第64話 アニマート
ソリッドスライムの討伐を終え、半透明で人型をした二頭身の不思議な存在と遭遇したレインスとシャリアだが、町に戻ってからはまず予定通りの行動を取った。
つまり、アンドレの誘いに応じてこの町で最も大きなホテルに行き、彼の身内と顔合わせをすると言う事だ。
二人は一応、冒険する時のスタイルから町を歩く格好に身支度を整えるとホテルに向かって歩いていく。
(ドレスコードとか、ないよな……? アンドレの格好からして大丈夫だとは思うけど……)
ホテルでの対応を少し考えつつシャリアと仲良く移動するレインス。町の商業区の一角にそのホテルはあった。
「すみません、アニマートのアンドレから呼ばれているレインスとシャリアという者ですが」
「確認させていただきます。少々お待ちください」
フロントから魔具による内線で確認がされるとレインス達はホテルの該当の部屋番号を教えられる。念のため気配を確認しながら進むとアンドレが隠れているのが分かった。ついでにマリウスもいるようだ。
(……まぁ、驚いてもいいけど。別にこの辺りに知り合いがいる訳でもないし、偶然気付いたことにすればいいか……)
リアクションするのが面倒だったレインスは適当にそれをあしらうことに決定。二人が脅かしに来たタイミングでシャリアに声を掛ける。
「わっ!」
「シャリア」
「? えっと……」
魔力で感知していたらしいシャリアは驚かす声に対して困惑した様子を見せた。驚かない二人を見てアンドレは不満げだ。
「何だ、つまんねーの。マリウスの所為でバレてたんじゃねぇの?」
「ぼ、ぼくのせい?」
「ま、別にいーけどよ。で、シャリア」
依然、困惑している様子のシャリアにアンドレは声を掛けた。シャリアがそれに返事をすると彼は申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げた。
「悪ぃ! 急過ぎるし、忙しいからって全然人が集まんなかった! 何とかメグミ姉ちゃんとデビッド兄ぃは顔出してくれるって言ってくれたけど……」
「そんなに気を遣わなくても別にいいのですよ?」
「よかった! じゃあ、こっちの部屋だ。ついて来て」
そう言ってシャリアを案内しようとするアンドレ。レインスは自分のことは別にお呼びでなかったか。そう思いマリウスに声を掛ける。
「……マリウス、俺は帰った方がいいかな?」
「え? 何で?」
「……一応、確認だが呼ばれてることにはなってるのか……?」
「うーん……わかんないけど、折角来たんだし一応会ってみたら?」
今一釈然としないマリウスの解答にレインスもその場で立ち止まり、思案する。だが、シャリアがレインスの方を見たまま動かなくなっているのを見てアンドレの目もレインスに向いていた。
「おい、来ねーのかよ」
「レインスさん?」
「……いや、行くよ」
やや遅れて移動するレインス。目的地はすぐそこで、扉を開けるとそこには美女と眼鏡をかけた涼し気な風貌の青年がいた。彼らはアンドレに連れられたシャリアの姿を認めるとただでさえ大きな目を見開く。
「おぉ……」
「初めましてなのです。私はシャリアなのです」
「アンドレもやるなぁ……初めまして。私はメグミだよ。一応、アニマートでプリマドンナをやってるわ。よろしくね」
「デビッド。こいつらの世話役だな」
(……
メグミの方を見てレインスはそう断じる。黒髪と黒目をした彼女は恐らく、勇子と同郷の存在だろうと言う事。また、妙な気配が彼女を中心として漂っていることから何らかの術式を使っていることが分かった。
一瞬でそんな風に冷静に相手を見た後、レインスは自己紹介の流れに乗り、自らも名乗った。
「レインスです。初めまして。お会いできて嬉しいです」
「おっ、こっちの素敵な君は礼儀もしっかりしてるね。アンドレにも見習ってもらいたいくらいだ」
「何だよメグミ姉ちゃん。そんな陰気な奴に何見習えってんだ」
「礼儀よ」
言い争いを始める二人に苦笑するシャリアとレインス。その様子を呆れた様子で見ていたデビッドが口を開く。
「二人とも、客人の前でみっともないからやめないか」
「ふん!」
「まったく……メグミもいい年なんだから、大人になったらどうだ?」
「年は関係ないでしょ!」
(……
レインスが疑いの目をメグミに向けていると彼女はにっこりと笑って言った。
「レインス君、余計なことは考えなくていいわよー?」
「あ、はい」
「素直なのが一番! シャリアちゃんもねー?」
「勿論なのです」
何故か力強い返事にレインスはシャリアの方を見る。すると彼女はどこか威圧感のある笑みを浮かべてレインスの方を見返していた。
(き、気のせい……だよな?)
