第39話 姉妹の過去
シャリアはヨーク種族長の家庭に生まれた末娘だった。姉のリティールはこの世界における基本的な魔術の構成要素である火・風・金・水・土に加えて光、闇、無、空という、この世に存在する人間が扱うことが出来る全ての術式を使用できる【九曜】の能力を持った将来を嘱望される姫だった。
そんな【九曜の姫】である姉に対し、妹のシャリアは基本五行に光と闇しか使えないという通常のヨーク種と変わらぬ【虹色の魔力】の持ち主だった。この時点でレインスは少し気になる事があったが話は続けられる。
大人たちは【虹色の魔力】の持ち主であるシャリアに少し落胆するもリティールがこれに猛反発することで少女のご機嫌取りのためにシャリアについても族長の娘として扱われた。シャリアはそれに甘んじることなく守ってくれている姉のために一所懸命に頑張った。
これが彼女たちの……リティールとシャリアの世界がまだ家と親族だけだった時のお話。そして時は進み、彼女たちの世界は広がっていく。
シャリアはレインスに続きを語る。
ヨークも種として存在している以上、かなり少数の一族だが一定の数はいる。彼女たちもある程度成長すれば里の中を行動し、色々と学ぶことになっていた。
その世界の中でもリティールは特別だった。優れた魔術士であることを示す端整な顔。【九曜】の魔力を保有していることを表す黒髪。魔術に特化したヨーク種の中でも莫大な魔力を保有していることを表す豊かな胸。
一目見ただけで特別だと分かる特別な容姿に周囲は彼女が次のヨーク種族長だと疑いもしなかった。
しかし、その特別視は次第に孤独へと変貌していく。この頃のシャリアへ語ったリティールの愚痴がそれを物語っていた。皆に頼られる一方、頼られることを当然とされつつある日常。族長として……ある種のいい子であることを常に要求され、自分というものを外に出せない状況。頼るべき親よりも自身の方が魔術を扱えることでそれを理由に微妙な距離感が生まれつつある現状。
それらを聞いていたシャリアはこのままでは彼女が皆から離れていってしまい、大変なことになるかもしれない。幼いながらにそう思った。そして、自分が何とかするしかないと動こうとする。
ただ、シャリアが現実に何かするということはなかった。その前に動いてくれた人がいるのだ。それがファミユミリア。ヨークの里随一の天才と称された少女、少し先の未来においてまるでシャリアとリティール、二人の姉のようだと呼ばれる彼女との出会いだった。
時は更に進んだ後になる。
「リティール、ありがとう。これでまた頑張れる」
「族長として当然のことをしただけよ。さ、もういい? 私は次の予定があるの」
「あぁ!」
いつもの様にリティールが誰かを助けたある日のこと。今回の人は転んで怪我をしたらしい。光魔術で探ったところ、この程度の怪我であればこの里にいる誰もが回復可能であり、別に自分がやる必要はなかったが、リティールはそういうものとして割り切って対応した。
そんなところに彼女は現れた。いや、正確に言えば彼女がいるところにリティールが現れたと言った方がよいであろう出会い。
「ふわぁ~……ん~? お昼か~……」
屋根上から呑気な、しかし聞こえのいい美声が聞こえる。通りの良い美声ということはそれだけ術式行使能力に優れているということだ。リティールは少し興味を持ってその場で立ち止まった。
「……そんなところで何してるの? 危ないから降りなさい」
優秀な術者ということが分かっている以上、その言葉は完全なお節介であることは分かっていた。だが、次期族長としての立場から言わせてもらったのだ。それに気付いた屋根上の少女は上体を起こして下を覗いて来た。
「んー……? 誰なの~?」
屋根上からこちらを見下ろしているのは絶世と言っていい美少女だった。鮮やかな金髪に透き通るような翡翠色の目。ヨーク種の中では大柄とも言えるすらりとしたスタイルに大きな胸。この時、初めてリティールは自分よりも美人だと感じる存在に……ヨーク種換算で言い変えるのであれば自分より優れているかもしれない術者に出会った。
彼女を前にして次期族長という特別な存在であるリティールは少し逡巡して彼女の問いに答える。
「……リティール。この里にいれば名前くらいは聞いたことあるでしょ?」
「初めまして~私はファミユミリアなの~」
「……あんたが、あの天才の……」
