第22話 帰還
村に辿り着いた三人を待ち受けていたのは二人の少女とレインスを捜索していた村人だった。彼らは血塗れになっているレインスを見て騒然とする。
「レインス……! すぐ、治療する、返して!」
そんな中でレインスを待っていた少女、メーデルは一歩前に出て強い口調で重傷のレインスの返還を求めた。それを受けて村にやって来た少女は驚く。
「君は……もしかして、メーデル?」
「何で……」
いきなり名前を言い当てられたためレインスを抱えた少女を警戒するメーデル。しかし、レインスの容態が気になるのか大人たちが下げようとしても大人しくは引き下がらない。その様子を見ていた少女はふっと笑った。
「メーデル、君は確かに素晴らしい光魔術の使い手になる。けど、今は僕たちに任せてくれるかな?」
強い不信感を表情に乏しいはずの顔で表現するメーデル。しかし、大人たちはそれよりも大事なことがあるとメーデルの不信に取り合わない。
「あんた、この子に何があったのか知ってるのか!? こんな血塗れになって……」
「近くに魔獣軍が来ていました。この子は勇敢にもそれを止めようとしてこの状態になったのです。すぐに治療の準備を! 治療は僕がやります!」
強い口調でそう告げる少女。その言葉には人を惹き付けるカリスマの様なものがあった。村人はたじろきながら彼女の素性を問うた。
「あ、あんたは一体……」
「望月
その名を聞いた途端に村人の警戒が薄れる。それどころか歓待のムードまで浮かんできた。
「こ、これはこれは……おい、シャロ。すぐにヘラジラミナ家の人たちに連絡してくれ」
「……わかった」
「メーデルは……おい、メーデル?」
何やら祈るようなポーズになっている彼女を見て村人は疑問の声を上げる。そんな彼女を見て勇子は目線を合わせて告げた。
「大丈夫、僕に任せて」
「…………でも、お手伝いくらいは」
「うん……それくらいなら」
優しく頭を撫でられるメーデル。しかし、彼女の心を推し量ることは出来ていなかった。彼女は悔しかった。自分たちのために頑張り続けていたレインスがこんなにも傷付いているのに何も出来ないことが。
(レインス……ごめんなさい……私じゃ治せない……)
彼女の無表情な顔は何の色も浮かべてくれない。だが、心の中で涙を流しながらメーデルはレインスの治療を開始する。
その同時刻、別の場所でも同じ様に自身の不甲斐なさを悔やんでいる幼い少女がいた。彼女は目的となる人がいる場所をすぐに音で聞き分けると全速力でその方向に駆けていく。
「おじさん」
「シャロか! いたのか!」
レインスの父、レナードの場所はすぐに分かった。シャロがギルドに持ち込んだ獣魔族の首のおかげで村中が既に厳戒態勢に入っており、村の自警団のトップに彼はなっていたからだ。武装した者たちが防具をぶつけながら移動する音は静かな村の中では目立つ。それを聞き分けて移動したシャロは周囲の注目を集めることを無視してレナードに話しかける。
「うん……でも、大変。血まみれ」
「どこに! ……ッく」
すぐに反応するレナードだが、周囲のことを顧みて深く目を瞑り、眉間に深い皺を刻んだ。そして毅然とした顔で告げる。
「すまんが俺は行けそうにない。マドレア、頼んだ」
「シャロちゃん、レインスはどこなの?」
「こっち」
すぐに向かおうとして自分の使命……村の自警団の統括という役目を思い出し、その場に止まることを選択したレナード。彼は代わりにレインスの母の名を呼び、彼女に託した。そんな彼女を先導する形で走り出すシャロ。幼いという表現が付きそうな少女の身体と言うのに大人の全力疾走を遥か後方に置き去ろうとしていた。
「ま、待って……」
「ん……」
「ごめんね」
「ん」
短いやりとり。通常ならばこんなことはないのだが、この時のシャロには後方を気遣う余裕がなかった。対するレインスの母、マドレアも自身の身体に異常を覚えているが、この時ばかりは無視をした。
