第79話 帰宅
フラードの町から学園都市に戻ったレインス一行。そんな彼らだが、通常の報告義務に加えて不死身のスライムの大軍が町を襲撃するという大きな出来事があったため、戻った翌日には学校に呼び出されることになっていた。レインスにとってはフラードの町で捏造した話をすればいいだけの簡単な問題だ。
しかし、気分は晴れなかった。
「レインスさん、大丈夫なのです?」
「……ベルベットさんたちと話をしてから様子が変」
「あぁ、うん。まぁ、いや、大丈夫だよ……」
あまり大丈夫なように見えないレインス。張り詰めていた緊張の糸が切れて今になって疲労が噴出して来たかと思うシャリアとシャロ。だが、レインスがおかしい原因は彼女らの知り得ないところにあった。
(まさか、あのペイズリーが……超シスコンの変態だったとは……昨日はすぃーが脱水状態でいつの間にか荷物に紛れてついてきた騒ぎで考える余裕がなかったが今になって思い返すと……なんか色々と思うところが……)
寡黙な英雄ペイズリー。その正体は魔物に最愛の姉を殺されて無口になった復讐鬼だった。こういえば聞こえの良い形になる。
しかし、ペイズリーの変態行為は度を越していた。この話を聞いた時にシャロがレインスにジト目を向けて「男の子って……」と呟いたことで詳細が判明することになったがレインスは正直に言って彼の性癖を知りたくなかった。
だが、シフォンの開きかけた不満の堰はもう決壊しており話は止まらなかった。
シフォンにとって敬愛すべきベルベットを日常的にセクハラ紛いの言葉を交えて口説く。この程度であれば軽く引いて今世では少し距離を置く程度で済んだのだが、ベルベットの下着を盗むは常習犯。水浴びした後の水を術で集めて飲んだり、これ以上は子どもたちに聞かせる話ではないとベルベットが無理に中断させたような所業を行っていたようだ。
これにはシャロもドン引きし、シャリアも顔を引き攣らせていた。唯一の男子であるレインスは色々な感情から引き攣った笑いを浮かべるしかなかった。
(……いや、もう忘れよう。どの道、あいつは別の理由で魔王軍と戦ってるらしいからな……)
前世では姉を殺された恨みから魔王軍と戦っていたが、今世では魔王の脅威に立ち向かうための力をつけにエルフの国を出た姉を追いかけ、姉がエルフの国を出る原因となった魔王憎しで北の前線に張り付いているとのことだった。
尤も、ベルベットとしては弟から逃げたいという感情もエルフの国を出る理由の立派な一翼を担っていたというが……表向きは魔王の脅威に立ち向かうための武者修行ということになっており、ペイズリーもそれを信じているとのことだ。
(……何かなぁ……)
色々と思うところの出て来るレインス。だが、いつまでも気にしていられない。それはそれ、これはこれとして気持ちを切り替えねば現在に支障が出るのだ。
差し当たっては気遣わし気にこちらを見ている二人に心配させないように気持ちを切り替える。
「よし、さっさとレポートとギルドからの手紙を出して遊びに行こう」
「……大丈夫なのです?」
「あぁ、あんまり気にしてられないからね。それに、可愛い二人に心配させるほどのことじゃない」
「……ん、大丈夫そう」
口が滑り、余計な一言まで告げてレインスの気が滅入るがそれによって逆に元気が戻ったという判定を受けたので結果オーライということにしておいた。
そして一行はレインスの通う学校に向かう。
程なくして到着した学校だが、呼び出された割には基本的に事務的な対応を受けて結果はレポートと冒険者ギルドからの報告書を読んだ後に連絡するとのことだった。今日の大きな用事が済んだことにより、自由になった一行はそのまま行きつけの喫茶店に向かう。
「やっぱりここのケーキは美味しいのです」
「ん……レインス一口交換しよ?」
「いいよ。どうぞ」
のんびり談笑をし始める三人。今回の事件についての話をせがむシャロに対してレインスとシャリアから簡単な経緯が説明される。
