第63話 注意喚起

 アンドレの襲来によってレインスとシャリアが仲良く就寝することになった翌日の朝。二人は各々の部屋で朝の身支度を整えるとレインスの部屋に集まって朝食を摂りながら今日の予定について再確認する。


「今日はギルドに行った時に昨日の異変についての報告をついでに済ませよう」

「はいなのです」


 それ以外は昨日と同じだが、討伐は早めに切り上げてアンドレに誘われたホテルに移動。そういう手筈で進むことにした二人は手早くシャリアが作った朝食を片付けてギルドに向かう。


 ギルドには前日と同じ受付嬢が昨日と同じように少し眠そうにしながら受付窓口に立っていた。レインスとシャリアはその人の下に報告に向かう。


「あら、いらっしゃい。今日も討伐してくれるのね?」

「そうなんですが、報告です。正体不明の大きなスライムが突如現れるという現象と森の奥地で魔物を殺す魔物がいる可能性があり、異常種が発生しているかもしれません」

「……本当かしら? ギルドカードを見せてくれる?」


 ギルドカードは異世界から来た客人まろうどが作り出した便利な魔具だ。その機能の内には討伐したモンスターのログを辿れるという機能もある。それを出してほしいと言われた時、レインスは大きなスライムについては自分たちで討伐していないという事実に思い当たり、すぐに報告する。


「あ、大きなスライムはこの町にいる……えーと、誰だっけ?」

「シフォンさんなのです」

「そう、その人が倒してくれたんで載ってないと思います」

「……そう。シフォンさんが……そうなると、ギルドから出来るのは報告が真実であることの確認と注意喚起だけね……」


 困ったように頬に手を当てる受付嬢。レインスは少し驚いた。


「注意喚起だけですか? もっと、討伐を止めるとか……」

「うーん、一応上に報告はするけど……討伐中止はこの町の置かれている状況からすれば難しいと思うわ……僕にはまだ分からないと思うけど」


 そこで話を切り上げてしまう受付嬢。レインスはもう少し詳しく訊きたいところだったが、結果としては空振りに終わってしまう。子ども扱いされているのはどう見ても明らかだった。


(まぁ、実際子どもだからなぁ……)


 シャリアが聞いたところで結果は同じ。結局、二人は注意喚起を受けて危ないと思ったらすぐに逃げることという何の役にも立たないお言葉を頂戴してスライムを討伐しに町外れの森に出向くのだった。




「【範囲火災ヤカジャ】」


 今日も今日とて炎の蛇を巧みに操作してソリッドスライムを屠っていくシャリア。その完全な魔力統制は周囲に延焼などというものを一切引き起こさず、スライムのみを呑み込み、燃やしていく。


「……シャリアは凄いなぁ」

「お役に立てて何よりなのです」


 シャリアがソリッドスライムを屠っている間、レインスは微妙に暇をしていた。その暇は考える時間に転換される。


(裏がある、か……だとすれば何でこんな弱いソリッドスライムを使って……? それならまだ弱くても多少は知能があり、強い魔力を持った者に従う習性を持ったゴブリンなんかを使った方が……それとも、そんな習性では足りないくらいに従順な存在が欲しいとかか……? 確かに、どんな弱者でも異常種となれば脅威は増す。異常種は災害みたいなものだという認識だったが、異常種だと思われていた魔物が作られた存在となれば人を襲う異常種はその為に生み出された存在と言うことだ。人類にとって極めて危険な存在になる……)


 魔物の成長に携われる種族となると存在は限られてくる。通常の王国民や教国民であれば即座にそんな悪を為す存在を魔族と断じるだろうが、これまでの旅の中で善悪を超えた光景を見て来たレインスには心当たりがもう一つあった。


(魔族……もしくは、人間か。御しやすい魔物を扱う辺り、少なくとも人間や魔族並の高い知能を持った何者かが裏で手を引いていると見ていいかな……)


 この町を快く思わない人間や、この町を実験場として磨り潰すつもりの狂人の線も犯人の可能性に入れてレインスは思考する。だが、残念ながら今の時点では彼に心当たりはなかった。


「レインスさん、もう20体なのです」


 今日の予定数に達そうとしているという報告をシャリアから受けてレインスは我に返る。そして、今日の遭遇率も体感では昨日と大して変わっていないことも報告され、レインスは更に思案気な顔になる。


「レインスさん?」


 そんなレインスを不思議そうな目で見つめるシャリア。レインスはもう少し考えていたかったが、今後の予定を鑑みてここで思考を切り上げることにした。


「……まぁ、いいか。アンドレのところに行こうか」

「はいなのです」


 今日の討伐活動を切り上げて町に戻ろうとする二人。そうやって踵を返した二人の背後からシャリアは昨日と同じような魔力がソリッドスライムを攻撃しているのを感知した。


「……レインスさん、昨日と同じような魔力が……」

「ギルドから注意喚起されたが……他の犠牲者が出る前に一度確認しに行ってみるか……?」

「様子だけ見に行ってみるのです?」

「……気配、消せる?」


 レインスの言葉に対するシャリアの回答は行動だった。シャリアは自身の魔力を制御して身の回りにのみ絞る。レインスはそれを見て少し思案したが頷いた。


「すぐに撤退できるように後方に警戒しながら進もう……【仙術・霞隠れ】」

「わかったのです」


 レインスの方は仙氣のコントロールで自身がそこに居ないかのように誤認させる術を使い、移動を開始する。シャリアの魔力検知は広く、現場を確認しに行くのに少し時間が必要だった。

 しかし、現場には辿り着くことが出来た。目的地、川のほとりで彼らが見たのは半透明で人間の姿をした二頭身のスライムがレインスがよく知るソリッドスライムを魔術で討伐している姿だった。


「レインスさん、あれは……」

「精霊、かな……?」


 可愛らしい子どもをデフォルメしたかのような小さな存在。それは見る者の警戒を緩めるが、人型ということは術式行使能力がそれなりにあるということだ。特に頭と思われる部分が大きいということはそれだけ処理能力があると言う事になる。


(どうする……? 人間に友好的な存在かどうかわからないけど……近づくか?)


 思案するレインス。同時に、シャリアにも意見を求めてみた。


「シャリア、魔力的にはこちらに気付いてるか?」

「……気付いてないと思うのです」

「魔力に邪気は?」

「ソリッドスライムたちを倒している攻撃魔術を使っているところしか見ていないので何とも言えないのです」


 結果としては相手がどういった存在かわからないということが分かった。そのためレインスは一度撤退することを決めた。


「ここは退こう。町でこの辺りに精霊の目撃情報があるかどうか、それ以外にもそう言った存在を確認してるかどうかを確認した方がいい」

「わかったのです」


 レインスがそう話したその時だった。半透明の人型をした二頭身の存在がこちらを勢いよく振り返った。


「っ!」


 咄嗟にシャリアの口を塞ぐレインス。その二頭身の存在はレインス達が隠れている茂みの方をじっと見た後、こてりと首を傾げて口を開いた。


「すぃー?」


 静寂が場を占める。レインスはどうなるか相手の出方を窺っていたが、二頭身の存在はもう一度首を傾げた後にこの場から去って行った。それが完全に見えなくなってからレインスは息をつく。


「ふぅ……面倒なことにならずに済んだ。ごめんね、シャリア」

「……別に、いいのです」

「シャリア?」

「何です? 戻って精霊さんたちのことを調べるのではないのです?」


 少しシャリアの態度に違和感を覚えたが、すぐに元のシャリアに戻ったのを見てレインスは曖昧に頷き二人はフラードの町に戻るのだった。



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