第42話 マースゴーレム
「まったく、どうにかしてるんじゃないあいつ?」
「お、お姉ちゃん。そういう風に言うのはよくないのです!」
「……わかってるわよ」
ゴーレムたちを相手取ったリティールとシャリアの姉妹は彼女たちの自宅に戻ると何とも言えない空気を纏ったまま二人きりで会話をしていた。因みにゴーレム討伐の同行者だったレインスについては疲労のあまりに戻ってくるとそのまま最低限の身支度だけ整えて眠りに就いている。
そんな彼について、彼女たちは話をしているところだった。
「でも、おかしな奴であるのは間違いないわよね。まさかあそこまで頑張るつもりだったとは思ってなかったわ……」
リティールの脳裏に思い出されるのは血塗れになりながら必死で戦うレインスの姿。彼がこの問題を引き受けた時、殆ど見返りを求めていなかったのでよっぽど楽に倒すのかと思っていたのだがどうやら違ったようだ。
「ほんとにいい人なのです……」
「だ、ダメよシャリア。簡単に
「でも、ホントにいい人そうなのです。あそこまで頑張ってくれてるのだから信じてあげないとかわいそうなのです……」
少し焦り気味にそう告げるリティールにシャリアは少しだけ目を伏せながらそう返す。実際、リティールも信じてもいいかなとは思っているのだが、誰もが信じるといざという時に危ういと思ってのことだ。
そしてレインスに万が一のことがあった際、シャリアが深入りし過ぎていた場合に傷付くことを恐れての言葉であり、彼女自身がレインスに裏切られた時に傷付かないための予防線でもある。そのため、あまり否定的に言う事も出来ずに話題転換を図る。
「それより、次こそマースゴーレムと戦いになるわ。今度こそちゃんと私の言う事を聞いて家で里のことをお願いするわよ」
「だ、ダメなのです。私も……」
「万が一ってことがあったらどうするのよ。もう、族長代理が務まるのはシャリア位しかいないんだから」
「お、お姉ちゃんこそ里で待っていればいいのです。私が行くのです」
互いに互いのことを思って譲らない二人。この協議は結局この日も決着がつかずに翌日に持ち越されることになるのだった。
そして、マースゴーレムを倒す日がやって来る。この日の探索には結局、二人ともついてくるということになってしまっていた。
「……レインス、危なくなったらシャリアの事、お願いね」
出かける直前。リティールは彼女の妹、シャリアに聞こえないように風の魔術を行使してレインスにそう告げた。
だが、レインスはそれよりも前にシャリアからリティールのことをお願いされている。つまり、板挟み状態となっていた。
(あぁもう面倒臭い。どちらにせよ勝てばいいんだろ勝てば……)
そんな感じで出発する一行。坑道の入り口は先日、リティールたちが開けた状態から再び閉まっている状態に戻っており、今日ももう一度開く作業から入った。
「……凄い術式ね。まったく……フミミのやつかしら?」
「なのです」
ヨーク種の魔力にのみ反応して突破可能な術式が織り込まれているという説明を受けてレインスも同意しておく。そんな術式、聞いたこともなかった。だが、彼女たちの関心はその術式ではなくレインスが用いている技術の方に向いていた。
「尤も、あんたも凄いけど……どうやってあのゴーレムたちを斬ってるの? それが出来れば私たちも力になれると思うんだけど……」
「これはそう簡単に見につくものじゃないから諦めた方がいい。それに、魔術の方がよっぽど使い勝手がいい。今回みたいなのはイレギュラーなだけ」
実感のこもったレインスの言葉。それ以上語ろうとしないレインスにリティールは引き下がらざるを得なかった。そんな雑談をしつつしばらく進んでいると前回の狩場に到着する。そこには既に先客がいた。
「……ストーンゴーレム、まだいたのか」
「待ちなさい。様子がおかしいわ」
「……何かを探しているみたいなのです」
魔力によって動いているゴーレムの繊細な動きを魔力探知によって察知するヨークの二人。しかし、そんな芸当が出来ないレインスはどう出るか考えてもどの道斬るのだからと前に出た。
「こ、こら! ダメじゃない!」
