行くよ。だからあんまり時間がないんだ」
「そっか。頑張ってね」
「ありがと」
シャリアにご馳走様と告げて立ち上がる勇子。ロックもそれに倣い席を立った。
「じゃ、また何かあったら来るよ」
「ユーコさん、早く行きましょう!」
「はいはい……じゃあ、またねー」
そう言って来訪者二人は去って行ったのだった。
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