第40話 そして今
リティールとシャリアがファミユミリアに出会ってからは平和な時間が訪れた。リティールはファミユミリアにからかわれたりしながらも気の置けない相手を得ることでストレスを逃がす方法を見出し、シャリアはそんな姉たちの姿を見て安心を覚える。彼女たちは正に幸福な時間を過ごせていたのだ。
それが崩れたのはほんの二年前。いつもと変わらぬ日常を送っていたリティールたちが暮らす里に魔王の軍勢が迫って来たのだ。だが当初は大したことはなく、里にいる大人たちで問題なく対処出来た。ヨーク種換算で子どものリティールたちにとって戦いはどこか遠い話の様に思われたものだ。
「フミミ! あんたまた危ないところに行ったでしょ! 今日という今日は……」
「リティが怒ってるの~リア謝って~」
「ご、ごめんなさいなのです」
「何でリアが謝らされてるのよ! フミミに言ってるのよ!?」
仮に戦場に出たとしてもこんな和やかな会話が出来たほど大したことのない戦いばかりだったのだ。どこか緊張感のないファミユミリアに怒りを示すリティール。だが、彼女もどうしてこうなっているのかは理解しており、ファミユミリアの近くにいた者たちを睨む。その中で代表して彼女の父が答えた。
「リティ、すまないな。我々が頼んだんだ」
「お父様……何でフミミばっかり危ないところに! 私も……」
「ファミユミリアの索敵があれば皆が安全に進めるからな。それに、リティールは大事な里の守りの役についてるだろう?」
「そーだよ~私たちが帰って来る場所、ちゃんと守っていて欲しいの~」
言い包められている感はあった。しかし、ファミユミリアの能力と自分の役目をきちんと理解しているリティールはそれ以上、何も言わなかった。いや、言えなかった。
だが、ある部隊が戦場に投入されてからは話が変わった。それが魔王軍の三将軍が一体、霊魂将軍が率いる対魔術コーティングされたゴーレムの部隊だ。魔術特化のヨーク種に彼らと戦う術はなく、散々に打ち負かされた。
「……フミミ、あんたまた行くの?」
「仕方ないの~私が行かなきゃ、どうしようもないの……」
「ッ……」
再三の敗北にもかかわらず、食糧基地や里周辺の拠点を守る為にファミユミリアは戦場に駆り出された。彼女は直接的な魔術が効かない相手との圧倒的不利な戦いで生き残ることが出来るだけ身体能力においても優秀だったのだ。大人たちよりも。
「わ、私も……」
「族長さんが怪我しちゃってるからリティには里のこと見てもらわないと困るの。だから、ね? 私の帰って来る場所……ちゃんと見てて」
「……~ッ! 帰って来なかったら許さないんだから!」
「分かってるの」
どうやっても負ける戦い。族長は既に倒れ、ヨーク種が命の危機に陥った際に籠る【ヨークの揺り篭】を発動させて自宅で眠っている。適切な治療が施されているが目覚めるのはまだ先の事だろう。
だが、生きるためには食料や必需品というものがある。それを少しでも持ち帰るために族長がいなくとも彼女たちの戦いは止められなかった。だが、このままではじり貧になってしまう。
そこでヨーク種は最後の賭けに出た。指揮を執り、ゴーレムを生み出している霊魂将軍が宿っていたゴーレム……マースゴーレムを打ち倒すための決死の電撃作戦だ。族長の回復を待たずして、戦える者たち全員が武器を持って突撃した。
「……その結果は?」
話の続きを促すレインス。それにシャリアは悲しそうな顔をして告げた。
「誰も帰って来てないのです……その代わり、ゴーレムが増えることはなくなって。でも、残ったゴーレムと戦って、今はもうお姉ちゃんしか戦えなくなって……」
「そうか……」
恐らくは相打ち。もしくはそれに近い形に持って行けたのだろう。リティールのような強力な術者たちが大勢いた里を滅ぼしただけの相手に勇者パーティだけで戦える状態になっていた理由が分かった。
(霊魂将軍は前の大戦でも最後まで倒しきれなかったから何とも言えないが、確か依代になった者が壊れたら魔王城の別固体になるはず。それが新しい者を派遣しないということは、もうこの里は滅んだものと同然として扱ってるんだな……)
正直に言って、ヨーク種の里は既に瀕死状態だ。レインスがこの里を見ただけではよく分からなかったが、話を聞くと戦いによって大人たちが居なくなっているということになる。ただでさえ数が少ないヨーク種の個体数の減少。それは種としての断絶を表していた。
