第10話 下調べ

 怒りと共に森を抜けたレインスは現在、ヌスリトの町に入っていた。


(……仙術を使うまでもなかったな。警戒して来たのが馬鹿みたいだ……)


 突破した感想をレインスは内心で抱く。方々から恨みを買っているというのに、ヌスリトの町の警備はザルにも程があった。だが、流石に町の中に入るとある程度の設備の場所には腕が立つ人がいるらしい。いかなレインスとはいえども侵入して目的を簡単に達成出来るとは思えなかった。


(尤も、方法は幾らでもあるんだが……)


 しかし、斥候として単独で敵拠点の混乱を実行することにかけてレインスは前世でそれなりに自負できる程度には熟してきた実績がある。

 今回、彼が使おうと考えた手法はこの町の一大事業である奴隷産業の商品、即ち奴隷に扮する事。そのためにはまずはその辺にいる奴隷を捕まえてその象徴である首輪を手に入れることが必要だった。

 首輪の色艶や本人の姿などを判断基準として比較的まだ元気のある奴隷、洗脳が済んでいない奴隷を探し始めるレインス。これは洗脳済みであれば次工程に移る前に主やそれに与する者へ報告されてしまうこと。そして長期間奴隷として働くことで現状を受け入れたり逃げ出す元気すらなくなってしまった奴隷では次工程が実行できないことに由来する。


 しばらく歩いて当該者を見つけたレインスは該当者にチョーカーが壊れているが大丈夫かと問いかけに向かう。最初は首輪の事だと気付かない男だが、チョーカーと呼んだ物が首輪であると気付くと今度は逆に「そんな美味い話があるか」と信じなかった。

 だが、レインスが実際に首輪に触れて外すとその後はどうにでもなった。その辺をうろつく程度の安い奴隷が持つ首輪程度であれば適当な金属に仙術で空気を固定して作った簡易鍵で破るのは造作もない。隷属環には解錠対策に魔力に反応する陣がついているが、仙術であれば反応しないで通せるのだ。


「ありがとう。何て言ったらいいのか……」

「どういたしまして。でも、これ貰っていいの?」


 レインスは首輪を隷属環ではなくチョーカーの一種だと思い込んでいるそれなりに裕福な子どもを装って男に問いかける。仮にも初代勇者の右腕だった一族の出身である彼の衣服や姿という外見。そして長年の技術による内面偽装にかかればその程度の擬態は簡単だ。


「あぁ、もう俺には必要のないものだから……じゃあな! もう二度と会うことはないだろうけど!」

「うん。じゃあね」


(まぁ逃げ切れるとは思ってないけど。応援だけはしておくよ)


 内心で突き放すレインス。今、解放した彼の今後は明るくはないだろう。恐らくは捕まるか、逃げきれたとしても経済難で再び奴隷に戻ることになる。彼は今、奴隷という環境から逃げ出す事が出来た幸福で後のことを考えていないが、ここで逃げても運命の大局には変わりがないというのは明らかだった。

 レインスが手出しすれば何とか出来なくもないが、彼の人生にそこまで興味はない。好奇心に振り回されると自分の道を歩めなくなってしまうのは前世で嫌と言う程体感して来た。


(どうせ捕まっても首輪が壊れたと言うだけだろうし、そもそもここに居るような碌でもない連中が奴隷なんていう物の話を真面目に聞く訳がない。尤も、問題が起きてからなら別だろうが……その頃にはもう俺はここにいないし問題ない)


 最後に自分の心に念を押して彼は首輪をつけて歩き始める。この町では奴隷とは見慣れた他者の物であるため、さほど関心は持たれずに移動できる。加えて、仙術で自分の存在を掻き消しているのだから最早無人の野を行くが如くレインスは自由に移動できた。


(……流石戦場の墓荒らし。武器や防具が多いこと多いこと……どうせ盗品なんだからいいのを一、二本ばかり持って行っとくか……)


 そんなレインスが道を行く間に目に入ったのは供給過多で投げ売られている武器や防具。流石に魔具ともなるとそれなりに高価で盗難対策を打たれていたが、碌な目利きがいないのか、魔力の通っていない無銘の業物などが露店でごろごろ転がっていた。その内、適当なあたりをつけてレインスは半曲刀型のサーベルとダガーを三本盗んで移動を再開する。


(っとと、流石に抜き身で持ち歩くと違和感があるか……にしても、中々よさそうな刀だなぁ……当てるだけじゃなくて試し切りしたくなってくるな……)


