第24話 ある晴れた日 上
レインスが目を覚ましてから月日が流れ、季節が移ろうとし始める頃。レインスはそろそろ完治しようとしていた。
その間、勇子の勧誘は止まることはなかった。いい加減に北部戦線に戻らなくていいのかと疑問に思ったが、ガフェインが負傷している上にそちらにはウシワカが行くので大丈夫という返答と獣魔将がこの近辺に出た以上、周辺の安全を確認するまで駐留するのも仕事という返事を貰うだけだった。
「レインスく~ん!」
「あぁもう、また来た……」
「大変そう」
「諦めてくれればいいのに……」
勧誘は他の人と話していても勇子が何か説得できそうだと思った時であれば常に続いた。それは今の様にシャロと話をしている時もだ。
だが、流石に今日は止まってくれたらしい。
「お、シャロちゃんか……そっか。その荷物……」
「ん……学園都市、行きます」
「今日にしたんだ。明日の便でもよかったのに」
今日、シャロはこの村を出立する。彼女が向かう先、学園都市へシャロの推薦状を書いた勇子はすぐに察した。その上で彼女は流石に空気を読んで退散してくれるようだ。
「そうか……じゃあ、レインス。僕との話はシャロちゃんとの話が終わった後で」
だが、それはそれとしてしっかりとレインスとの約束は取りつけようとしていた。その言葉に肯定も否定もせずにレインスは勇子を見送る。
行く気はない。しかし、それを言うとまた面倒になるので言う気すらなかった。
そんなことよりもレインスはシャロとの話の方が大事だ。
「じゃあ、話は戻るけどそっちも頑張って。ただ、俺の事は……」
「分かってる。白霊虎の名に懸けて」
「そうか。ならいいけど……」
自身の存在の隠匿に関して再度、念を押しておくレインス。勇子の絡みでシャロが約束を守るとは理解していても怖いものは怖いのだ。彼は隠匿生活を送ることを諦めていない。シャロはそんな彼のことを勿体ないと思いながらも頷いた。
「……レインス、私頑張る」
「うん、行ってらっしゃい」
「手紙、書く。読んでね?」
「うん」
乙女心の分からないレインスは彼女が本当は何を言いたいのか理解しないまま軽い返事をしていく。しかし、レインスにとってはそれでいいのだ。例え彼女の本心が分かっていたとしてもレインスの態度も返事も変わらなかっただろう。ただそれだけのことだ。
「じゃあ……私、打ち合わせ? あるから」
「頑張ってね」
手を差し伸べるレインス。握手をしようとして差し出した手。その内側にシャロは入り、そのまま彼を抱きしめた。
「え……」
「……無理しないで。私が戻ってくるまで、元気でね」
「君こそ。俺が迎えに行くまで……じゃない。俺の事はいいから自分のことを優先して頑張るんだよ」
「うん……」
ちょっと変なのが出かけたが、まともな応対で済ませるレインス。彼女がこれから向かう学園都市であればこの村まで馬車で数日もあれば来れる範囲だ。レインスにとってはそこまで離れているとは思っていなかった。
だが、子どもにとってはまた違う意味を持つ。少なくとも、この間まで屋敷の中で暮らし、奴隷商に売られたシャロにとってまだ見ぬ世界はかなり広いもの。また別れというものも酷い経験しかないものだ。心細いのも当然のこと。
そんな彼女にレインスは笑いかけた。
「心配しなくていいから。シャロならどこでも大丈夫。俺が保障する」
「……レインス」
「それに、村の外は楽しいみたいだぞ? メーデルはそう言ってた」
先に村を出たメーデルのことを引き合いに出すレインス。彼女は教国に出て既に聖女としての認定を受け、村にまでその報が飛んでいる状態だった。彼女に比べれば自分はまだ戻ってきやすい。そう考えたシャロはもう一度だけレインスをキツく抱きしめてから彼を解放した。
「ばいばい、またね」
「うん」
そう言い残すとシャロはギルドに向けて駆け出した。それを見送ってから後方にある気配を感知し、レインスは内心で溜息をつく。
