第41話 電撃作戦

 レインスがヨークの里に来て二日目。この日の内にヨークの里、シャーブルスを救うと決めているレインスは電撃作戦に出る。同行者は当初一人だけの予定だったが、どうやら二人になったらしい。


「いい、シャリア? 危なくなったらすぐに逃げるのよ?」

「……わかってるのです」


 その同行者、リティールとシャリアは互いに装備を整えながら会話をしていた。そんな彼女たちの様子を自身の準備をしながらレインスは見ていた。


(これは分かってない顔に見えるけどな……)


 これは危地に陥っても逃げずに立ち向かう覚悟を決めた者の顔だ。レインスは少女を見てそれを悟った。ただ、それはそれでいいことにする。レインスには人のことを考えている余裕などない。回復のためについて来てもらっておきながらなんだが、自分の身は自分で守ってもらうつもりだ。それで万一回復役に事故が起こった場合は一度退かせてもらう。オートモードに入っている傷だらけのゴーレム相手であれば何度か回復役を代えて挑戦すれば何とかなるだろう。それがレインスの見立てだ。

 現在同行だが回復役がこの二人である必要はない。この二人に何かあったとしてもヨークの里には他の術者がいるはずだ。同族をここまでいいようにやられた状態で現状を打破出来る手段があるというのに動かない種族ではないはず。


(装備もいい物を貰ったことだ。傷だらけで鈍重になったゴーレム相手なら逃げるのも何とかなる。最悪の事態を想定しながら前に進もうかな……)


 ヨーク種の大人用の武器。魔道具だが、魔力を通さなくとも素晴らしい切れ味を誇る剣を提げてレインスはマースゴーレムがいると言われる行動に向かって移動開始した。



 向かった先の洞窟は入り口から少し進んだところが崩落しており、普通の人間であれば入る事すら困難な状態だった。だが、ここにいるヨークの娘たちにとっては何の意味も持たない。魔術で入り口をふさいでいる土砂をどかすとそこに金属性の魔術でコーティングを施し、通路を確保した。


「……この岩、凄い魔力が込められてたわ。みんな、ありがとう……」


 里の者たちが洞窟内のゴーレムを外に出さないために全力を尽くしたのだろう。入り口をふさいでいた岩の中でも要となっていた巨大な魔力が込められていた岩を撫で、リティールは礼を言う。そして彼女は毅然とした態度で後ろに告げた。


「……行くわよ。シャリア、暗くて危ないから私から絶対に離れないようにするのよ? レイン、先頭をお願い」


 もとより術者を先頭にして歩くつもりはない。レインスは先頭を進んでいく。そして、しばらく坑道を進むとヨーク種の戦士たちが勇敢に戦い散っているのを目の当たりにすることになる。レインスは少しだけ後ろを振り向いてリティールに確認の視線を投げかけた。彼女は唇を噛んで答える。


「……覚悟してたことだわ。先を急ぎましょう」

「……わかった」

「シャリア、あまり下は見ない方がいいわ。私とレインス、そして前だけ見るのよ」


 勇敢な戦士たちの亡骸を弔うこともせずに彼らは坑道内を進んで行く。すると開けた場所にストーンゴーレムがいた。レインスは二人を手で制し、目配せする。


「斬って来る。回復は任せたよ」

「……気を付けるのよ? ここにアイツだけとは限らないんだから」

「わかってる……【仙氣発勁】」


 【仙凶使】はマースゴーレムのために取っておく。そのため、少し省力した【仙氣発勁】で短時間ながら戦闘を繰り広げることになるレインス。幸か不幸か坑道内にある魔石や無念の死を遂げた者たちの残留思念にも似た氣が大量にあることで多少のリソースの節約は可能だった。だがしかし、流石に強敵であるストーンゴーレムと真向からやり合った結果レインスは浅くない傷を負ってしまう。


「……回復を」

「あんた、気をつけなさいって言ったでしょうが……!」


 腹部から血を滴らせるレインスにリティールは怒り心頭のようだ。そんな彼女の隣でシャリアはレインスの回復を行う。


「【浄化アラ・キュシール】なのです! ……まだ、足りてないのです」

「シャリア、後は私がやるわ……【奇跡オリ・ラキュアシール】! 次からは気をつけなさいよ」

「ごめん。マースゴーレムが出るまでは温存させてもらうから……次もこんな感じになる」

「…………あんたはそれでいいの?」


 険しい顔になったリティールの問いにレインスは答えない。何故なら既に坑道内には次の敵が出て来ていたからだ。巡回中だったストーンゴーレムの崩壊を感知して駆けつけた別個体がいたらしい。


