第11話 突入
ヌスリトの町で情報収集を行っていたレインス。彼はなけなしの小遣いを削って情報を集めた……ということもなく、その辺の人間から無断でカンパしてもらった金を柔軟に使って情報収集に努めていた。そのついでに試し切りも何度か行い効率よく、後に問題を引き摺らずに済むように作業をこなしていた。
「よし……大体わかった。ここで行こう……というより、時間的にもうこれ以上は猶予がない……」
マニュア商館はレインスのお眼鏡にかなう獲物であることが判明してから準備をしていたレインスは日が傾こうとしているのを見て焦り始める。内面がどうであれ、実情において彼は子ども。夕飯までに戻らなければいくら身代わりがいても部屋に入って来てバレてしまう。
(尤も、あの家のこと思い出してきたから適当に誤魔化せるんだけど……)
家の者を誤魔化すことはできる。そもそも頭を冷やすように言って家から追い出したのは彼らだ。その心配はいらない。
加えて、レインスが長いこと戻らないことに関しても誤魔化すことは可能なはずだ。戦闘一族の彼らはレインスが森に入ったところ魔物と遭遇してしまい、戦闘になって何とか勝利したと言いつつ戦利品を見せれば「何だ戦ってたのか」で済ませると思われる。その時に弱い魔物だと文句と不信感を持たれるだろうが、いい塩梅の魔物の死骸を持って戻ればもっと頑張れというお咎め程度で済むはず。レインスにはその自信があった。
(ただ……問題は家以外。当然、最初は父さん母さんで探すだろうし、気配察知の能力があるから自分たちですぐに解決しようと動いて察知の結果、村の中にいないことが分かれば森に行く。でも、あまり戻って来なければ村人に聞きに行く……)
そうなれば面倒だ。戦闘していたで済む両親や兄とは違い、村人にはある程度の常識と良識がある。子どもが一人で森の中、しかも魔物と戦うなんて危ないことをしていれば当然止めるだろうし、その予防に努める。そうなればレインスのこれからの行動に支障が出るだろう。
(……もう急がないとな。もう少し詳しく聞いて安全に行きたいけどもう侵入への目途はついた。準備も済ませたことだし、行かないと)
完全、とはいかないものの既に準備を済ませていたレインスは騙し取った奴隷の首輪を捨て去り、荷物を持って素早く移動を開始する。
(ならず者の集まる空気に染まり切ってる生粋のヌスリト住人相手だ……身体能力的にも不安だし……殺せるときは確実に殺す)
情報では相手の手勢は大したことがないという話だったが、警戒をしておいて損はない。レインスは雑踏に紛れてマニュア商館へと急ぐ。準備をする間に犯行場所に近づいていた彼は程なくしてマニュア商館に着く。
そこにあったのは、大きな屋敷のような建物だった。母屋を囲うようにして高い石造りの塀があり、その塀を囲うように植樹がされている。
見る者が見ればその木々は自身を強固に保護する魔力の他、大気中に微弱な魔力を漂わせていることが分かるだろう。レインスもそれに気付いた。だが、彼はそれよりも光の加減によって時折見える塀上に張り巡らされた何らかの術式の方が気になっていた。
(……見た感じ、一定以上の魔力が陣に触れるとその魔力の持ち者を術者として式が発動するタイプの設置罠だ。周囲に植えてある木々の魔力で平常は維持し、侵入者が来ればその魔力で発動しているらしいな。情報通り……)
塀の周囲にある木々に身を隠し、周囲に察知されぬように気配を殺したレインスは塀の上を睨んでそう考える。
強固な塀を破壊する、もしくは一定の体躯がこの高い塀を超えるのであれば魔力を用いて身体能力を向上させるなどの必要があるが、魔力を使用すれば内部に通達が行く。この世界での至極一般的な防犯システム。専門知識もない一般人が正攻法で侵入するのは難しそうだ。
(さて……じゃあ、切り崩しますか)
そんなトラップを前にして彼は何ら気負うことなく内心でそう呟くとサーベルを抜いてその刀身に仙氣を宿す。
そして彼は石造りの塀をまるで粘土のように切り裂いた。しかし、それは向こう側には微かに至らない。そのため、ここにはあたかも普通に壁が存在するかのようになっていた。
それこそが彼の狙いだった。罠を作動させずに奴隷の逃げ道を作ることで逃亡者たちの存在を館の主に知らせて注意を逸らすと同時に逃走車の経路を絞ること。
この二つがこの壁を残したの意味だ。レインスは己が為した所業を見て満足げに息を吐くと、そこに幾つかの武器を忍ばせておく。レインスが逃がした奴隷たちがこのまま通りを行き、ここにある武器で武器商店を襲い武装すれば……
そんな願いを込めつつ、彼自身は別の場所に向かって移動して木と仙術を利用して塀を超える。警告音は作動せず、内部に誰かが待ち受けている様子もなかった。
(……時間もない。壁に目印だけつけて片っ端から逃がしていくか……出来る限りの混乱を招けますように……)
秘密裏に、しかし大胆にレインスは行動を開始した。侵入経路に正面口こそ使用していないもののまさかの正々堂々とした裏口侵入だ。そこに居た使用人を痛みさえ感じさせずに即座に永遠に眠らせると彼は移動を開始する。
(……氣を辿るに、上は人が殆どいない。逆に下は敷地の割に人口密度が凄い……
強そうなのは四人か。門番と上に一人と、下に二人。後はまぁ……混戦になっても何とかなるレベルかな。後一人、気になる気配もあるけど……)
周囲の状況を確認しながら歩を進めるレインス。
(……ビンゴだな。外からの侵入者に対する
噂通りだと納得しながら地下の監視役を無力化し、ゆっくりとレインスは周囲に目を向ける。慎重に慎重を期した動きだ。
(……さて、ここからが問題なんだが強いのが二人固まっているのがいただけないな……不意打ちで一人殺ってから動くのでもいいがリスクがデカい。上にいる奴を殺してもう売却済みで身形をある程度整えられつつある上の奴隷たちを扇動し、上の動きに下の二人が両方反応して動けば別ルートで下を扇動。もしくは片方のみが動いた場合は分断したところを不意打ちで各個撃破するかだな……)
どうやら実力者ながら文句はあっても辞めるには惜しいだけの給料で飼い殺しにされている二人はここにいる傭兵の日常についての事前情報通り、憂さ晴らしに奴隷で遊んでいるようだ。二人の前にいる何者かの氣がどんどん弱っていくのが分かる。
だが、レインスはその見知らぬ誰かを救うために動こうとはしない。レインスは自分のことを勇者などと考えておらず、普通の人間だと考えているのだ。だから彼は困っている人を全て助けようとも、困っている人のために無鉄砲に動くこともしない。自分に出来ることを出来る範囲でやる。それだけだ。
「上だな……気になる気配があることだけ気を付けるとして……」
決めたことを守る為にレインスは黙って静かに、しかし素早く移動を開始するのだった。
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