第61話 エルフ

 エルフの女性、シフォンに連れられてレインスとシャロが来たのはフラードの町でも大きいホテルだった。そこに着くと双子の少年の内、兄であることが分かったアンドレはシフォンから解放されて大人しくついて行く。


「あーもう。面倒臭いなぁ……結局は人助けになったんだから別にいーじゃん」

「それはベル姉が決めることよ。大人しくついて来なさい」

「ちぇ……あー、めんどくせ。マリウス、何とかしてくれよ」

「え、えぇ……む、無理だよ兄さん。一緒に怒られよう……?」


 先行する三人が騒いでいる中、ついて行っているシャリアとレインスは話の流れにいまいちついていけていない。


「どう思います?」

「……まぁ、普通に、正直に話せばいいだろ。特に不審な気配はないし」

「そうなのですか……」

「何か気になる事でも?」


 レインスがそう尋ねるとシャリアは首を横に振った。そうこうしている間に一行はホテルの一室に通される。そこにいたのはエルフの美女二人だった。


「ベル姉、コーディ、戻ったわ」

「シフォン、早かったわね? それで、悪い子はちゃんと捕まえられたのかしら?」

「勿論よ」

「……? 何だかお客さんがついて来てるようだけど」


 レインスたちを見て首を傾げるミディアムボブ程度の長さの髪をしているエルフ。レインスは彼女の言とは裏腹にこちらを相当警戒していることに気付いていた。


(相当な使い手だな……これは、シャリアの実力がバレてる可能性が高い……)


 レインスがそんなことを考えている間に彼女に対してシフォンはこれまでの経緯を説明し始めた。


「ってことで、悪ガキを捕まえるついでに人助けもして来たって訳よ。ね?」

「あ、そうなのです。ありがとうございますなのです!」


 得意げな顔で胸を張るシフォン。そんな彼女とシャリアを見てベル姉と呼ばれているミディアムボブのエルフは内心で冷静に判断を下す。


(……この分なら助けは要らなかったでしょうね)


 彼女、ベルベットの目にはレインスが察した通り隠匿されているはずのシャリアの魔力の片鱗が見えていた。そして、その魔力による感知がホテル外から自分たちのことを探っていたことにも気付いており、そこから相手の実力が自身と同等以上であることも見抜いていた。これだけの魔術の使い手であれば、まだ未熟な自分の弟子が助ける余地などないはずだった。


(まぁ、助けるのが悪いことだとは言わないけど……この子のこういった、能力を測らずに見た感じだけで先行する部分は危ういわね……何度も言ってる話だと思うのだけど)


 事実を正確に導いたベルベット。だが、相手が素直に感謝してくれているという状況に加えて魔力をわざわざ隠匿して行動しているのだからそれを指摘することも憚られる。そのため素直にそのお礼を受け取り、シフォンのことを褒めておいた。


「シフォンがお役に立てたならよかったわ。私はベルベット。歌劇団アニマートに雇われた護衛よ」

「私はシャリアと言います。あの、お礼がしたいのですが……」

「お礼? 別にいいわよそんなの」


 シフォンがそう告げるとベルベットもそれに同調する。しかしシャリアはヨーク種の義理堅さがそうさせるのだろう。是非にでもお礼をしたがっていた。


「んー……と、言われてもねぇ。じゃあ、ジュースでも奢ってもらおうかしら?」

「シフォン、子ども相手に恥ずかしいわよ。シャリアちゃん。気にしないでいいからね?」

「あぅ、それでは私の気が済まないのです。せめてご飯くらいはご馳走させてほしいのです。お金ならあるのです」

「あっ」


 声を上げたのはレインスだった。しかし、アンドレとマリウスもやってしまったなという顔でシャリアのことを見ていた。


「ご飯、ね……」

「そうなのです。私たち、ここに来て間もないのでいいお店を知ってるわけじゃないのですが……いいお店があったらご馳走させていただくのです」

「ふぅん……」


 満更でもなさそうなシフォン。対して、レインスは内心で焦っていた。だが、同時にいい機会でもあるかと成り行きを見守ることにする。

 そんな中、取り敢えず窓から差し込む陽の光を反射して輝いている髪を長く下ろしているエルフ、コーディが止めに入る。


「シフォン、こんな子どもたちにたかるのは……」

「みんなで食べた方が美味しいのです。ね? どうせなら皆さんの分もご馳走させてほしいのです!」


 コーディの言葉を遮り、レインスを見て許可を求めるようにそう告げるシャリア。ベルベットはそんな二人を見て思考する。


(あの男の子の方は知ってるみたいね……でも、知っていて黙っているってことは本当に大丈夫なのかしら? それとも……)


