第38話 勝手に

 鉱山入り口のゴーレムを倒した後は特に増援が来ることもなく、デスゲルキアで手に入れた予備の剣で周辺にいるゴーレムを倒すことに成功したレインスは一度里に戻って今後の作戦を立てることになった。

 そのまま鉱山の奥に進まなかったのはレインスの体調と装備の問題を気遣ってのことだ。


「……取り敢えず、この部屋を使ってちょうだい。後、残ったゴーレムはさっきの奴より硬いからこの里にあるもっといい武器を渡すわ。それに防具もそんな軽装で大丈夫なの?」

「……武器は頼みます。ただ、防具の方は色々と不都合が出るんで……」


 レインスが着ている服は胸の辺りにある魔石で伸縮自在と自動修復という魔術が付与されている魔装だ。レインスの実家の様な小金持ちが買うもので、仙氣で急成長をしたりするのでその辺りはこの装備が丁度良かった。リティールは少し納得いかなさそうにしていたが、レインスがいいと言っているので特に突っ込みを入れることなくレインスの要求を承諾した。


「分かったわ。それからリア……私の妹が色々と身の回りのことをやってくれると思うけど、変なことはしないように」

「わかりました。ありがとうございます」

「……調子狂うわね。敬語はやめてちょうだい」

「わかった」


 重傷を負ったレインスを回復させた後、念のため彼をここまで魔術で運んできた美少女、リティールはそう言ってレインスにあてがった部屋を出て行く。レインスはヨークのために作られた小さなベッドに転がされたまま大して動きはしない。

 小さなベッドだが、現在のレインスにとっては十分に広く、寛ぐことが出来そうだ。


(……良い匂いがする。いやいや、他人様の家で何をしているんだ俺は)


 ベッドの上に身を投げ出していたレインスは我に返るとベッドの縁に腰掛けた。そして、部屋のすぐ外まで来ていた気配を察知してその観察に移る。それがこの部屋に入るまでもう間もないと言っていいだろう。


「し、失礼しますのです。私はリティール姉さんの妹のシャリアなのです。お客様におもてなしなど初めてなのですが、頑張るのでよろしくお願いするのです」


 扉を開けて現れたのはリティールと初対面の時、依頼の話をしていた際に紅茶を持ってきてくれた可愛らしい少女だった。

 シャリアと名乗った彼女も妖精の様なすらりとした手足に小さな体躯をしていたが姉と異なり胸は薄く、長いダークブラウンの髪を後ろで纏めている。顔立ちは姉のリティールに似ているが、リティールがややキツい目をしていたのに対しこの少女は優しげな垂れ目をしており、物腰の柔らかな印象だ。


「シャリアさんか……ご挨拶が遅れて申し訳ない。僕の名前はレインだ」


 またもさらりと偽名を吐くレインス。目の前にいる少女からはリティール程ではないが大きな魔力を感じる。つまり、術者ということだ。強力な術者を相手に何の対策も打たない程レインスは豪胆な性格をしていなかった。

 だがそんなことを知らないシャリアは自己紹介を済ませて一息ついてから朗らかに笑って告げる。


「レインさんなのですね、そんなに畏まらなくてもいいのです。お家みたいに寛いでほしいのです」

「ありがとうございます」

「そんなに気を遣わなくてもいいのです……二回目なのです」


 くすくすと笑うようにそう告げる美少女。しかし、恐らくは短命で急成長を遂げるレインスのような人間種とは異なりヨーク種として彼女は大分年上だろう。ここは念のため……そう思ってレインスは口を開いた。


「あ、ありがとう……でも、一応年上「三回目なのです」……はい」


 物腰が柔らかな印象を受けたがどうやら押しは強いらしい。三回目は少し強めに言われたレインスは少し引き気味にそう応じると彼女は柔らかな太陽の様に微笑んで言った。


「お客様にはお茶をお出しするのです。どうぞなのです」

「ありがとう」


 物資に困っているはず、そんな大変な時に……とは言わなかった。彼女から四回目と言われるのが分かっているだけの話なのだ。

 それに、レインスが来た以上この問題は解決に向かう。それを自負していたからこその受け取りだった。


「……美味しい」

「よかったのです! こっちのクッキーは焼き立てなのです。どうぞなのです」

「ありがとう」


 こんな状況にありながらも全霊でおもてなしをしてくれていた。紅茶も美味しいが、相手を喜ばせようとしているその姿勢が何より嬉しかった。


「それで、よかったらなんだけど少し話をしないかな? せっかく美味しい紅茶を淹れてくれたんだし」

「……ちょうどよかったのです。私も、出来ればお話したいなぁと思ってたのです」


 先程までの元気な様子から少し憂いのある表情に変わった少女はそう告げた。どうやら相手を喜ばせようとしていたのも本当らしいが、裏がないという訳ではないようだ。彼女はレインスに質問を投げかけた。