「行ってくる。重ね重ねで申し訳ないけど回復は……」

「分かってるわよ」


 非常に不承不承ながらリティールはそう言ってレインスを見送った。見送られたレインスは先程までの痛みと急に回復したことに対する身体の違和感を覚えながら新たな敵を睨む。


(……コアを破壊するだけ。一撃当たれば死ぬなんてことは考えるな)


 【仙氣発勁】は既に済んでいる。敵は魔力での検知を行っており、相手の視線にあるのはヨーク姉妹だ。暗い坑道内。視界不良のまま恐らく敵と思われる存在に何の疑いもなしに近づこうとするゴーレムの死角からレインスは近付いて一閃。


「天相流-嵐ノ型-【波颪なみおろし】!」


 ゴーレムは我が身に何が起きたのか分からなかった。だが、確実に言えるのは彼の存在は歩行が出来なくなり、その場に倒れ伏したということだ。それが風と水の混合型、超下段の薙ぎ払い、【波颪】。素晴らしい武具と後で確実に回復されるという信頼があってこそ、現在のレインスでも打つことが可能な奥義だ。

 見事に決まった一撃。後は動けなくなっている敵に素早く止めを刺す。だが、その前に相手の回復が始まっていた。


「この、天相流-水ノ型-【狂刀きょうとう】!」


 太刀筋など存在しないかのような荒れ狂う乱舞。その実は全てが斬撃である立派な切断技だ。ストーンゴーレムの回復が追いつかない内にコアを求めてレインスは最後の一撃を繰り出す。


「……そこか。天相流-風ノ型-【時津風ときつかぜ】」


 鋭い突きがストーンゴーレムの分厚い胸部、しかし亀裂の入っていた胸部を穿ち、貫く。今度のストーンゴーレムは表からコアの位置が分からないようになっていた。その事実を勝利の後に考えるレインス。今度は一撃も喰らっていない。だが、強力な技を無理矢理繰り出した代償に腕から血を流して戻ってくる彼にヨーク姉妹は不満そうな顔をしていた。とりわけ、リティールは険しい顔をしている。


「……あんた、大丈夫なの?」

「問題ないはず……」

「……信じるわよその言葉」


 他に攻撃手段を持たないリティールとシャリアは毎回血を流しながら帰って来るレインスを歯噛みしながら見る。特にシャリアは悲しそうな顔をしていた。


「あの、私たちに出来ることは他にないのですか?」

「この後がきつくなる。温存を頼むよ」

「レイン、悪いけど……」

「今度はサンドゴーレムか。こっちならまだマシか……」


 リティールの呼びかけで新たな敵の出現を悟るレインス。坑道の奥から出てきたのはここに出るゴーレムの中では比較的柔らかい敵。それでもレインスへの疲弊を蓄積させる存在であるのは間違いない。【仙氣】は無限ではないのだ。今後の戦いへの備えとして、かなりギリギリの戦いを強いられる。


「……回復を」


 戦いを終えたレインスはまたしても血塗れだった。今度のは敵からの攻撃を故意に受け、攻撃を優先した結果だった。


「あんた……さっきみたいに戦えば」

「ごめん、ただ絶対に温存しておく必要があるから……意味があることだから」

「【浄化アラ・キュシール】、なのです……」


 無理矢理短期間で怪我を治しているのだから痛みは相当なものだろう。シャリアはそう思いながらもレインスが望むままに回復を行う。しかも、その短期間の回復を繰り返しているのだから痛みは猶更なことであるはずだ。だというのに彼は何も言わずに自分たちのことを助けてくれている。


 だからこそ、シャリアはその恩に報いることが出来ない自分が歯がゆかった。


 そんな危険行為を繰り返すことその後十数度。レインスはようやく連戦から解放される。それは同時に坑道内の巡回ゴーレムが全滅したことを表していた。


「……【浄化アラ・キュシール】なのです」

「……よし。今日はこんなところだな……明日、本格的な攻勢に出よう。明日こそマースゴーレムを倒す……その予定だ」


 新しかったはずの防具がボロボロになり、剣にも刃こぼれが生じている。当然、使用者はもっと損傷を得ていることだが彼はそれでも泣き言一つ言わない。


「格好つけ過ぎよ……」


 リティールは誰にも聞こえないようにそう呟く中、彼らは電撃作戦を成功させてヨークの里に戻るのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る