第66話 スライムの村

 レインス達がぷち様と邂逅した翌日。二人はいつものようにソリッドスライムの討伐依頼を受けて森の中を移動していた。


「今日もぷち様と出会えるといいのです」

「……よっぽど気に入ったんだな」

「なのです。可愛いのです」


 今日の討伐には多めにお菓子を持ってきており、ぷち様と遭遇した場合にお菓子を上げる気満々のシャリア。レインスとしては魔物のため、そこまで肩入れする気にはならなかった。そんな二人だが、まずは依頼を確実にこなす。いつもよりペースの早い討伐。この日も前日までに引き続きソリッドスライムの数が減っているという実感はなく、さくさくと討伐が進んで行く。


「……ソリッドスライム、30体なのです」

「お疲れ様。それで、魔力感知には?」

「いるのです! ちょっと行ってみてもいいのです?」

「まぁ、危なくないようにね」


 ノルマを達成しながらぷち様を見つけたらしいシャリアについて行くレインス。しばらく移動するとそこにはいつものようにソリッドスライムを討伐しているぷち様がいた。


(……よく見ると別個体かな?)


 昨日見たぷち様に比べると髪の様な部分が長く、どことなく無邪気そうな顔立ちに見えるぷち様。そんなぷち様の前にシャリアはそっと出て行った。


「怖くないのですよー」

「ふぃ?」


 お菓子を差し出しながらぷち様の前に出て行くシャリア。ぷち様の方は首を傾げてシャリアを見上げていた。


「どーぞなのですー」

「ふぃー?」


 優しい声音で近付くシャリアにぷち様は不思議そうに彼女を見上げて首を傾げていた。そんな折に新たな影が現れる。


「すぃ」


 現れたのは恐らくレインス達が昨日会った個体だ。彼女は先程からこの場にいたぷち様に対して片手を上げて近付くとそのまま抱き着いた。


「ふぃー?」

「すぃすぃ」

「ふぃー」


 何やら会話の様なものをする二体。少しすると二体揃ってシャリアの前にやって来てお菓子を受け取った。


「かわいいのですー」

「ふぃ」

「すぃ」


 シャリアが小動物のように両手を使ってお菓子を食べているぷち様の食事光景に喜んでいると二体のぷち様はお菓子を頬張った後、何かを確認したかのように頷き合う。そして、シャリアを手招きした。


「すぃ」

「? どうかしたのです?」


 シャリアが一歩近づくとぷち様はこの場に遅れて来たぷち様がやって来た方向に歩き始める。シャリアは困ったように後ろを振り返った。


「? すぃすぃ」


 止まっているシャリアを呼んでいる仕草をするぷち様。シャリアがそれでも後ろを見たまま動かないのを見てぷち様たちも不思議に思ったようだ。シャリアの視線を辿り……そして、その場に気配は全くしないが人間がいることに気付いた。


「ふぃっ!」

「すぃ……すぃすぃすぃ、すぃーすぃ」

「ふぃぃい?」

「すぃ……」


 レインスが居たことを受けて緊急会議のようにこの場に遅れて来たぷち様の下に駆け寄るぷち様。だが、落ち着いた様子のぷち様に何か説得されたのか、大人しくなった。そして前に進むと動かない二人を誘うように振り返った。


「レインスさん、どうしましょう?」


 もう存在が割れたのだからとレインスに近づいて話しかけて来るシャリア。そんな彼女にレインスは溜息をついて応じる。


「……シャリア、こういった片方の存在がバレてない時はその存在を隠しておくべきだと思うな。罠かもしれないだろ? 特に、今回みたいに得体の知れない相手の懐に入ってみたい時は保険としてだな……」

「う……気を付けるのです」

「ふぃー!」

「すぃー!」


 思い通りに事が運ばずに文句を言うレインス。そんな彼にシャリアを虐めるなとでも言いたいのか、ぷち様たちはレインスの足元にやって来てぺちぺち脚を叩いて来た。そんなじゃれついてくる二体を見てレインスは更に溜息をつく。