 物騒な考えを抱くレインス。だが、仙術で隠せる違和感にも限界があるので勘のいい者と鉢合わせにならないように、仙氣での感知範囲を広めて移動を早める。

 だが、計画のために冷静に行動するよう心掛けつつも心の半分くらいは新しい刀を試したい衝動に駆られていた。


(あまり長居すると問題が発生して面倒になる可能性が高い。早いところ斬りたいじゃない、襲撃のターゲットを定めたいところだが……この町が外部どころじゃないってなる大規模な混乱が期待できそうな戦闘奴隷用市場は流石に硬いな……適当にやって逃げる程度の慣らしには厳重な警戒がもってこいだが、今回やるのはそうじゃない。失敗が許されない状況。相手のホームで戦うとなると戦闘奴隷市場じゃ目的達成が難しそうだ……)


 レインスは前世の記憶を基に奴隷市場を見定めていく。魔王の進撃に伴い活性化した魔物や魔王軍との戦闘が激化している現状、奴隷市場でも戦闘奴隷の商館は冒険者ギルドと組んで独立したギルドになっていたはずだ。だが、見たところ襲撃に成功して武装蜂起が期待できる戦闘奴隷たちは流石に厳重に抑え込まれているようだった。隷属環も一般のものではなくきちんとした魔具が使われており、レインスも解錠に手間取るランクの物が多数を占めている。


(冒険者ギルドが回してるんだろうな……)


 戦闘用奴隷たちの魔具は恐らく、冒険者ギルドが集めた魔石から作った魔具だと思われる。そこまで肩入れをしている状況、商館に混乱が陥ればすぐに通報が行き冒険ならず者たちが現場に駆け付けるのは間違いないだろう。


(と、なると一般奴隷とか性奴隷が無難なところか……)


 だが、一般用労働奴隷たちはそこまで厳重に管理されていない。する必要がないからだ。レインスは魔力が少なく気配が多い場所を探りながら移動を続ける。障害が少ない場所を求める彼は気配を消して獲物を探す。


(……仮に失敗したとしても町の中で疑心暗鬼が生まれれば目を逸らす事に成功とはなるからいいんだが……)


 中々いい感じの獲物が見当たらない……レインスがそう考えた丁度その時。気になる言葉が耳に入って来た。


「あれ? 赤熊が昼間っからうろうろしてんな。珍し……って酒臭っ」

「あー、あんまり近づかない方がいいぞ。何でもマニュア商館が奴隷として拾って来た奴で安く護衛を済ませることにしたらしく、首になったんだとよ」

「は? マニュアって一般奴隷商とはいえそれなりにデカいだろうが。赤熊っつったらデリュアで名が知れてる奴だぞ? それがなぁんの裏もなくいきなり義理まで切ったってか?」

「みたいだな。まぁ、でもデリュアの方には金払ってるみたいだぜ。赤熊の取り分そのまんま上に送ったからすぐにこれクビってわけだ。文句つけようにも金貰ってる上が睨みつけてるから何も言えねぇんだろ。じゃなきゃアイツはすぐ火を点けに行ってるよ」


 親指で首を切るジェスチャーをしながら他人の不幸を酒の肴にする荒くれども。彼らの声は結構大きいが、気に留める素振りもないようだ。


「かーッ! 世知辛い世の中だねぇ! 何をするにも金金金ってか! 何でも削減すりゃいいってもんじゃねぇと思うがね! 俺は!」

「おっ、いいこと言った。んじゃ、ここはお前さんが多めに持ってくれ。俺の懐は寒くてこれ以上減らせねぇ」


 大して上手くもない言い回しだが、酔っている男たちのジョークとしてはそれで充分だ。しかし、酔っているが故の散漫な注意力では忍び寄る不幸に気付くことは出来なかった。

 彼らの下に、大きな人影がやって来る。その影はそのまま二人の方に丸太の様な腕を回して笑顔で言った。



「そうだな! テメェら……俺の不幸を肴に酒喰らってんだからその分はしっかり払ってもらおうか! 酒だ酒! それから肉持って来い!」

「「げっ!」」


 慌ただしくなってきたテーブルから離れ、レインスは一人考える。次の行動指針となり得る情報を探していたところにいい感じの話が舞い込んできた。

 どうやらマニュア商館という奴隷商館がこの町の武装勢力であるデリュアという組織ときな臭い関係になっているらしい。一連の話を聞いていたレインスは不気味に笑う。


(へぇ……何ともいい感じの火種が転がってた。他のは燃やすのに大がかりな仕掛けが要りそうだったけど……これならちょうどいい感じだ)


 流石にアウトローの町だけあって幾らでも火種は転がっていたが、今回聞いた話が一番規模と難易度的に丁度よさそうだ。この話の裏が取れ次第、マニュア商館に向かおう。そう決めたレインスは更なる行動を開始するのだった。



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