「……ん、レインスはあんまり無茶してないみたいだね」
二人の冒険譚を聞いてのシャロの感想はそんなレインスの心配だけだった。それを受けてレインスは微妙に気恥ずかしくなってジュースを飲んでから答える。
「そりゃ、別に俺だって無茶したくてしてるわけじゃないし……いつも無茶してるわけじゃないさ」
「ならよかった」
柔らかな微笑み。いつも無表情なシャロのそんな一幕にレインスは少し鼓動を高鳴らせる。そんな二人にシャリアは告げる。
「全く、シャロちゃんは心配性なのです。私がいるからレインスさんにはそんな無茶はさせないのです」
「……そう、かもね?」
「何で二人とも俺が無茶しようとする前提なんだよ……」
少し不貞腐れるレインス。だが、二人の脳裏にはレインスがボロボロになっても戦う姿が焼き付いている。
「獣魔将」
ぽつりとシャロから出てきた単語にレインスは頭を掻いて言い訳する。
「いや、あれは想定外のことで……」
「ゴーレム……」
「いや、でもあれも予想以上だったって話で……」
シャリアの追撃にレインスはしどろもどろになる。女子二人はレインスに優しいが今ばかりは冷たかった。
「レインスさんは頑張り過ぎなのです。私たちも支えられるように頑張るのでもっとゆっくりしていいのです」
「うん……私も、少しは強くなったよ……だから、ね?」
「……大丈夫。もう無理はしない予定だから」
事実を述べるレインス。二人もそれが嘘ではないことが分かり、軽く微笑んだ。そんな折に、シャリアが何かに反応したかのようにピクリと動き、テーブルの上に何やらピンポン玉程度の小さな水晶玉が入った箱を置いた。
「シャリア、どうした?」
「レインスさん、ごめんなさい。ちょっとお姉ちゃんから通話が入ってるのです」
「……魔具?」
「そうなのです」
シャロの問いかけにシャリアはそう言って頷くと水晶玉を取り出して魔力を通すと声を掛けた。
「お姉ちゃん、どうかしたのです?」
『リア! 今からそっちに出るわ!』
元気のいい美声。それが水晶玉を中心としてシャリアが魔力を受け渡している三人に聞こえる……それはいいのだが、内容がちょっと困ったものだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいなのです! 今、お外でレインスさん達とケーキを食べてるところなのです。ここに出てきたらお客さんたちがびっくりするのです」
通話相手である姉のリティールの急な申し出にシャリアは慌てて彼女を止める。するとリティールは不満そうな声を上げた。
『何よ。私抜きで楽しそうなことしてるじゃない……じゃあ、ちょっと席を外して裏道とかに行けないかしら?』
「急いでるのです?」
取り敢えず何の用なのか知りたいシャリア。だが、リティールは何やら気が先行して上手く会話に出来ないでいるようだ。
『別に、急いでるわけじゃないけど……あ、でもすぐに聞かせたい話があるわ』
「どっちなのです? それに、お話なら今でも別に……」
『直接会って言いたいのよ! それに、シャリアだけじゃなくてレインスにも用があるから……』
「レインスさんに?」
ちらりとレインスを見るシャリア。レインスは首を傾げた。
「どういうことなのか聞いてもらえる?」
「あ、レインスさんの声も魔力を通せば聞こえるのですよ」
「……俺、魔力少ないからあんまり使いたくないんだよね……」
「そうですか? じゃあ、私の方から訊いておくのです」
レインスの情けない申告にシャリアは文句も言わずにどういうことかリティールに尋ねる。すると、彼女は自信満々にこう言った。
『もうすぐ、私も人間の里に出てシャリアとレインスと一緒に暮らせるのよ! その連絡がしたかったの!』
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