第81話 新生活準備

「はぁぁ……」

「レインス、ようやく起きたの? シャリアのごはん出来てるわよ」


 朝。


 目を覚ましたレインスは大きな欠伸をして状況把握をする。どうやら二度寝する前の光景は夢ではなかったらしい。目の前にはすぃーの小さな両手をばんざいさせて伸ばしているリティールの姿があり、テーブルには朝食が並んでいた。


「あ、おはようございますなのです」

「……シャリアは今日も偉いなぁ……」

「急にどうかしたのです?」


 昨日は夜遅くまで対策会議、そして今日は朝早くからリティールが来て寝不足になっているのにも関わらず朝早くから朝食などの準備してくれるシャリアに言葉で感謝するレインス。それを受けて気恥ずかしそうにするシャリアと何故か偉そうにするリティールだった。


 そんな朝の一幕からレインスは身支度を整えて朝食を摂ることにする。その朝食にはシャリアとリティールも同席し、食事と共に今日の予定の話が始まった。


「相変わらずシャリアの料理は美味しいわね。それでレインス、そのふどーさんは何時から開いてるのかしら?」

「落ち着いて……取り敢えず、ここを引き払うにもすぐって訳には行かないんだよ。まぁ、シャリアが来月にでも金級冒険者に上がりそうだからそのタイミングで移動っていうのが一番スムーズかな……」


 現在の賃貸契約や学園都市の慣習などの色々な説明を省いて現実的な引っ越しのラインを決めるレインス。リティールは不満げだった。


「何よ。すぐに引っ越せる訳じゃないの? あんた、私と一緒にあの狭いベッドで寝たいからって適当なこと言ってるんじゃないでしょうね?」


 レインスの言葉に対してあらぬ方向に嫌疑をかけてきたリティール。レインスは少し溜息をついて答えた。


「……リティール、俺としては君がそんな急にこっちに来るっていう方が驚きなんだよ。逆に訊きたいけど、何でこんな引っ越し実行間際になって言ってきたの?」

「許可が出たのが昨日だからよ」

「……即断即決、即行動か。何て言うかなぁ……」

「お姉ちゃんはこういう人なのです……」


 パンを食べて少し黙るレインス。食事は美味しいが、環境はマズかった。一先ずレインスは話を切り替えた。


「取り敢えず、リティールはこの町で暮らすんだろ?」

「あんたたちについていくだけだから別にこの町じゃなくてもいいけど?」

「……しばらくはこの町にいないといけない。まぁその辺りの話はいいんだ。それはさておき、ある程度の大きさの町で暮らす以上、どの道、ギルドに身分証を発行してもらわないといけない」

「それならユーコが発行してくれたじゃない」


 リティールの言葉にレインスはそう言えばそうだったなと思い出す。


「だったら、シャリアが金級冒険者になる意味は少し薄れるかな。シャリアに金級になってもらってギルドに推薦状書いてもらう必要がなくなるし。ただ、引っ越しの件についても金級冒険者ともなればこんな狭い賃貸に住んでいられないっていうのが普通の話になるから……」

「……要するにもう少し待ってほしいってことね。わかったわよ。一月ぐらいあんたと一緒のベッドでもいいわ」

「……いや、別に嫌なら俺は安宿にでも泊まるけど」

「そこまでさせないわよ」


 短くそう答えたリティールは結局のところ、今日はどうするのか尋ねた。それにレインスは答える。


「まぁ、不動産を抑えるのは別に早くてもいいことだし……不動産屋に行くか」

「結局行くんじゃない」

「まぁねぇ……ただ、順番としては学校に行ってからかな。その次は学校で恐らくギルドに行くように言われる。そこで金級の話を聞いてからの方がスムーズかな」

「ふぅん……まぁ、その辺りのことはよく分からないからレインスに任せるわ」


 リティールからの了承は取れた。次はシャリアだが……そう思って彼女を見るとシャリアは困ったように笑っていた。


「シャリア?」

「どうかしたのです?」

「……いや、少し困ってたように見えるから」

「そうなのです? 別に、困ってないのですが……」


 本人がそう言うのであれば仕方がない。レインスは少し疑念を抱きながらも朝食後の具体的な行動内容について言及し、朝食を摂るのだった。



 そして朝食を摂り終えた三人はまず、学校に向かう。レインスとシャリアは学校に通っているので別にいいが、リティールは生徒ではないので入校証が必要となり、そのために事務室に寄ると、そのまま職員室に案内された。


