第60話 スライム討伐

 ギルドで依頼を受けた翌日の昼。レインスとシャリアはソリッドスライム討伐のために町から少し離れた場所にある森に来ていた。


「ほっ」


 特に誰からも見られていないので普通に仙氣を使ってソリッドスライムを屠っていくレインス。その隣ではシャリアが詠唱破棄で土魔術を使ってソリッドスライムを串刺しにしていた。それを見てレインスは内心で舌を巻く。


(……本当に強いなこの子……ヨークの里で聞いた限りだと普通の子だと言われていたが、賢者に匹敵する素質があるんじゃないか……?)


 それなりの数を倒したというのに歩くのに疲れたと言って飛び始める辺りに魔力的な余裕が窺える。確かに、ソリッドスライムと言えば固形のスライムで一般的に見ても貧弱な魔物である。攻撃すれば傷付くし、内包されている大きめの核が損傷すれば活動停止してしまう。しかし、それでも魔物だ。その弾性と魔力を活かしてぶつかって来れば野生のイノシシ程度の衝撃はある上、酸を吐いたりもする。

 そんな相手だが、シャリアは彼女の魔力感知能力によって相手の姿が見える前に処理をしていた。レインスが倒すのはシャリアの休憩時間の時のみだ。


「レインスさん、今ので50体なのです」

「……初日から飛ばし過ぎかな。奨励金が一体で大体千ギアだから五万か……」

「お祭りが楽しみなのです」


 ギルドの魔術で自動記入される受注票の討伐数の欄を見ながら休憩中のシャリアがそう言うとレインスは刀身を拭いてから刀を納めた。


(……経費を差っ引いたとしても大分格安で請け負ってるな……まぁ子どもだからそれには気付いてないことにしないと不自然だからそうするとして……それにしてもこれ程の大きな森なのにスライム以外の魔物を全然見ないな。スライムの数自体も多い。その上、まだ森の中に残っていそうな雰囲気が……)


 若干の不自然さを抱きながらもレインスは今日はもう帰ることにする。シャリアも特に異論はないようでレインスの指示に従った。


「レインスさん、今日のおやつは何にするのです?」

「……うーん、まぁ見て回ることにしよう」

「なのです」


 引き返すことにして若干気が緩んだその時だ。レインスは後方から大きな魔力を感知した。それはシャリアも同じこと。だが、彼女は首を傾げた。


「……レインスさん」


 見敵必殺と言わんばかりだった彼女が困惑しながら魔術行使も行わずにレインスを見ている。レインスも少し首を傾げるが、その間にその大きな魔力は遠ざかっていった。


「今のは……」

「分からないのです。ただ、何か魔術を使って魔物を倒してたのです……?」

「だな……ただ、人間にしては奇妙な魔力だったし魔族にしては魔力の濃度が薄い気がした……」


 人間、魔族、亜人、獣人、妖精、精霊、その他レインスが思い浮かべるどの魔力の特徴とも一致しない魔力。強いて言うのであれば精霊が近いだろうか。レインスが首を傾げているとシャリアが呟いた。


「多分……魔物、なのです」

「……それは、ちょっと厄介だな」


 シャリアの言葉に異常種の可能性を視野に入れるレインス。これほど数が居れば狂暴化して同種を襲う個体いてもおかしくはない。倒すこと自体は可能そうだが、費用対効果的にはおいしくなさそうだ。


「どうするのです?」

「……いいや、放置だ。今日は報告だけにしておこう」

「分かったのです」


 今回は見なかったことにしてレインス達はフラードの町へ戻ることにする。その途中。森を抜けた辺りでレインスは珍しい生物を見つけた。


「……ん? プチ・マ・スライムか?」

「どうかしたのです?」


 森からフラードの町へ流れ込んでいる川のほとりに小さく非常に澄んだ姿をしているスライムを見つけたのだ。それは人間の拳ほどの大きさしかないが、ソリッドスライムと比較してかなりの魔力を持っており、その魔力で川に小さな渦を作って遊んでいるようだった。


「……討伐するのです?」


 魔術の準備をするシャリア。レインスはそれを制した。


「いや。プチ・マ・スライムは基本的に魔素を食ってるから人間を襲ったりしない。人里にいると魔具の故障原因になったりするからちょっとアレだけど、自然にいるなら別にこのままでいいよ」