リティールが次期族長として聞いたことがある名前だった。ファミユミリア。基本五行に闇と光の魔術を扱うというヨーク種の基本的な【虹色の魔力】を持ちながら天才と言われる少女だ。
リティールが生まれるまで、次期族長となりうるかもしれないと言われていた美少女。そんな天才少女が目の前にいる。
「なぁに~? そんなに見て~」
「屋根から降りなさいって言ってるのよ」
「なんで~?」
「危ないからよ。言われないと分からないの?」
彼女にとっては余計なお世話だというのは分かっている。しかし、これを見て他の子が真似をしても困るのだ。そういうつもりでリティールはファミユミリアにそう言ったのだが彼女はふわりと微笑むとリティールを屋根上まで風で抱き上げた。
「ちょ、何してんのよ!」
「疲れてるみたいだからお昼寝なの~」
「あんた、話聞いてる? 私は屋根の上にいるのを止めなさいって言ったのよ! それに私、まだ他に用事があるの! こんなことしてる暇なんてないんだから!」
「……? よくわかんないけど、それは君がそんなに辛そうにしながらやるべきことなの?」
辛そうに? そんなこと思っていない。そう言おうとしたリティールだが彼女は本当に不思議そうにこちらを見ていた。その目を前にリティールは言葉に詰まってしまう。
「……べ、別にそんなに辛いとか、ないわよ……」
リティールが辛うじて引き出せた言葉は明らかに不自然だと自分でもわかってしまうものだった。
だが、ファミユミリアは聞いていなかった。彼女はリティールを抱き枕のようにして再び横になると目を閉じていた。
「お休み~」
「聞きなさいよ!」
「大丈夫だよ~今日は里のみんなが元気なの。だから、君がお休みしたいって言えばみんな、ちゃんとわかってくれるの」
そう言うと彼女はリティールの許可も取らずに風の魔術に乗せて声を飛ばした。それは近くへの拡散と遠距離への個別拡散を含めたものだ。いとも簡単に行われた精密な魔術行使にリティールが驚いている間に彼女はそれを実行する。
『今日はリティールちゃんお休みなの!』
「うるさいわよ! あぁもう……どうしてくれんのよ……」
勝手に休みを宣誓され、頭を抱えたくなるリティール。だが、ファミユミリアはおかまいなしだ。だが、ふと彼女は不思議そうな顔をして遠くを見つめる。
「んー……? あっちの方に、君がお休みって聞いて安心してる子がいるの……その子とお話した方がいいかな~? 心配してたみたいなの」
「あっち?」
疑問の声を上げるリティール。それに対しファミユミリアは連れて行ってあげる。そう言うとリティールをお姫様抱っこしてその場から飛び始めた。
「うわっ! ちょ、ちょっと!」
「リティールちゃんは今日はお休みだからね~私が運んであげるよ~」
「……もう! 何でそう勝手なのよ!」
「んーとね~? 多分、こうしないと君が止まらないからかなぁ~?」
笑顔でそう告げるファミユミリアにリティールは驚いて言葉を飲んだ。何故か何も言えなかったのだ。その後、訪れる沈黙。しかし、それは目的地に着くまでのわずかな間の話だ。目的地に着くとその沈黙はすぐに破られた。
「……あれ? ここ、私の家じゃない」
「そうなの?」
「……族長の家を知らないってどういうことよ。あんた、それでも次期族長を目指してたの?」
「目指してないの。疲れそうだし」
言ってからしまったと思ったリティールが何か言う前にファミユミリアは何の衒いもなくいい笑顔でそう告げた。それを受けてリティールは一気に脱力する。
「何と言うかもう、あんたってそういう感じなのね……」
「そうだよ~?」
「……はぁ。もういいわ。折角だし、お茶ぐらいしていきなさいよ。あんたのせいでこの後暇になっちゃったんだから」
そう言いながら自宅の扉を開けるリティール。その中にいたのは彼女の妹だけ。その事実にどこか落胆しながら彼女は最愛の妹にも茶会の同席を呼びかける。
「は、初めましてです。シャリアって言います」
「初めましてなの~ファミユミリアって言うけど長いからリア……はシャリアちゃんと同じになっちゃうね。じゃあフミミって呼んでほしいの」
「わ、分かりました!」
「よろしくなの」
これが彼女たちの出会い。その後、長い時間をかけて彼女たちは本当の姉妹の様に暮らしていくのだった。
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