「あーレインス、シャリア……と、そっちは?」

「私のお姉ちゃんなのです」

「そ、そうか……」


 全身を品定めするように見る教師にリティールは僅かに不快感を示してレインスの近くに寄った。それで我に返ったのか、教師は話を切り出した。


「いや、シャリア。ギルドの報告を見たが……凄いな。町を一人で救ったって?」

「私だけの力じゃないのです。みんながいたからなのです」

「いや、それでも報告書を見るとだな……」


 報告書に目を落としてそう告げる教師。レインスはシャリアとの間を取り持って大人しく自分のやったことを認めて賞賛を受け取るようにやんわりと伝えた。


「そしてレインス、お前も災難だったな……よく生きて帰って来れた」

「ホントですよもう……もう外はこりごりです」

「ははは……まぁ、こんなこともある。いい経験になっただろう」


 笑い事ではないと思うのだがそこは元冒険者の人間の感性からすれば生きているだけ丸儲けとでもいうのだろうか。教師とは思えない言葉を吐いて笑っていた。


「それで二人にはこれからちょっとギルドに行ってもらうことになってだな……」

「あ、やっぱり昇級ですか?」

「あぁ。レインスは鉄級から黒鉄級に。そしてシャリアは何と銀級から白銀を飛び越して金級になる! ウチの学校で在学中に金級冒険者が出るなんて久し振りのことだ!」

「ありがとうございます、なのです」


 シャリア的には正直に言えばあまり嬉しいものではなかったが、ここではそういうものだとレインスから言われているので大人しくその慣習に従うシャリア。教師はそんなシャリアの態度に満足したらしく笑顔で頷いた。


「あぁ。シャリアの頑張りが実を結んだな。それで、今日はギルドの説明を聞きに行ってもらうことになるから授業は公欠のままでいい。レインスも同じだ」

「ありがとうございますなのです」

「いや、学校としても喜ばしいことだ。行ってきてくれ。担当の人はレーノさんって言ってだな……」


(あ、何か面倒な気が……)


 どこかで聞いた覚えのある名前にレインスは内心でのみ警戒する。シャリア中心に説明を行っている教師はそれに気付いていない様だが、リティールがそれに敏感に気付いたようだ。ただ、この場では空気を読んで何も言わなかった。


「……と言う訳だ。まぁ、詳しいことはギルドに行ってレーノさんに聞けばわかると思う。それじゃ、今日の夕方までには行っておいてくれ」

「わかったのです」

「はーい」


 教師からの簡単な説明を聞き終え、レインス達は職員室を後にしてそのまま学校から出る。すると、シャリアが今後の指針について尋ねて来た。


「どうするのです?」

「……面倒だけど、行かないといけないだろ」


 溜息をつくレインス。それにリティールが突っ込んできた。


「何かレーノって人の名前が出てきた時、あんた警戒してたみたいだけど、その人は警戒した方がいいの?」

「結構な実力者だと思う。油断すれば演技が見破られるかもしれない」

「ふーん……だったら私の出番ね」

「……何する気?」


 嫌な予感がしたレインスはリティールに尋ねた。すると彼女は豊かな胸を張って自信満々に言った。


「私が目立ってあんたを隅に追いやるのよ」

「……それは最悪の事態の時にお願いします」

「……冗談だったんだけど?」

「あはは……」


 微妙な笑いを得たところで一行は取り敢えずギルドに行くことにするのだった。




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