「……まったく、メグミは。ところでシャリアさん、劇団に興味はないかな?」
どこか微妙な雰囲気を齎すメグミとの会話を切ってデビッドはそう告げる。急な話題転換についていけなかったシャリアが一瞬返答に窮しているとすぐにデビッドは早口でまくしたててきた。
「君の声、表情、共に人々を魅了してやまない。心当たりはあるだろう? まさかないとは言わせないよ。もし、ないとすればそいつらに見る目がないと言わざるを得ない。君はまさに天から舞い降りて来た天使。そしてその声は天から与えられた祝福と言っていいだろう。それを最大限に活かしたいとは思わないかい? 歌劇団アニマートでは新たな舞台をしたいと思っていてね。君なら主役を張れる。間違いない。メグミだけの一枚看板だったアニマートに新たな風を吹かせるのは君だ。どうかな? まだ想像がつかないのなら体験で入ってみるのもいい。一度考えてみてはくれないだろうか?」
「え、れ、レインスさん……」
レインスに助けを求めるシャリア。レインスは半分以上聞き流していた。
「あ、うん。シャリアが好きなように」
「!? レインスさん!?」
梯子を外されたシャリアはレインスの方に近づいて袖を掴んだ。そして至近距離でジト目になると文句を言ってくる。
「レインスさん……私も少し怒るのですよ……?」
「いや、断るなら自分で断ればいいじゃん……」
「背中を後押しされた後だと断りにくいのです……」
シャリアから出た断るという単語を聞いたデビッドは再考を促す。
「待ってくれ。考え直してくれ。そう、体験、体験だけでもやってみてくれないか? 舞台に立つ、その感覚だけでも味わってみて欲しい。お客はすぐに準備できないから実感することは難しいかもしれない。だが、少なくともウチの劇団員とスタッフ位なら用意しよう! そして一つの劇をやり遂げた達成感というものを是非とも味わってもらいたい!」
「……そう言われても困るのです。私にはやることがあるのです」
「じゃあそれが終わった時には是非とも検討願う!」
デビッドは何やら懐から名刺を取り出してシャリアに渡した。
「是非! とも! 検討を!」
「え、れ、レインスさん、どうしたらいいのです?」
「まぁ、一応貰うのが普通だけど……シャリアの場合、里に帰るから難しいとだけ伝えておきます」
「勿体ない!」
再び長々と語り始めるデビッドだが、今度はメグミが止めた。
「そこまでにしたら? 確かに逸材だとは思うけど、明らかに乗り気じゃないし……誘拐犯みたいだよ?」
「失礼な!」
「それに、ここで勧誘してもよくわからないままだって。一回、私たちのショーを見せて見てからの方がいいんじゃないかな?」
「む……それならこれだな」
そう言ってデビッドは懐から今度は二枚のチケットを取り出した。
「今度の劇のチケットだ。是非とも見に来てくれ! 最高の舞台を約束しよう!」
「……これ貰ったら入らないとダメなのです?」
「いや、デビッドの言う事は気にしなくていいよ。アンドレの友達として普通に見に来てくれると嬉しいかな?」
「レインスさん……」
レインスの袖を引っ張って取ってもらいたさそうにするシャリア。レインスは仕方なさそうに前に出るとデビッドからチケットを貰った。
「ありがとうございます。見に行きますね」
「あぁ、出来ればその先も検討してもらいたいところだが今回は身に来てくれるだけで結構だ」
「じゃ、そろそろ私たちも時間がないから……」
そう言ってメグミとデビッドは立ち去って行った。残された面々もホテルから出ることになる。
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