第80話 新しい朝

 フラードの町でスライム討伐を終え、学校に報告しに行った後にリティールから同居の報告が入った翌日の朝。夜がまだ色濃く残っている中でレインスとシャリアの家には早速リティールがやって来ていた。


「ここだと三人で住むには狭いわね。引越ししましょう」


 薄暗い中。リティールは朝の挨拶もそこそこに部屋の中を見て回るとベッドの上にいるシャリアにそう告げる。シャリアは寝ぼけ眼を擦りながらそれに答えた。


「……えーと、お姉ちゃん。いつの間に来てたのです?」

「今日の朝よ!」


 まだ太陽が朝を告げて間もないという時間でもリティールは元気だった。そしてとても嬉しそうな顔をしている。

 対するシャリアとレインスは眠そうな顔だ。まだ朝食も取っていないし寝間着のままだった。


「それにしても、レインス!」

「はい……」

「何でシャリアと一緒に寝てるの? 破廉恥よ!」

「何か……部屋が狭くて成り行きでこうなったというか……」


 眠くて頭の回らないまま説明するレインス。実は昨日の夜遅くまでリティールがこちらに来ることに関する対策会議をやっていたのだ。その対策が不十分なままに終わったというのに夜が白み始めたばかりの時分から家に押し掛けられてレインスは迷惑だった。

 しかし、リティールの方は元気いっぱいでもう楽しくて仕方ないという様子で話を始める。


「まぁいいわ。私が一緒に暮らすからシャリアと一緒のベッドは私ね。レインスは寝室は同じでいいけど、ベッドは別よ」

「まぁ、どうぞ……あ、そうだ。あのー、人里で暮らすらしいけど、色々とあるから姉妹水入らずで暮らしてもらって、俺はもう一人で……」


 ようやく頭が回り出したレインスが昨日、というよりも今日に差し掛かっていた時間にシャリアに話した内容について軽く告げると食い気味にリティールはそれを却下した。


「却下よ。人里には交流の意味でも来てるわけ。で、あたしが人間で信用してるのはあんただけなんだから。そこから輪を広げていくのが当然よね」

「いや、それなら別に一緒に暮らす必要は……」

「何よ。あんた、私の事嫌いなわけ?」


 レインスは抵抗するもリティールに睨まれる。魔力の重圧付きでだ。その程度の脅しに屈するレインスではないが、ちょっと思う言葉が口から転び出る。


「いや別にそう言う訳じゃないんだけどなぁ……寧ろ魅力的過ぎて困ると言うか」

「ばっ、ばっかじゃないの? 何急に口説いて……」

「レインスさんはこんな人なのです」


 慌てるリティールにシャリアが眠そうにしながら諭すようにそう告げる。だが、レインスとしてはそういう問題ではない。


「リティール、そしてシャリア。二人とも非常に魅力的な可愛い女の子だ」

「……ま、まぁ。そうね? それで?」


 ちょっと照れながら肯定するリティール。話を促されたレインスは続けた。


「そんな二人と俺みたいな普通の人間が一緒にいると不自然だ」

「そうかしら? あんたとシャリアが二人で暮らしてても誰も文句言わなかったんでしょ? それに家族の私が来たところで文句言われる筋合いないわよ」

「なのです」


 この別居の件に関してはシャリアもリティールと同意見だった。そのため、レインスは孤軍で奮闘せざるを得ない。


「いや、その話だが……恐らくギルドの報告を読んだ学校側はシャリアを昇級させるはずだ。ギルドもシャリアを金級に昇級させる。俺とシャリアの生活もそろそろ幕引きの時間だったんだよ」

「気にし過ぎでしょ。そのギルドの階級っていうのは別に住む世界を分かつ訳じゃないはずよ。寧ろそんな自由を妨げるなら捨てればいいわ」

「そうなのです」

「……まぁ、そうなんだけどさ」


 言い負かされるレインス。これがもう少し後の時間でレインスの頭が覚醒していれば別だったのだろうが、今の彼には反論が思い浮かばない。


(目立ちたくないんだけどなぁ……)


 今のレインスではそうぼんやり考えるだけだった。そしてレインスが反論しないのをいいことにリティールは話を進める。


「じゃ、そういうことで引っ越すわよ。それなりに魔晶石を持って来たからお金には困らないはずだけど……」

「レインスさんがそれはあんまり売らない方がいいって言ってたのです。お金なら私がいっぱい持ってるので貸しておくのです」

「そう? 悪いわね」

「あのさ、俺、目立ちたくないんだよね……」


 二人の会話の合間を縫ってそう告げるレインス。だが、リティールはそれをこともなく却下する。


「なら猶更私達と一緒にいるべきよ。多少あんたが不思議なことをしても私たちのせいに出来るじゃない。それに、私たちと行動だけ一緒にすると私たちが見てないところで変なことをしようとする輩が出てもおかしくないわ。そう言うのに対しても目立ちたくないなんて言って対処しなかったら大変よ? 私達と一緒に暮らしておけばいつでも私たちの目が光ってるし、何かあっても私たちが対処したってことにできるわ。こっちの方が合理的よね」


(うーん……そもそも、一緒に行動しなければいいんじゃ……でもなぁ……それを言ったらヨークの里との友好関係がなぁ……)


 レインスがいい具合の反論を考えている間にもリティールの話はどんどん進んで行く。取り敢えず、話の流れが怪しくなってきたのでとんでもないことにならない内にレインスも同居の方向で話を進める頭に切り替えた。


「二人とも、空間魔術があるから狭くてもいいとか言ってるけど世間体を考えて。そんな狭い場所で三人暮らししてると思われたら俺が色々困るから……」

「面倒臭いわね。じゃあ、レインスが決めなさいよ」

「えぇ……? それなら不動産に行って決めよう……取り敢えず、今の時間じゃまだ開いてないだろうから……もう少し寝ていい……?」


 眠いレインスは思考をまとめるための時間稼ぎも兼ねてそう言って布団に戻ろうとする。すると、シャリアも少し困った顔をして姉の方を見た。


「私もまだ少し眠たいのです……」

「そう? なら仕方ないわね……何か暇潰しできるものないかしら? ここで適当に時間潰しておくから」

「図書館で借りた本があるのです……」

「じゃあそれでも読んでいようかしら? ……あら、なんか変なスライムがいるわね……」


 何やら騒がしい同居人たちを見てプチ・マ・スライムのすぃーが起きてシャリアが魔力を込めた水が入ったたらいから出て来たようだった。彼女はリティールを見上げると首を傾げる。


「すぃー?」

「……かわいいわね。この子と遊んでるわ」

「そうしてくださいなのです……」

「すぃ!?」


 シャリアに売られたすぃーはリティールのおもちゃにされる。その間にシャリアは既に半分眠りの園に旅立っているレインスを追いかけてベッドに入った。


「あ、また二人で一緒に……まぁいいわ。今は仕方ないもの……その代わり、私がいるからには破廉恥な行為は許さないわよ」

「レインスさんは大丈夫なのです……」


 その言葉を言い残してシャリアも夢の国へと旅立っていくのだった。



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