第65話 ぷち様

 ホテルを出たレインスとシャリアはその後少しの間アンドレ、マリウスと行動を共にすることになった。


「チケット貰えてよかったな! ちょっとデビッド兄ぃが暴走したけど!」

「……ちょっと?」

「まぁ細かいことは気にすんなって! それより俺の家族はどうだった?」

「……個性的、だったのです」


 表現を濁しておくシャリア。レインスはマリウスと話をしており、こちらへの加勢は期待できなさそうだった。


「個性的か! 言えてる言えてる。で、この後お前らどうすんだ? 何もないなら俺らと遊ぼうぜ!」

「レインスさん、この後って……」

「俺はギルドで調べ物だな。この町周辺に精霊、もしくはそれに近い何かがいるかどうかについて」


 レインスに予定があると聞いてアンドレは露骨に顔を顰める。


「えー、どうでもいいじゃん。んなこと……そんなことより俺と遊ぼうぜ?」

「俺は無理だな」

「シャリアは?」

「レインスさんと一緒なのです。ごめんなさいなのです」


 頭を下げるシャリア。それを受けて不承不承ながら彼らも引き下がるようだった。


「しゃーねぇ。マリウス、行こうぜ」

「あ、うん。じゃあね二人とも」

「なんかごめんな」

「いいよ別に……」


 名残惜しそうに立ち去るアンドレとそれを慰めるマリウスを見送ってレインスはシャリアと共にギルドに向かう。その道中でシャリアはレインスに少し苦言を呈した。


「レインスさん、酷いのです。助けてほしかったのです」

「……まぁ、そうしてもよかったけど何でもかんでも俺が出るとシャリアの意思が出せなくなるから……」

「あぅ……そこまで考えていてくれてたのです?」


 シャリアの文句にそう返してレインスは首肯する。そして続けた。


「人を傷つけないように、誰か出来そうな人に任せるってのはまぁ悪い事じゃないと思うけど……相手を慮って自分じゃ何も出来なくなったら本末転倒だからね」

「ごめんなさいなのです……」


 シャリアはレインスに謝った。姉を支えることが出来る強さを求めて里を出たのにもかかわらず、自主性がないことを恥じたのだ。


「もっと頑張るのです!」

「うん。頑張って」

「はいなのです!」


 精神的な強さも手に入れなければならない。そう思い直してシャリアはレインスについていく。

 そうしている内に二人はギルドに着く。まだ昼下がりということでいつもの受付嬢が忙しそうに仕事をさばいていた。しかし、客の中にレインスとシャリアの二人を見つけると席を立って応対してくれる。


「二人とも、朝の報告ありがとう。シフォンさんに確認取れたわ。ギルドから正式に注意喚起がされると思うから指示に従って」

「……やっぱり注意喚起だけですか」

「そうね。ごめんなさいねぇ……」


 彼女に謝られてもどうしようもない。レインスはそれはそれでいいことにして話を別の話題に転換させる。


「取り敢えず、それは分かりました」

「あら、良かったわ」

「それで話は変わるんですけど、この町周辺に精霊が出る伝承とか、噂とかあったりしませんか?」

「精霊?」


 そこでレインスは今日の討伐で森で確認した出来事を簡単に説明する。その話を聞いて受付嬢は何かに思い当たったかのように手を打った。


「あぁ、ぷち様たちのことかしら? この町でも助けられた人は結構いるのよ」

「ぷち様?」


 レインスがそう返すと受付嬢は頷いて語り始める。


「他の町じゃ珍しいのかしら? プチ・マ・スライムって知ってるかしら? 魔素を食べる無害なスライム。あれが魔素をよく食べる事で力をつけ、長生きすることでヒューマノイドスライム……精霊に近い存在になるのよ」

