第23話 全治

 曇天が続いた日々が終わりを告げ、日差しが温かな陽気を告げる日。激闘から数日が経ってからレインスは目を覚ました。上体を起こすと体は不承不承と言った態を隠しはしないが、比較的素直に持ち主の意図に従ってくれている。


「痛た……」


(ん……だけど生きてるし、四肢が体についてる……よかった)


 そんな彼の様子を元々この部屋には存在しなかったベッドから見る者がいた。彼女は眠そうな細い目でレインスの様子を見ると目元を擦り、伸びをする。すらりとした腕が掛布団から出て来ると彼女はゆっくりと上体を起こしながらレインスに告げた。


「ん……! やっと目を覚ましたのかい! おっと……違う。うぅん、無理するんじゃないよ?」

「はーい……」


 隣のベッドからのそりとレインスの方に寄って来てそう告げると彼女はトイレのために部屋を後にする。彼女の正体はレインスの家を拠点として未だに前線に戻ることなくこの地に留まり続けている戦乙女、勇子だ。


(誰だ?)


 しかし、レインスは未だ彼女が誰で何をしているのかを知らない。何がどうなって今があるのか。それを知るのは少し後のことになる。同時に、彼は後悔する羽目になるのだ。

 それはさておき、部屋を出て行った勇子と入れ替わりでレインスの部屋に入って来る少女がいた。この家の居候であるシャロだ。彼女は勇子が上機嫌になっているのを見てレインスが無事目覚めたことを理解し、部屋に駆けこんできたのだった。


「レインス……大丈夫?」

「……おかげさまで。何がどうなってるのかはさっぱりだけど。誰あの人」

「北部戦線の戦乙女さん。名前は……モチヅキ・ユーコ?」

「望月、ユーコ……?」


 その名を聞いてレインスは完全に意識を失ってしまう前の光景を思い出す。そして先程の眠そうにしていた彼女の姿も思い出し、疑念を深めた。


(勇者の名前とほとんど同じ。本当にユートの知り合いか親戚? だとすると非常に困るんだが……)


 シャロの口からは彼女がどれだけレインスのために頑張ってくれたかが続いているがレインスはそれを聞き流しながら考える。


(……警戒した方がいいな。目的が分からない。もし、獣魔将との戦いを見て勧誘したいという話になると困るから今の内に……)


「レインス、聞いてる?」

「聞いてる。お礼は言わないとな」

「お礼……あ、ごめん。私もお礼」


 レインスの言葉にシャロは反応する。レインスが目を覚ましてからまずは何よりも先に言おうとしていたことがレインスの問いかけに答えるということを優先するあまりに抜けていたことに気付いたのだ。


「守ってくれて、ありがとう」

「…………うん」


 かつての世界で幾度となく言われた言葉。だが、今回のこの言葉は重みが違う。誰にも知られるつもりのなかった自己満足。かつての自分が出来なかったこと。


 それらを成し遂げた実感がようやく彼の胸に染み渡っていく。


「お待たせ……あれ?」

「……じゃ、じゃあ。また……」


 レインスが万感の思いに浸っているところに勇子が戻って来た。思いの外レインスが感じ入っていることを受けて気恥ずかしくなったシャロはそのタイミングで逃げ出してしまう。残された勇子は首を傾げながらも気にしないことにしたらしい。レインスの方に近づいてベッドに腰掛けた。


「さてレインス。単刀直入に聞くけど君、転生してない?」

「?」

「……あれ? 転生じゃわかんないかな……一応、この世界でも転移者たちが伝えてる言葉のはずなんだけど。じゃあ、レインス、僕たちの戦いの記憶、あるでしょ?」

「なにいってるの?」


 レインスは努めて子どもの演技をわざとらしくないように行った。内心では滝の様に汗を流していたが。


(マズいマズいマズい。何でこいつ……こいつ、本人か!)