「どうして、助けてくれるのですか?」


 単刀直入と言ってももう少し刀の入れ方があるだろうと思わせる直球。レインスは返答に窮する質問をぶつけられ、考える時間を稼ぐために逆に質問をぶつけた。


「どうしてだと思う?」

「わからないのです……」


 本当に困っているらしく俯いてそう答えるシャリア。幼いレインスと大して変わらない背丈の彼女はレインスに目を合わせると再び尋ねた。


「どうしてなのです? 外の人は怖いって教えられてきたのです。でも、レインさんはとっても優しいのです」

「優しくないよ。自分のためにやってるだけ」

「嘘なのです。少しだけどお姉ちゃんから聞いたのです。ゴーレムと一所懸命戦ってくれたって。見ず知らずの私たちのために戦ってくれて、そしてその戦いの先でも誰かを助けるために戦ってるって言ってたのです」


 事実だ。しかし、それは一部の真実が隠されている。


(……後で皆が頑張ってる中、俺だけが適当にしてる時に自分に言い訳が出来るようにしたいから。とは言えないしなぁ……)


 レインスは本当に自分のためにやっているのだ。だがしかし、それを言ってしまうと後で皆が頑張っている間にサボる気ですと宣言するのと同じことになってしまう。ここのヨーク種の誰かが勇者パーティに参加する時にどこかで暇してる強い奴がいると知られるのは精神衛生上よくなかった。

 ここは何と答えようと考えるレインス。しかし、相手の方が我慢できなくなったらしい。何故か涙ぐみ始めた少女を前にレインスの口が勝手に動き始めた。


「あぁ、泣かないで。俺が戦ってるのは君みたいな可愛い子が泣かないで済むようにしてるんだから」

「ふぇ……?」

「大丈夫。君が何を言いたいのかは何となく想像がつく……辛かっただろう。苦しかっただろう。そんな中、簡単に俺の事を信じられないというのもわかる。でも、一度信じて欲しい。そしたら、その先も信じてくれるだろうから」

「レイン、さん……」


(俺は何を言っているんだろう)


 ちょっと自分で自分が何を言っているのかよく分からなかった。シャリアが何を言いたいのか何となくわかるのは事実だ。要するに、危険に対して対価を求めないレインスのことを本当に信じていいのか分からないといったところだろう。不安な自分を納得させることが出来るはずの理由があるはずだからそれを言葉にして教えてほしい。そうすれば信じられるから。そう考えて、彼女はレインスに質問して来たのだろう。それは分かる。

 しかし、可愛い子を守る為に戦ってる。これを言った自分の神経が分からない。兄のキャラを演じていた時の自分の台詞にあったとすれば自分は兄のことを何だと思っていたのだろうか。だが、思い返せば幾らでも思い当たる状況と言葉が出てきた。黒歴史の発動だ。レインスは一気に脱力した。


「あー……まぁ、そんな感じで……」

「信じていいのです……?」


 ダメです。とは言えない。それに、信じてもらっていいのは本当だ。レインスから否定することでもない。


「……君たちをこれ以上泣かせないように戦うって言うのは本当だよ。それだけ」


 指で少女の涙を掬いながら何を言っているのだろうか。もう何がしたいのかよくわからない。今わかるのはこの子にさっさと退場してもらってベッドの中で悶えたいというところだけだ。

 そんなレインスの内心を知らぬシャリアは泣かせないと言ったレインスの言葉に反抗するかのように目に涙を浮かべていた。


「ありが、ありがとうなのでず……お姉ちゃん、ほんとに大変そうで、私、それでも何も出来なくて……」

「もう大丈夫、辛かったね」

「なのです……」


 可憐な少女を抱きとめるレインス。他に選択肢がなかったのだ。仕方あるまい。そして、ひとしきりシャリアが泣いた後、レインスは彼女の身の上話について聞くことになるのだった。



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