(手遅れだったか……いや、だが賢者一人だけが生き残っていた前世と比べるとまだマシか……)
自己満足に過ぎないが、これもまた戦乱の中でなくはなかった出来事。恨むのは自分ではなく彼らで、恨まれるべきは魔王軍だ。外部からやって来た自分が勝手に彼女たちの心境を語っていい物ではない。
「……この里の状況はよく分かった。必ずゴーレムを倒そう」
「ほんとに、ホントにいいのです?」
「あぁ、安心していい」
安請け合いはいけないと知りつつもレインスは彼女の話を受けた。それを聞いてシャリアは涙ぐむ。
「お願いなのです。お姉ちゃん、このままだとどうにもならなくて……一人で……」
「分かってる。大丈夫だから泣かなくていい」
涙をこらえきれずに溢し始めるシャリアをあやしながらレインスは今後の戦いの方針について思案する。
(正直、もうどうにでもなる相手だと思うが気は抜けないな……前世だと傷だらけで霊魂将軍の魂が抜け、オートモードになったマースゴーレムが坑道内にいたはず。それを倒さないと賢者が前に進めないとか言ってたから間違いないが……どうやって倒すかが問題だな。武器はくれるみたいだから後はあの時と同じように俺を光魔術で回復してくれる人が欲しいが……)
誰かについて来てもらうとすれば恐らくリティールが付いてくるだろう。だが、今の話を聞く限りだとついて来させたくはない。前世の記憶によればマースゴーレムは生き残っているのだ。つまり、リティールの大事な人には逆のことが言える。
レインスは既に十二分に辛い思いをしているリティールに追い打ちをかけるような酷い光景を見せたくなかった。
「……シャリア、この里で一番光魔術に長けてる人は……」
「お姉ちゃんなのです……」
「次は? ……出来れば自分の身を自分で守れる人がいい」
レインスの言葉でシャリアは何かを察したらしい。彼女は強い意思を宿した目でレインスをじっと見て言った。
「……わ、私が行くのです!」
レインスは彼女のことをじっと見た。膨大な魔力だけは言うまでもなく自分より優れているだろうが、その華奢な体はどう見ても魔術抜きで戦闘が出来るとは思えなかった。
「もう、お姉ちゃんだけに任せるのは嫌なのです。皆を守りたいのです」
しかし、シャリアも色々と思うところがあるらしい。これまで、色々と思うだけで行動に移せなかった自分から一歩前に出る。そんな強い意思を言葉に乗せてレインスに告げるが彼は難色を示す。
「……じゃあ、せめて身体能力強化の術を使って能力を見せてもらっていいかな?」
「はいなのです!」
やる気を全身にまとうシャリア。レインスは断る前に一度だけ見ようとしているだけなのだが、どうしたものかと思いながら外に出る。
しかし、その途中で二人はレインスの武器を持ってきていたリティールに捕まってしまう。そして隠し事が苦手なシャリアはリティールの前に今からすることを洗いざらい吐いてしまった。
「そんなのダメに決まってるじゃない! レイン、あんた何考えてんのよ! あたしが行くわ!」
「だ、ダメなのです! お姉ちゃんは少し休んだ方がいいのです!」
「うるさい! どうせレインがダメならもうだめなのよ! ここで私が頑張らないと誰がやるのよ!?」
「わ、私がやるのです! フミミお姉ちゃんみたいにうまくは出来ないけど、それでも頑張るのです!」
互いに一歩も引かない様子を見てレインスは困り果ててしまう。正直に言うのであればこの二人以外に候補がいるというのであればそちらにしたい。しかし、二人の様子を見るからにそれは難しそうだ。
(……両方互いのことを思った行動なんだよな……だから引かない。どうしたものか……いや、ここは変に口出しするところじゃないか。二人に任せよう……あの様子を見てる限りだとリティールになりそうだが、彼女なら心情的にどうかはさておき力量的に問題はない……)
そう判断したレインスは同行者についての話し合いを二人に任せて自身は休息に勤しむことにする。そして明日に作戦決行としてレインスは元来た道を戻りベッドで眠りにつくのだった。
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