「大丈夫?」
「えぇ。ごめんなさい。行きましょう」
「ん」
そんなやり取りを交わしながら移動していく二人。そして現場に戻るとそこでは横になって淡い光に包まれているレインスの姿があった。
「【
「きゅ、【赦し《キュアラシル》】」
「メーデルちゃん、無理はしなくていい。この傷はそういうものじゃないから……ふッ【
二人掛りでの治療。こうも回復魔術を連発すれば過剰回復が警戒されるものだがレインスのケースではそんなことを気にしていられる程状態は良くなかった。これだけの術式を施しても今のレインスは辛うじて命を繋いでいる状態なのだ。
「【癒し《キュシル》】……」
最早、中級魔術も使えなくなったメーデルが初級魔術に切り替える。それを見てマドレアが彼女を下げた。
「メーデル、ありがとう。ここからは私が……【赦し《キュアラシル》】」
「……ごめんなさい、私がもっと頑張れれば……」
村一番の膨大な魔力量を誇っていた彼女の魔力が尽きかけている。それだけ回復魔術を掛けたというのにレインスは未だに意識すら取り戻さない。その事実に様々な感情を抱くメーデル。悲しみ、不甲斐なさ、自分への怒り……そんな感情を抱きながらもそれらを上手く表現できずに薄っすらと涙を浮かべることしか出来ない。そのことが何より腹立たしかった。そんな自身を責めているメーデルに勇子は声を掛ける。
「メーデルちゃん。ありがとう。よく頑張ってくれたよ……すみませんが、そこの方、お手伝い願えますか?」
続けて声を掛けられたマドレアに嫌と言う選択肢はない。自分の息子なのだ。死にかけている我が子を見て無視できるほど彼女は冷淡ではなかった。
「勿論。私の息子ですから」
「……! そうでしたか。でしたら、よろしくお願いいたします」
「はい! 【赦し《キュアラシル》】!」
「【
治療が再開される。メーデルは勇子の姿を見ていた。光の上級魔術。それは彼女がこれまで見たことのない術式。レインスの寸断され、ぐちゃぐちゃに乱れ切っていた身体の内部を癒していく。それは否が応でもメーデル自身の未熟を実感させるものだった。
そんな彼女の横でシャロもまた、悔しさを感じていた。
(私がもっと強ければ……)
シャロとて白霊虎だ。一緒に戦う事は出来なくてもサポートくらいは出来たはず。しかし、今の彼女にはあまりに経験が不足しており、レインスに言われるがままのことしか出来なかった。最終決戦も参加どころか見ることすら断られたのだ。何かあった時に庇い切れないとして。
そしてその判断は正解だった。遠く離れた場所からでも感じ取れる圧倒的な力の奔流は勇敢な白霊虎のシャロをして助けに向かおうとするのに二の足を踏ませるに十分なものだったのだ。
だが、そんなことより何よりも彼女が悔しかったのは一瞬でも行かなくていいと言われておいてよかったと思ってしまう自分の弱さだった。今、シャロの目の前で倒れている彼はヌスリトで自分と自分の家族同然だった者たちを助けてくれた。
だがしかし、自分は何もしていない。それどころか、その恩人が危険な場所で一人戦っているのを感じ取って自分には関係ないと安心してしまったのだ。白霊虎の誇りはどこへ行ってしまったのか。その思いがシャロの胸を苛んだ。
(どうか、治って……私はあなたにまだ何も返せてない……)
その思いが通じたのかレインスは喀血すると共にうすぼんやりと意識を取り戻す。何が起きているのか理解できていない彼だが、このまま死んでなるものかと体内の仙氣を回し始めた。
「よ、よかった……もう少しです! 【
「はい!」
回復魔術の効果が出た。これでようやく峠を越したと見て安心する勇子。そんな勇子とマドレアの必死の努力によってレインスは一命を取り留めたのだった。
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