第62話 寝る前に
精霊騎士の美女エルフ三人組と別れた後、レインスは自室に戻って寝る前の支度を整えてから横になりつつ懐かしい記憶を呼び覚ましていた。
(懐かしいな……ペイズリーの奴もよく食べてた。あいつが加入したのがボックスが大きくなってた後半の旅でよかったよ……)
魔王討伐の旅。かつて、レインスが英雄の一人として戦っていた時の日常のことを思い出す。ペイズリー・クロースと名乗ったエルフの男は志半ばで斃れた聖騎士の代わりにパーティメンバーになった精霊騎士だった。高い技量で【七宝】の一つである【月光の梓弓】に認められ、パーティメンバーの遠距離戦担当として活躍していた寡黙な英雄だ。
(今世じゃあもう関わる事も無いだろうが……)
レインスがそんなことを考えていると部屋の扉がノックされた。レインスが気配を察知した後に扉を開けると、そこには寝間着姿のシャリアが居た。
「どした?」
「寝る前にレインスさんとお話ししようと思って来たのです」
レインスの問いかけにそう応じたシャリア。その細い腕の中には大きな枕があり、レインスの頭の中に少し邪な考えが過る。
(そのままこっちで寝る気じゃないだろうな……いい加減、襲われてもおかしくないことをもっと直接的に分からせてあげた方がいいんだろうか……? まぁ、普通に考えれば自身の実力に疑いを持ってないんだろうけど)
内心で色々と思いながらも部屋に招き入れるレインス。すると彼女は何の
「……ベルベットさんたちにお礼をする時、どうして何も教えてくれなかったのです?」
「……あぁ、ベルベットさんたちに奢る時の話?」
レインスがそう問いかけるとシャリアは頷いた。
「そうなのです。もし、ベルベットさんたちが遠慮しなかったら大変なことになっていたのです。知っていたのなら……」
「まぁ、何事も経験と思ってね……あんまり軽はずみな発言をするとどうなるか、シャリアにも失敗を経験してもらいたかったというのがあるかな?」
「……むぅ」
レインスの返事はシャリアにとってあまり気に入るものではなかったようだ。
「そうむくれない、むくれない。本当に何かありそうな時には止めるから」
「もう……」
笑顔になるようにレインスが笑いかけると毒気を抜かれたようにシャリアは息を吐いた。しかし、ここまでは前座の様なものだったらしい。シャリアは真面目な顔になると告げる。
「……今日の、プチ・マ・スライム……でしたか? アレの後に出て来たスライムは……レインスさん、何か知ってるのです?」
「あれは分からない」
素直にそう答えるレインス。するとシャリアの方も少し眉を顰める。
「あれは……普通の魔物じゃない気がしたのです。普通の魔物に無理矢理魔力を注ぎ足したみたいな……」
「……裏がありそうってこと?」
「そうなのです……」
厄介ごとか。レインスは嫌そうな顔になる。しかし、既に依頼を受けてしまったものは仕方ない。
(前世だと王騎団の訓練について行くので必死だったからこの辺りの情勢については知らないんだよなぁ……王騎団が終われば王国に移動したし……)
前世では王宮騎士団総会学校の訓練に忙しく、学園都市やその周辺の事象についてはあまり詳しくないレインス。首を傾げても特に思い当たる節はない。しかも、この町に来てから定期的にやって来る睡魔が彼から思考力を奪いつつあった。
そこでレインスははっとする。この睡魔も何らかの魔術ではないかという可能性に思い当たったのだ。彼はすぐに自身より魔力感知においては優れているシャリアに確認する。
「……シャリア、この町に変な魔力が漂っているとかはないか?」
「ちょっと待ってほしいのです……ん、と……魔物避けくらいなのです」
「そっか……んー【仙氣発勁】……眠気は飛んだけど、何もなくてもこうなれば集中状態になるから普通に眠気は飛ぶしなぁ……」
当てが外れた状態になるレインス。確かに、昨日は長旅、今日は長期間の討伐ということで疲労がたまっているということも可能性としてはあり得る。考え過ぎかと首を傾げるとシャリアも口を挟んできた。
「レインスさん、眠たいのです? 昨日も言ってたのですが……」
「そう、だね……隠しても仕方のないことだから言ってしまうと眠い」
「それなら今日はもうおしまいにするのです。おやすみなさい、レインスさん」
気を遣ってそう告げるシャリア。彼女は大人しく枕を持って出て行ってくれるようだった。レインスは自室の扉まで彼女を送ってから退室を見送る。
「おやすみ、シャリア」
「おやすみなさいなのです」
向かいの部屋に入るシャリアを見届けてからレインスは扉を閉めて鍵をかける。そして一人になると再びベッドの上に身体を沈める。
「……裏がありそう、か……嫌なことになってきたなぁ……」
そうレインスが呟いた時、再びドアがノックされた。相手はまたシャリアのようだ。レインスは何か言い忘れたことでもあったのかと雑に扉を開け……
「レインスさん!」
開け切る前にシャリアが雪崩れ込んできた。そして彼女はレインスの服をきゅっと掴んで口早に告げる。
「何かアンドレさんが屋根の上に急にやって来たのです」
「……何か来たの?」
「そうなのです。攻撃的な魔力を隠そうともしてないのです」
「……ふむ。それは、何だろう……」
呑気にしているレインス。一応、戦闘する気配は感じられていない。シャリアの魔力検知とは見ている世界が違うので何とも言えないが、シャリアが備えているのであれば自身もそれに倣うべきかと臨戦態勢だけは整えておいた。
そうしていると、シャリアが窓を指差してレインスの注意を惹いた。
「れ、レインスさん……」
「……何をやってるんだアンドレは」
そこにいたのは顔を逆さにしていたアンドレの姿だった。彼は室内にレインスとシャリアの姿を見つけると笑顔になって窓をノックし、鍵を指差した。
「……ぶち破られても仕方ないし、開けるか」
「はいなのです……」
仕方なさそうに窓を開けるレインス。すると軽業師のようにアンドレは小さな窓から室内に侵入して綺麗に着地した。
「よ! ベル姉ぇたちとの食事会は何とかなったか?」
「まぁ、向こうが遠慮してくれたおかげでね……それで、こんな夜更けにどうしたんだ?」
「ん、まぁ……そうそう。昼、面白いもの見せてやるって言ってたのに結局見せられてないのを思い出してさ。明日の予定を聞きに来た!」
最初は何やら言葉を濁していた様子のアンドレだが、言いたいことを言ってからは快活に笑っている。そんな彼にシャリアはおずおずとレインスに確認を取る。
「明日は……スライム討伐くらいなのです?」
「そうだね……」
「じゃあそれが終わったら今日、ベル姉ぇたちがいたホテルに来てくれ! そこで今度こそ面白いもん……っつーか、俺の家族たちを紹介するからさ!」
(自分の家族を面白いもん扱いか……)
少し思うところはあったが了承しておくレインス。シャリアも特に異論はないようだ。レインスと行動を共にするとアンドレに回答する。
「そっか! じゃあよかったぜ! それじゃあまたね!」
「あ、あぁ……」
そう言って窓から帰っていくアンドレ。それだけの用件であれば別にこんな夜半に来る必要もないのでは……そう思ったレインスだが、もう帰った後なので言っても無駄だった。
「……あの、レインスさん」
「どうかした?」
「何だか不安なので今日、一緒に寝ていいですか……?」
上目遣いにそう頼まれたレインスはアンドレの襲来という前例もあったことで特に断ることも出来ずに今日も一緒に寝ることにしたのだった。
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