第37話 ゴーレム

 ゴーレム討伐依頼を引き受けたレインスはヨーク種族長であるリティールが準備を済ませるのを待ってから最初に敵の数がはっきりとしている畑に向かって移動していた。同行者は依頼人であるリティールただ一人だ。


(こいつ、大した自信だけど大丈夫かしら?)


 心配するリティールを他所にレインスは彼女を見て感心する。


(見た目だけじゃないな……この速度に何の疑問も持たずに追随してる……相手が普通の魔王軍なら俺は必要なかっただろうな……)


 魔力により非常に整えられている容貌とそれに見合う能力の高さに感心しながらレインスは移動を続けていた。レインスは子どもの姿だが既に【仙氣発勁】の状態だ。かなりの速度での移動ということになる。


「こっちよ」

「おっと……」


 移動することしばし、やがてその敵の姿が見えて来た。開けた場所には何かをするということもなくただ佇んでいる大きさ2メートル程の巨大な土くれの塊があった。


「……成程」

「悔しいけど、私たちの魔術じゃ幾ら吹き飛ばしても辺りの土を吸収して復活するのよ」

「ちょっとやってみて貰っても?」

「……いいけど期待しないでよ?」


 そう言うと彼女は畑の被害を生まないために範囲を絞ると言いながら眼前の敵を睨み、小さく呟く。


「【風魔弾エリ・リア・フィル】」


(マジか!)


 見得ざる風の魔弾。風の魔術の中でもいわゆる超級に位置する威力の呪文を簡単に唱える少女に少し驚きつつも彼女に合わせてレインスはその場から飛び出した。

 風の魔弾はコントロールを違えることなくゴーレムにヒットした。同時に、それは地面から土を吸い上げて元の形に戻ろうとする。


「そこッ!」


 裂帛の気合を込めてレインスは横薙ぎに何かを切り払う。するとそれは今まさに形を取り戻そうとしていたゴーレムの中から取り払われ、それは形を取り戻すことなく崩れる。


「……え?」


 驚く少女。だが、レインスは内心で恥ずかしい思いをしていた。


(……疑惑の目を晴らすために綺麗に一刀両断するつもりだったのに斬り損ねた。やっぱりガフェインとの戦いの後遺症で仙氣が上手く練れなくなってるな……斬り損ねた核のせいであっちで土が蠢いてる……)


 モノを斬り損ねていたのだ。斬り抜いたそれは罅が入って術式が不完全となり、ゴーレムとしての形を成すことはなくなっているが微妙に再生しようと畑の土をうごうごさせている。

 しかし、差し当たっての脅威は取り払われた。そのため、今は畑にいるもう一体の方を気にすべきだとレインスは顔を上げる。そこには既に土塊とは思えない程俊敏な動作でこちらに向かっているゴーレムの姿があった。


「おーい! もう一回頼めますかー!」

「……勿論よ。【風魔弾エリ・リア・フィル】!」


 風弾はゴーレムの腹を抉り取った。すぐに復活しようと移動しながらも地面から土を吸い上げるゴーレム。しかし、薄くなっていれば十分だ。レインスは仙氣で相手の妙な気配が漂っている部分を察知し、即座に行動に移す。


「天相流-水ノ型-【斬時雨きりしぐれ】!」


 水の刃でクッションとなる土がまだある方を斬り抜き、そちら側に防御を回した瞬間、本物の刃が防御が手薄になっている場所を切り裂く。


(! 水の刃が消えた!? いや、だがこのまま!)


 一瞬、想定外の魔力吸収速度にレインスは驚くが、構わずそのまま魔力を纏っていない刃でゴーレムのコアとなる部分を切り裂いた。ゴーレムは原形を保てずに崩れ始める。


(……ここまで魔力を吸収されるか。だが、これならいけるな)


 少々想定外の相手だがこれであれば数がいても問題ない。そう判断しながら斬り飛ばしたが真っ二つには出来なかった方を再度斬りに行き、依頼人のところに戻るレインス。リティールは驚いた表情で彼を迎え入れた。


「凄いわね……あんな簡単に」

「あぁいうタイプのゴーレムなら何とかなる。というより、さっきのゴーレムなら君らでも斃せただろう?」


 レインスが何となくそう言うと彼女は苦い顔をして頷いた。


「……そうね。戦えた人も居たわ。でも、その人はもう……残された私達が戦うとなったら周囲に大きな被害が出るわ。仮にあそこで戦うとしたら畑が使い物にならなくなるくらい」