「へぇ……」

「何でも、長生きしたヒューマノイドスライムは人語を理解するようになるって話も聞いたわ。実際に、助けたお礼に甘いものを要求された人も居るとか」

「……魔素しか食べないんじゃ?」


 レインスがそう尋ねると受付嬢はあくまで噂だからと割り切った様子で答える。そして、何かに納得したようにメモに走り書きした。


「魔物を魔術で倒す魔物の存在はぷち様たちだったってことね。これならもう一方の突然現れる大きなスライムに対してのみの注意喚起で済むわ」

「つまり、現状維持ってことですか?」

「そうなるわ」


 嬉しそうにしている受付嬢。レインスはそれ以上は何も言わずにただ、ぷち様について教えてくれた礼を述べてギルドを後にした。


「……思ってたよりも簡単に話が済んだな。どうする? アンドレと遊びたいならシャリアは行ってきていいけど」

「レインスさんはどうするのです?」

「俺は……まぁ、いつも通り仙氣の訓練かな……」


 別にそこまで頑張らなくてもいいという状態だが、日常習慣として自身を鍛えるレインス。その言葉を聞いてシャリアは花が綻ぶような笑みを見せる。


「なら、私もそれに付き合うのです」

「シャリアは別に遊んでていいんだぞ?」

「見てるだけでもお勉強なのです。よろしくお願いします、なのです」

「そっか……じゃあ、組手でもお願いしようかな」


 今後の予定を決めると二人は討伐で得たお金を使っておやつを買ってから町外れの森の方へと出かける。レインスの実力の一端を披露することになるので知り合いはいないが念のため隠れることにしたのだ。


「それでは……【火炎陣ジャル・カジャ】」


 町外れの森の中。シャリアとレインスが周囲に誰もいないのを確認した上で川辺にて対峙していた。シャリアが静謐な面持ちで術を呟くと炎の大蛇が現れる。その出現を受けてレインスは静かに疾駆した。


「【魔素憑依】」

「【仙氣発勁】」


 シャリアが身体強化魔術を、レインスが仙術を共に発動。これにより互いの動きが加速する。


(流石に、速いな……)


 浮遊してレインスの鋭い攻撃から逃れつつ炎の大蛇を立体的に操作するシャリア。かなりの強敵であり、訓練に不足なしだ。


(それにしても、本当にあのゴーレムと相性が悪かったんだなぁ……)


 シャリアの強さに触れつつ、ヨークの里を襲撃したゴーレムたちについて思いを馳せるレインス。触れた瞬間に魔術を吸収するゴーレムとは相性最悪だったが、今ここにいる彼女は決して弱くない、立派な戦士だった。


(本当にこれでヨーク種にとっては普通なんだろうか……? 普通の概念が壊れている気がするんだが……)


 そんなことを考えながらもまだ経験則での行動によりシャリアをあしらいながら戦うことが出来るレインス。そんな彼にシャリアは尊敬の念を覚えていた。そんな訓練だが、不意に周囲に魔力の気配を感じ取って強制中断させられることになる。


「シャリア!」

「はいなのです!」


 周囲を警戒する二人。しかし、感じ取った気配は昨日、突然現れて敵対したあのスライムのものではなさそうだった。


「すぃー」


 可愛らしい鳴き声だ。それが聞こえたのは川の中からだった。小さな噴水のように水柱が上がっているところをよく見ると半透明の二頭身の存在があった。


「……ぷち様、だったよな」

「何だか可愛いのです。レインスさん、戦うつもりの魔力じゃないのです。警戒しなくても大丈夫そうなのです」

「……そう? なら」


 臨戦態勢を解くレインス。川の流れに身を委ねていたぷち様はふとこちらに気付くと小さな手で泳いでこちらにやって来た。


「すぃ」


 よっ! とばかりに手を挙げて鳴き声を上げるぷち様。レインスは困惑した。


「お、おう……何だ?」

「人間にとっていい存在ならお菓子を上げてもいいのです?」


 そう言いながらも既に餌を与える気満々のシャリア。レインスは害がないのであればと頷いた。シャリアは嬉しそうだ。


「ぷち様、ご飯なのです」

「すぃー」


 警戒心の欠片もなさそうに近づいて来てシャリアのおやつになる予定だったお菓子を受け取るぷち様。小さな両手で抱えるようにお菓子を受け取るとそれを食べ始めた。


「可愛いのです~」

「すぃーすぃー」

「何て言ってるんだろうなこれ……」


 レインスも近くにやって来てぷち様を見下ろす。人型だが、髪の様な部分は長く、少女のデフォルメに見える。そんな彼女と思わしき存在はお菓子を食べ終えると手を挙げて川に戻って行った。


「……何だったんだ?」

「よく分からないけど可愛かったのです」

「まぁいいか……」


 途中でよく分からない一幕もあったが、気を取り直して訓練に戻る二人。それは日が暮れるまで続くのだった。



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