「見た目や噂がどうであろうとも一応、相手は魔物なんだから……気を付けるように」

「はいなのです……」

「で、どうするか……か」


 どうしたものかとレインスは思案する。ぷち様の噂が本物であるのならば、人語を解する長老的な存在もいるかもしれない。そうなれば、この森付近での異常事態について何か知っている可能性もある。


(……取り敢えず、この二体がソリッドスライムを倒してるってことはこの森の状況をよく思ってないってことだし、協力できる可能性はあるかも……シャリアもいることだし、よほどのことがない限りは大丈夫なはず。ここは虎穴に入るか……!)


 レインスの指示を待ちながらもぷち様たちのことを気がかりにしているシャリア。そんな彼女にレインスは言った。


「行ってみよう。ただ、万一のこともありえるから二手に分かれさせられるようなことがあればすぐに撤退。いい?」

「……いいのです?」

「うん。こっちとしても気になる事があるからね……」


 これで後顧の憂いはなくなったとばかりに喜ぶシャリア。彼女はそのまま上機嫌で呑気にぷち様と並んで歩き始める。その後ろからレインスはついて行った。


(……さて、どこに連れていかれることか……)


 少し移動して川辺に出る一行。ぷち様の一匹はそのまま川に入り、川辺に沿って移動を開始する。そのまましばし移動すると不意にシャリアが声を上げる。


「レインスさん、結界があるのです。手を繋がないと離れ離れになるかもしれないので、手を貸してほしいのです」


 離れ離れにならないようにと小さな手を差し伸べて来るシャリア。レインスも特に断る理由もないのでその手を取った。


「……では、行くのです」

「うん」


 そして二人はぷち様に続いて結界を潜り抜ける。その先にあったのはレインスも目を疑うものだった。


「これは……集落?」

「小さなお里なのです……」

「ふぃー」

「すぃ」


 入った先にあったのは旧い小さな農村のような場所だった。川辺に沿い、粗末な柵に囲まれて魔草や霊草が栽培された畑、小さな竪穴住居、よく見ればプチ・マ・スライムたちが数体跳ねたりしている。


(スライムみたいな知能もなく、群れないタイプの魔物が集落を作ってるとは……珍しい)


 物珍しさにレインスが周囲を見渡していると畑で作業をしていたヒューマノイドスライムがやって来た。


「むー?」

「すぃすぃ」

「むー」


 土色をしたそのぷち様はレインス達を連れてきたぷち様と二三会話したかと思うとすぐに村の中で一番大きな竪穴住居に向かう。その様子を巨人の視点でレインスとシャリアは眺めていた。


「さて、何で呼ばれたのか……」

「みんなでお菓子が食べたいとかだったらいいのです」

「……そんな呑気な」


 そんな会話をしていると一番大きな竪穴住居の中から光を纏ったヒューマノイドスライムが出て来た。彼女はこちらを見上げると言った。


「こんにちは」

「こんにちは、なのです」

「! こ、こんにちは……」

「大きいですね。家には入れなさそうなので広場に行きましょう」


 直接脳内に話しかけて来たかのような響き方をする声だった。スライムが喋ったことに驚くレインスだが、シャリアは何だかわくわくしながらその光を纏ったぷち様について行く。

 そして辿り着いた広場。そこには切り株があり、レインス達はそれに座るように促される。そして彼女はレインス達が席に着いたのを見て徐に口を開いた。


「初めまして。この村の長です」

「シャリアなのです」

「レインスです……」

「ふぃーとすぃーが言っていました。あなた達はいい人です」


(いや、別にいい人という訳ではないが……)


 レインスはそう思ったものの、口には出さない。シャリアは普通にお礼を言っていた。素直だった。そんな二人にスライム村の村長は言った。


「あなた達を見込んでお願いがあります」



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