第13話 遭遇

「何事だ?」

「様子を見て来させましょう」


 騒がしくなり始めていた屋敷内。レインスが二階にいる奴隷たちを解放した頃、館の主であるマドルゲと彼の側近は客人として迎え入れていた白霊虎の娘を連れてある部屋の前に移動していた。

 だが、部屋の中に通したのは白霊虎の娘だけだ。部屋の中にいる人物を見て激昂し、こちらに襲い掛かって来る可能性があったこと、そして何より中にいる人物の現在の様子からして室内に男がいない方がいいと判断した。


 外から室内の様子を窺うマドルゲに側近は問いかけた。


「……あの娘、どうするでしょうね」

「何、どうすることも出来んさ。頭がイカれた女と何も出来ない小娘というお荷物を抱えるんだ。いかに白霊虎とはいえ……いや、義理堅い白霊虎だからこそ、だな。奴らだからこそ。どうしようもない」


 これからの企みが上手く行くであろうことを考え、饒舌になりながらいやらしい笑みを浮かべる男たち。だが、彼らの目論見は脆くも儚く崩れていく。


「死ね!」


 唐突に現れたのはみすぼらしい風体をした男だった。だが、彼のその服装に館の主は見覚えがあった。それは、この館で大量に取り扱っているこの館から買われて出て行く際に与えられる貫頭衣だ。


「なっ……」


 何故、それを着た男が自由にこの場を歩いているのか。そして何よりなぜ自分に牙を剥くことが出来るのか。そう考え、館の主は対応を完全に遅れさせてしまう。


 だが、その代わりに一歩出た男が居た。側近だ。


「お下がりを」

「ぐァッ!」


 館の主の目にも止まらぬ速さで不心得者を一蹴する側近。何があったのか厳しく問い正そうとする彼らだが、その前に室内から悲鳴が上がった。


「ッ! 何事だ」

「あの子娘の声でしたが……」

「わかっとるわ! 何があったのか聞いとるんじゃい!」


 完全に品のない喋り方に戻った館の主は飛び込むようにして室内に入った。その目の前には真っ赤に染まったシーツ。確実に何かが起きたと苦虫を口いっぱいに噛み締めたかのような表情になりつつ理解する館の主。


 そんな彼に、寝起きの女から声が掛けられる。


「うふ……あぁ! お久しぶりですご主人様ぁ……既に準備は出来ておりますわ。さぁ……卑しい私のナカにお情けを……」


 脚を開き、情欲を誘う動きをする女性。シャロの知る彼女の行動からかけ離れた動きに彼女は思わず動揺の声を上げる。


「奥様!?」

「うふふ、アハハ、貴女も一緒よね? 大丈夫、怖がらなくていいわ。すぐ気持ちよくなるから……さぁ、服を」

「奥様! お気を確かに!」


(何だこれは……何があった!)


 眼前に広がる光景は死体を抱きながら妖艶に微笑む美女とそれを揺さぶる白霊虎の娘。何が起きたのかさっぱりわからないが、一つだけ分かることがある。


「お前ら……よくも奥様を……!」


(マズい……)


 眼前の娘が自分たちに敵意を抱いていること。それだけは確実だった。隷属環があるためこちらの絶対的な優位は揺るがないが白霊虎という種族を動かすにはそれだけではだめなのだ。彼の種族に十全に働いてもらうには力づくでは意味がない。


「旦那様、こうなっては……」


 目の前で対峙する少女の殺気を受けた側近が彼女から目を逸らさずにマドルゲに静かに告げる。しかし、ここで終わるほどマドルゲも軟ではない。


「どういうことだこれは……さっき儂らを襲った奴らの仕業か!? 君、部屋に中に誰かいたか!」

「……いなかった。けど」

「そうか! それはよかった! 君の大事な人がこうなってしまったのは残念だが一先ずは君の無事を喜ぼう!」


 男はシャロの言葉を遮ってそう続けた。だが、白霊虎の少女もそう甘くはない。彼女は声を荒げて断罪するように告げる。


「けど! 仮に今来たところで奥様がすぐにこうなるわけがない……! それに、さっきの発言といい……この状態は奥様が自分を守る為に、強制的に精神を!」


 悔しそうな顔でその先は口を噤んでしまう。だが、ベッドに横たわっている美女にとってはそれだけで十分だった。彼女は不意に表情を削ぎ落されたかと思う程、急に真顔になると頭を押さえてシーツの中に隠れてしまった。