「そうなのですか? 詳しいのです」

「まぁこいつがいっぱいいる水辺は魔素が濃いから危険だっていう目印になったりするからね。一応、覚えてるよ」


 そんな会話をしながらプチ・マ・スライムを眺めていると不意にその姿が二つに分かれ、川の中に落ちた。


「あ……」


 町への道を歩きながら遊んでいるプチ・マ・スライムを見ていたシャリアが声を上げる。レインスはすぐに周囲を警戒し、そして呟いた。


「……人間の魔術、か?」

「かわいそうなのです……」

「ま、まぁ……核が傷付いてなさそうだったから大丈夫だろ。プチ・マ・スライムはリキッドスライムに近いからあれくらいなら復活してるよ」

「そうなのです? ……ホントそうなのです! よかったのです」


 どうやら魔力探知で確認したらしいシャリア。それはそうと、レインスは遠目では見え辛いプチ・マ・スライムを倒した人間の魔術師の方が気になり、周囲を見渡してみる。すると町の方から二人の金髪の少年が走って来ていた。


「おー! 魔物を目の前にして呑気にしてたな! 危ないところだったぞ!」

「あ、あの、大丈夫でしたか……?」


(……双子、か)


 声を掛けて来たのは双子の美少年だった。一人は快活そうに笑いながらこちらに声を掛けてきており、もう一人はおどおどしながらもこちらを気遣う様子を見せている。そんな二人にシャリアは微妙な顔をして答えた。


「大丈夫なのです……ただ、あのスライムさんは別に悪い子じゃなかったのです」

「魔物にいい奴なんかいる訳ないだろ」

「……ま、まぁそうなのですが」

「変な奴……」


 どうやら快活そうな少年とシャリアのファーストコンタクトは失敗したようだ。一方、レインスと臆病そうな少年のファーストコンタクトもレインスの観察と分析によって微妙なところになっている。


「あ、あの……」

「あぁ、こちらを気遣ってくれてありがとう」


(……魔族に近い魔力を感じる……何だ? どこかで感じたことがある気もするが少なくともただの人間じゃないな。この見た目からして二人してそれなりの魔力を持ってるみたいだが……)


「だ、大丈夫なら、いいんです、けど……」

「こちらなら大丈夫だ」


(……何かのハーフとして見るのであれば同年代ではないかもしれない。見た感じと話している印象からすればそう遠い年齢ではないとは思うが……念のため、相手の素性を確かめるか……)


「俺は学園都市から来たレインス。君らは?」

「ぼ、ぼくはマリウス」

「俺はアンドレ。この町に呼ばれた歌劇団アニマートの護衛役さ。お前ら学園都市から来た奴らか……そっちのは名前何て言うんだ?」

「シャリアなのです」


 シャリアが名乗るとアンドレは何度かその名を転がすように呟く。そして、彼女を見ると頷いた。


「よし、シャリア! お前、面白いもん見せてやるからついて来いよ!」

「え、えぇ……アンドレ、また何か変なこと……」

「うっせぇ! レインスもついでに見せてやるからついて来いよ」

「ど、どうするのです? レインスさん」


 困った様子のシャリア。しかし、レインスの目はそちらに向いていなかった。鋭く後方を振り返るとシャリアもそれに応じる。少し離れたその場所にはこの場にいる誰よりも大きく、濁ったスライムがいた。

 それ・・は先程まで川辺にいたプチ・マ・スライムと同等の魔力を持ってその場に佇んでいる。


(……妙だな。どうしてここまで接近されるまで気付かなかった? 話をしているからといって警戒を緩めた覚えはないんだが……こっちに近づいている別の気配には気付いてるし)


 思考するレインス。その間に全員がその濁ったスライムに気付き臨戦態勢を整えていた。


「おい! レインス、戦うぞ!」

「あ、あぁ……」

「その必要はないわよ」


 町の方向から声がする。同時に、濁ったスライムは穴だらけになっていた。


「げ」


 その結果を見てアンドレが嫌そうな声を漏らしながら後方を確認する。そこには一人のエルフの女性がいた。彼女は笑顔で威圧しながらこちらに近づいてくる。


「アンドレ~? また抜け出して……!」

「ちょ、シフォンさん待った! 俺、この二人が危ないところだったのを助けてたんだよ!」

「あらそう。それは偉いわね」

「だ、だろ?」


 及び腰ながらどこか誇らしげにするアンドレ。しかし、シフォンと呼ばれた女性は笑顔のままアンドレの耳を捕まえた。


「でも、それはそれ。これはこれ。行くわよ」

「あー! 痛いっての! 放せよ!」

「あ、そこの二人。ちょっと話が聞きたいからついて来てくれると嬉しいかな」

「は、はいなのです」


 勢いに負けたシャリアが頷くと自動的にレインスもそれについて行くことになるのだった。



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