「……そうか」


 一応、辛そうな顔をしてそう告げた少女にレインスは地雷を踏んだかと思いながら考える。


(これも俺が知ってるゴーレムと違うのか? コアが想定外に固く、魔力が一切通じない。こんな相性の悪い奴らを相手に賢者はよく生き延びたな……)


 かつての戦友のことを思い出しながらレインスはそんなことを考えた。だが、今は目の前の美少女の依頼が優先だ。


「で、ゴーレムは基本的にこの形になるのか?」

「この形、というのはよく分からないけど……土の奴が下っ端ね。岩の奴が私達の敵よ。岩になると硬くてコアまで硬くなってこっちの攻撃がほとんど通らないの」

「ストーンゴーレムまでいるのか……」


 ちょっと安請け合いし過ぎたか。そう思いながらもレインスは自分に出来る事として今頑張れば後で自分が楽をしている時に言い訳が効くと考え、リティールにそのストーンゴーレムがいる場所まで案内させた。


「……いいの?」

「勿論。その為に来た」

「……ありがと。疑っててごめん」


(……素直過ぎるな。やはりヨーク種か)


 そう簡単に誰かを信用しない方がいい。そう思いながらも今はそうしてもらった方が好都合なため黙っておくレインス。二人が次に移動したのは魔晶石の鉱山だった。


「ここが私達の魔具を作るための鉱山よ……ここの入口に常にストーンゴーレムがいて、それを倒せばその奥の儀式の間からゴーレムが応援に来るっていう話」

「……成程、武器の調達を遮ってるわけだ」

「武器だけじゃなくて殆どの道具がそう言う状況ね……お願いできるかしら?」

「やってみる。ちょっと無茶するから回復の準備だけしておいてもらえると助かる」


 リティールが頷くのを見てレインスは前に出る。しかし、一定範囲内に入らないと出てこないのかゴーレムはこちらのことを無視して佇んでいた。


「好都合だ……【仙凶使】……」


 瞬間、レインスの姿が青年の姿になる。その刹那の後、レインスの姿は影となりゴーレムに切りかかっていた。


「【孤月】!」


 見るも美しき太刀筋がストーンゴーレムの胴体を切り裂く。それはまるでバターを熱したナイフで通過するかのような滑らかな動きだった。


「これだ! 【冷哭刃れいこくな】!」


 そして見えたコアをレインスは一瞬で貫きにかかる。再生する間もなき、一瞬の早業。既に新たな体を形成しようと薄い石膜がコアの上に張られ始めていたが間に合わない。それは音を立てて崩れ落ちた。だが、レインスの剣に罅が入った。


 同時に、レインスも地面に放り出された。


(……嘘だろ? そこそこの剣だったはずだが……硬いのに無理し過ぎたか?)


 全身を激痛が走り回っているがそれよりも剣が破損したのが痛い。身体は魔術があれば治るが、剣は難しい。金属性の魔術はあるが、そこまで万能ではないのだ。後悔するレインス。そんな彼の下にリティールが身体強化術を使用して走り寄る。


「ちょ、大丈夫なのあんた!?」

「あぁ、悪いけど回復をお願いしても……」

「あぁもう、分かってるわよ! 【浄化アラ・キュシール】!」


 上級の光魔術だ。しかし、それではレインスを回復させるに至らない。ただ、歩くこと程度であれば辛うじて出来そうなため、いいことにしよう。

 そう思っていたレインスを彼女は止めた。同時に、レインスは膨大な魔力が彼女の周囲に漂っていることに気付く。


「な……」

「普通は逆に危なくなるからやったらダメなんだけど……まさか、初対面でここまで私たちのためにやってくれるとは思ってなかったわ……【奇跡オリ・ラキュアシール】!」

「ぐっ……」


 脚に熱い感覚が流し込まれる。レインスとしては里に戻って幾人かの集中治療を受けるつもりだったのだが、リティールは一人で超級魔術を使いこなしてレインスを治そうとしているようだ。


「痛だだだ……」

「何よ、さっきまでのカッコよさはどうした訳? 我慢しなさい」

「敵がいたら我慢もするが……痛いものは痛い」

「……儀式の間にはストーンゴーレムの方がいっぱいいるって聞いてるわ」


 その言葉を聞いてレインスはこの依頼を受けるのかどうかを一瞬だけ考え直そうかと思うのだった。



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