「奥様!」

「来ないで!」


 突然の行動に美女を気遣うシャロだったが、帰って来たのは明確な意思を持っての拒絶。少女は手を差し伸べるのを躊躇ってしまう。男たちは何も言わずにどう転ぶかを見守っていたが、不意に地下から地上へつながる場所までもが騒がしくなり始めた。


(くっ……他が気になるが、今は目の前の事じゃ……心の底から儂に従う白霊虎がいれば幾らでもやり直しは効く。逆に白霊虎を逃がしたとあっては儂は一生この場で使われる駒に過ぎん……)


 彼の認識は正しく、そして前提が間違っていた。彼としては逃げるとしても魔術陣があること。そして門番たちなどの優秀な傭兵がいることを念頭に置いているのだが、彼らは既に故人となっている上に魔術陣は物理的な障害とはなり得ない形でレインスによって崩されている。要するに、彼はどう足掻いてももう詰んでいる。


「旦那様、いかがなさいますか?」

「……已むを得ん。この女の治療を対価に儂のものになるように進めるとしよう」

「誰が!」

「【隷属環】よ、反応せよ」


 主の魔力に応じて隷属環が締め上げられる。シャロは首を締め上げられ、顔が赤に染まり始めた。だが、彼女は気丈に目の前の男を睨み、飛び掛かる。


「ここでお前らを倒せば……!」

「ほぉ。やってみるといい。そしたら少しお前らの処遇について考えてやる。だが、負けた場合は素直に下るんじゃぞ?」

「……マドルゲ様も人が悪い」


 下卑た笑顔を浮かべる男たち二人。彼らに向かって果敢にも少女は飛び掛かり、戦闘を仕掛けるのだった。






 一方その頃、地下にて。


「何か言ったらどうだ? この俺に勝ったんだからよ……」

「……不意打ちで。だけどね」

「ハッ……そいつが分かってりゃ十分だ……」


 レインスはこの館に突入する時に厄介だと判断した相手を丁度全て片付け終えたところだった。しかし、その代償は安くなかった。不意を衝いたとはいえ、武器は残りサーベル一振りのみ。折れたダガーの刃によって脇腹から、そして戦いの最中で作られた細やかな傷がレインスの身体の至る所から出血を強いており、彼は目の前が霞み始めていた。


「【仙氣】……ハァッ、はぁ……はぁ……強かった。だが、こんな程度で手古摺るようなら、獣魔族相手でも厳しいな……」


 体勢を整えながらレインスは荒れた部屋の中央に陣取っているベッドに近づくとそれに腰掛けて身体の状態を確認していく。


「……まぁ、通常状態でも何とかある程度は戦えるか……痛た……時間もないし、動ける様になったら行きますか……」


 奴隷たちが大脱走をしている気配を扉越しに感じながらレインスは少しだけ休息に入ろうとし……不意に上階に脱走している元奴隷たち気配を感じ取る中で奇妙な気配を感じ取った。


「……あの奇妙な気配、白霊虎? どうしてこんなところに……いや、それよりそれが隠れてたこの館の最後の実力者と戦ってることが、問題か……まぁ、治ってさえいれば別にどうということもない相手だがこのままだと白霊虎の氣がな……」


 奴隷たちの大脱走劇によって館内に魔術陣の反応報告と警報がけたたましく鳴り始めた。その上、報告には火の手が上がっていることまで追加されている。


(これはゆっくりもしてられないか……火もそうだけど、白霊虎が敵に回ると殺しでもしない限りしつこいからな……しかも、大一番が控えているのに万全の状態の白霊虎なんて相手にしてられないし……)


 内心でぼやきつつレインスは休養を欲する自らの身体を叱咤し、動くのに必要な最低限の傷だけはこの場で治療することを決める。後は道中で治療を続けることにしたレインスは急いで周囲のエネルギー回収をして練氣を行い始めるのだった。



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