 直感で理解するレインス。確証はないが、恐らくはそうであることが分かった。そうでなければ目の前にいる人間はあまりに純粋な目で狂っている。


「んー? レインス……あれ、もしかしてピンチにならないと出てこないタイプの転生? ……まぁ、一緒に旅してればその辺のことも分かるか」

「え、旅?」


 知らないところで話が進もうとしている。レインスとしては絶対に避けたい話だ。しかし、目の前の彼女は聞いていない。


「そう! 一緒に世界を救おう! 君は強いんだよ! レインス、僕を助けてくれないかな!」

「えー……? 何で?」

「な、何で? 何でって言われたら……うぅん……み、皆を守るために僕だけだとちょっと、不安と言うか……」

「お姉ちゃん強そうだし大丈夫だよ。それに、僕より父さんとか兄さんの方が強いよ?」


 勇子から帰って来たのは予想外の返事だったが、畳みかけるレインス。レインスの知る勇者であれば年中説明力の不足に悩まされているはずだ。前世ではその圧倒的な力と勇者という背景から大人たちが空気を読んでくれていたが、今ここにいるレインスはそんなことしなくていい。旅など真っ平ごめんなレインスは空気を読まない子どもとして押し切ることにした。


「いや、レインス、本当の君の方が強いんだよ。僕一人じゃガフェインに傷一つ付けられなかった」

「ガフェイン? 誰?」

「あれ? えーと……そこから? どうしよ……そうなんだよなぁ。こういう時にレインスがいれば……」

「僕、ここにいるけど」


(……あぁ、成程……また俺に苦労させようと思ってここにいたのか……)


 内心で生温い目をするレインス。前世でも彼は会話に窮すとレインスに助けを求める視線を案件ごと投げつけて来ていた。獣魔将との戦いを見て前世の意識があると見てその辺の周辺介護をやらせに来たのだろう。


 お断りだった。


「あーそうじゃなくてね。えーと……レインス、今、見てるだろ? 僕が困ってるの分かってるだろ。出て来い」

「何言ってるの?」


 先程よりも強めの不信感を自然な表情に織り込むレインス。それを見て勇子は唸り声を上げる。


「うー……そういうタイプの逆行転生かぁ。困ったなぁ……それじゃ無理させる訳にもいかないし……まぁ着いて来てもらってその中で色々見ていくしかないか」

「何言ってるのか分かんない。怖いよお姉ちゃん」


 ここでレインスは切り離しにかかった。怖いと言われた勇子は敏感に反応し、修正にかかる。だが、それが逆に露骨な感じが出ており問題となった。


「こ、怖くないよ? 大丈夫だよ?」

「何が? 僕ここにいるのに出て来いとか、たましい取る気なの?」

「ちょっと待って、君からそういうことを親御さんに言われると僕が連れ出し難くなる」

「どこか連れてく気なんだ! お母さーん!」


 怯える子どもの図を見事に演じたレインスはそのまま逃亡を図る。しかし、勇子の剣を握るには華奢に見える手によって口を封じられた。


「ふ、ふふふ……この子には悪いけど、この際、窮地に陥ったと勘違いしてもらってレインスを呼び出そう」

「むがもご」

「ごめんねー? 大丈夫だからねー?」


(こちらこそ好都合だ。この状況、見られたらどうなるかな?)


 何とも情けない体勢でほくそ笑むレインス。この状況なら完璧な形で自分は悪くないと持って行ける。その上、相手が怖いという事にも信憑性が出るだろう。そうなれば一緒に旅に出るなどしたくないという名分が出来る。


「……マズい。出てこない……ひょっとして僕、今結構マズいことしてるよね」


(遅いんだよ気付くのが。毎回……)


 苦労していた日々を思い出すレインス。だが、今回は彼女の横にいた誰かが面倒を看てくれているのだろうと適当に考えて気にしないことにした。


 果たして、階下の母親がやって来てレインスと勇子を引き離すまで時間はそうかからなかった。ここにレインスの策は成就し、勇子の考えは破綻することになる。



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