(分かってるけど、避けたら俺の特異性を認めるものだからな……はぁ)
驚く準備をして来た道を引き返すレインス。その前に勇子が姿を現した。それを受けてわざとらしくないように驚いて見せるレインス。ごく自然な演技力。まだ勇子に演技がバレたことはない。
「びっくりしたぁ……何でここにいるのさ」
「後で来るって返事くれなかったから待っておいたのさ。で、今回は僕も色々と考えたんだけどね……」
(どうせまた碌でもないことを考えたんだろうなぁ……)
内心で呆れ顔、ついでに顔にもそれを思いっきり出しておくレインス。その顔を見て勇子は少し顔を引きつらせるが、彼女は何故か得意気に言い放った。
「どうして君が僕の旅について来てくれないのか。それを考えたんだよ」
「なんか危なさそうだし……」
「そう、だけど本当の君はそれを克服する勇気がある! で、それを出せない理由を考えたんだよ」
「えー……何でユーコさんが……」
生意気な子どもの演技を続けるレインス。しかし、内心では最大級に勇子を警戒していた。前世の経験からしてこういった時の彼……今は彼女だが、こういった時の彼女は大抵碌でもないことを考えているのだ。
「それは、君が守りたいと思う人がこの村にしかいないから! 前世の君はごほんごほん。違う。世界を知ってもらえれば、いい人たちがいっぱいいるからこの人たちのためにってなるはず!」
(……ごめん。君と旅して広く世界を知った結果がこれ。俺がいなくても兄さんが助かったんだからそっちでお願いします……)
内心で勇子に詫びておくレインス。だが、それを言う訳にもいかないので表向きにはまた前世とかよく分からないことを言っているという白々しい目を向けているだけだ。だが、今回ばかりはその無反応はよろしくなかったらしい。
「ふっふっふっふ……因みに、君のご両親は僕の熱心な説得に頷いてくれたよ。学校には行かせてくれるって」
「え……勉強する場所でしょそれ……聞いたことある。行きたくない」
「お友達たくさんできるよ~みんなで遊ぶと楽しいよ~? ほら、村のお友達は皆学校に行ってるよ。君だけになっちゃうよ」
これは困った事態になった。レインスは目の前の美少女の顔面を思い切り膝蹴りしたい気分になる。既に捻じ曲がってしまっているレインスの予定だが、この後、適当に実家暮らしを続けて兄が騎士団に認められてその道に向かうことで自動的に空く道場の師範の座を狙っていたのだ。
それが学校送りとなるとボロが出る可能性が顕在するようになる。しかし、ここで断るというのも無知な子どもを装っている以上難しい。学校に嫌なイメージを持っているだけでは両親を説得済みな勇子には勝てないのだ。
「えー……楽しいって、そんな話聞いたことない」
「大丈夫大丈夫。今からレインスが行くところは学園都市って言ってね。この村から遠くはないし、すっごい面白いところらしいよ」
(最悪じゃん! こいつ、学校とか言ってたからその辺の……近くの町の学校かと思ってたらシャロの後を追わせる気か! 普通のガキをその道のエリート養成学園都市に向かわせる気かよ! 何考えてるんだ!)
さっきの別れが台無しだった。
学園都市。シャロが行ったそこは教国北部にある学生と教職員たちを集めた魔術都市だ。確かに地理的にはレインスの村から遠くはないが、馬車で数日かかる距離であるし、
「学園都市って……学校じゃないの?」
「学校はそこにいっぱいあるよ~レインスにはその中の一つに入って欲しいんだ」
「……お父さんとお母さんに聞いてみる」
既に詰みかけている道筋を歩まされるが如く、レインスは実家に戻る。そして彼は望まない結果を聞くことになるのだった。
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