「どの道斬るんだ……先手は貰う!」
閃光一閃。まさに電光石火の早業でレインスはストーンゴーレムを切り裂いた。尚も動こうとするゴーレムだがレインスの一撃によって機動力を失っているため既にレインスの敵ではない。核を切り裂かれてことは終了だ。
「進もう。今日はこいつを相手にしてるだけじゃ……」
その時だった。洞窟の奥から敵影が現れた。内訳は身の丈三メートルはあろうかというストーンゴーレム二体に光源の少ない洞窟内でも光り輝く姿をした成人男性よりも頭一つ分だけ大きな姿をした人間に近い形をしたゴーレムだ。それはこちらを見るなりいきなり襲い掛かって来た。
「速……!」
「どうすんのよこれ!」
「……レインさん! お姉ちゃんをお願いするのです!」
一行の中で最も早く動いたのはシャリアだった。彼女は短い時間で魔力を大いに高めるとストーンゴーレムの一体にぶつけた。それによってストーンゴーレムの狙いが決まる。その一連の流れを横目で見てレインスは舌打ちした。
「……チッ! 回復役が狙われるか……」
「シャリア!」
「リティールさんは俺の援護を頼む! 数の上だけでも優位を取りたい!」
「何言ってんのよ! シャリアが一人になるわ! 私もあっちに行く!」
(嘘だろ!?)
この状況下でとんでもない判断を下したリティールを尻目にレインスはストーンゴーレムとマースゴーレムの2体を相手に対峙する。その目は険しかった。
(どうする……あぁもう、考えてる暇はないか!)
通常のゴーレムたちよりも機動力に長けたマースゴーレムがいる時点でレインスが取れる行動は限られている。初手で【仙氣】を身に纏わなければその後が続かないのは明白だった。
「【仙凶使】……出し惜しみはなしだ」
現状、持てる限りの全ての力を注いでギアを上げたレインスは即座に数を減らしにかかる。狙いはストーンゴーレムだ。裂帛の一撃。その一撃にストーンゴーレムは反応することが出来なかった。
……そう、ストーンゴーレムは反応することさえ出来なかった。だが、レインスが相対しているのはストーンゴーレムだけではない。マースゴーレムもだ。
「なっ……」
ストーンゴーレムを庇いに出たマースゴーレム。その庇うための動作だけでも強烈なエネルギーが込められており、レインスは衝突によるダメージを受けてしまう。
「くっ……」
そのダメージは瞬時に【仙氣】を巡らせることによって回復する。元々、攻撃用のエネルギーではないのが幸いした。しかし、相手がこちらの戦力を図りかねている状態での貴重な初手を潰されたことによって戦況はマズい方向へと向かう。
(先にあの二人と戦ってるストーンゴーレムを落とすか? いや、マースゴーレムの機動力からして背を向けるのは愚策だ。だからといって正面からストーンゴーレムとマースゴーレムを回復役なしで相手取るのも無理がある……)
撤退も視野に入れ始めるレインス。しかし、マースゴーレムの機動力を考えるとそれも難しい。理想としては回復役のリティールとシャリアが撤退した直後に自分も反転し、撤退。それをマースゴーレムが追撃する形で一対三の状況に持ち込めればいいのだが、少し後ろを窺う限りではその余裕もなさそうだ。
(まいったなこりゃ……)
こうなればプランを変更してヨークの里を救うのは諦め、賢者を含めた数名の個体を里から連れ出した方がいいかと考え始めるレインス。
しかし、悠長に考え事をしてられたのはここまでだった。
「! 【
急起動したマースゴーレム。その圧倒的な力はまともに食らえばレインスを一撃で絶命させるのに足りることだろう。それを何とか逸らすことに成功したレインスだが、忌々し気に敵を睨んだ。その視線は感情のない眼のような形をしたセンサーとぶつかる。その奥でストーンゴーレムがレインス達の退路を塞ぎに移動している。
「……逃げるにも、隙を作らなきゃダメか」
退路を断たれたレインスは苦々しい顔をしながらマースゴーレムとの戦いに身を躍らせるのだった。
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