 そこでベルベットは自分に後輩の二人……シフォンとコーディが視線で自分の意見を促していることに気付く。ベルベットは思案し……そして告げた。


「そうね……なら、ご馳走してもらおうかしら」

「えっ、マジかよ……ベル姉、流石に鬼じゃない?」


 アンドレが口を挟む。その反応を見てシャリアも何か不都合が起きそうであるということに気付いた。レインスの方を見て大丈夫かを頻りに確認している。対するレインスは頭の中で計算を巡らせていた。


(……取り敢えず、今日がただ働きってことで済めば御の字だが……)


 何やら覚悟を決めた顔をしているレインスを見てシャリアはようやく自分の軽い発言がどうやら予想外の方向に進みそうになっているものだと気付く。そんな中でベルベットは少しだけ表情を緩めて安心させるように告げる。


「大丈夫よ。食べ放題のお店にするから」

「えっ、でももう出禁ばっかりじゃない?」


 ベルベットの声に反応したのはシフォンだった。彼女の反応を聞いてシャリアは勢いよくレインスの方を向いて大丈夫か確認する。彼は無言だった。そんな二人を安心させるようにベルベットは続けた。


「えぇ。だからこの子たちに連れていってもらうのよ。エルフの女性三人組としか商店街に情報は回ってないでしょうから」

「なるほど! じゃあ少しだけ羽目を外しましょ!」

「シフォン、少しだけにしておくのよ? あんまりはしゃいじゃうとまた恥ずかしい思いをするんだから……」

「どうせ食べ終わった後は出禁になるのよ! なら楽しまなきゃ損じゃない!」


 溜息をつきながらも止める気はなさそうなコーディ。楽し気に準備するシフォン。無表情に近いが少しだけ楽しそうに支度をしているベルベット。そんな三人を横目で見ながらアンドレがシャリアに告げる。


「おい、俺らは行かないから安心しろよ……っつっても、その顔を見る限りピンと来てねぇよな」

「えっ、皆で行こうと思ってたのです……」

「この期に及んで? ……まぁ、行ってみれば分かるさ。じゃ、俺らは退散っと」

「あ、待ってよ兄さん」


 静かに退室するアンドレとマリウス。レインスはあの二人、怒られるのを綺麗に怒られるのを回避したなと思いながら見送った。そして不穏な会話を聞いて困っているシャリアに近づいて告げる。


「シャリア」

「あの、レインスさん……どういうことなのです?」

「……エルフは役割によって色んなタイプがいるんだ。例えば、森で暮らす一般的なエルフ。吟遊詩人となって各地を回るエルフ。魔術品を作って人里で商いをする奴だっている……そんな中で、多分、ベルベットさんたちは戦いに秀でた精霊騎士っていうタイプのエルフだ」

「よく知ってるじゃない。学校で勉強したの?」


 感心したようにシフォンが頷く。しかし、この話では何が伝えたいのかシャリアには分からなかった。そのため、直接レインスに尋ねる。


「その、精霊騎士さんがどうかしたのです?」

「……本人たちを目の前にして言うのもあれだが……とんでもなく食べる。今日は覚悟して食事した方がいい」

「ふぇ?」


 細身の三人の美女エルフたちは嫋やかに微笑んでいる。シャリアにはそれが怖いとは思えなかった。だが、レインスは知っている。笑みとは元々、牙を剥き出しにする動作。


「……まぁ、百聞は一見に如かずだ。シャリアにとってもいい経験になるよ。今回はベルベットさんたちが優しかったから大事には至らなかったけど……相手の素性も知らずに軽はずみなことを言ったらどうなるかって……」


(ちょっと大袈裟なのです)


 誰も否定しないその言葉に対してシャリアが思ったのはそれだけだった。だが、彼女はその数時間後に身を以て知る。世の中にはどこにそんな量が詰め込まれているのか不明なほど食べる人たちがいることを。


 そして、その後にシャリアは人生初の出禁を味わうことになるのだった。



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