第6話 滑った
突如レインスを襲った頭痛。それは彼とメーデルが最初に出会った時に見た光景と同じものを見たことで生じたようだった。ごく短時間、一瞬にも満たない時間にデジャヴが生み出した頭痛に苛まれるレインスに目の前の可愛らしい少女は問いを重ねる。
「みんな、私には表情がない、何を考えているか分からなくて怖いって言って避けるけど……あなたは違うの?」
レインスの前世でも投げかけられた問い。その時の答えは即座に「違う」というもので、村の中では仲のいい友達になったはずだった。尤も、実際はそうでもなかったようだが。
(……いやまぁ、別にいいんだけど。兄貴と俺を比べれば誰だって兄貴の方に生きていて欲しいと思って当然のことだから。別に、ね……)
暗い考えで自分を納得させて平静を保つレインス。冷静になると次にどう答えたものかと悩み始めた。
(んー……まぁ、別に本来は悩む必要もないことなんだが……ここでどう答えようともメーデルの好悪は大して変わらなかったみたいだし正直に答えようかな……)
ここで何を言おうとも大勢には影響しないと判断したレインスは首を捻った後に答えた。
「違うかなぁ……」
「……どうして?」
「怖くないし、何を考えているか分からないってこともないから」
「そうなんだ……」
過去の自分の答えよりも大分ふわっとした返事。勢いで押し通した過去に比べてメーデルは微妙に納得いかない感じを滲ませている。
「うん。例えば今は微妙に納得いっていない感じ」
「……それは、
レインスの言葉にメーデルは突っ込みを入れる。だが、レインスは更に笑いながら続けた。
「今の納得いってない感じはもっと強い、かな?」
「む……」
これ以上続けても泥沼だとメーデルは口を紡ぐ。しばしの沈黙の後にレインスは続けた。
「あ、今は呆れてるかな?」
「もう……わかったから」
「じゃあよし。メーデル、君はみんなが言うことに惑わされて自分を見失っていたみたいだけど僕から見れば君は普通よりとびっきり可愛いだけのただの乙女だよ」
直後、レインスは自分の頭を手近な木に叩き込む。メーデルはレインスの言動によって二重に驚くが、そんなことレインスにはどうでもよかった。
「……今のは忘れてくれると嬉しいかな」
「わ、わかった……」
「うん。よろしく……」
(……死ね俺。気持ち悪いにも程がある……アァァァァァアァァァッ! 頭と口が滑った! ついでに空気も滑ってる! もうやだ……)
過去の自分の習慣に精神を殺されて蹲りたい気分のレインス。後ろをついてきているメーデルは何だこいつという目をしていた。額から血を流すレインスは切実に死にたくなった。
(はぁ……まぁいいや。俺が居なくなるまでの辛抱。どうせ村を出れば二度と関わることはないし……教会に入ってからのこいつはいい人になるからこの話を広めることはないと、信じる……)
仮面を被った上で何を言ってもダメージはここまで受けなかった。だが、今回は口が勝手に言ったとはいえ本人が本人として言った事であるため、被害ダメージが甚大だ。コラテラルダメージでは済まない。
「えっと、大丈夫……?」
(幼児に心配されてる……その状況が大丈夫じゃねぇ……)
そう思ったが口には出さずに大丈夫と返しておく。しかしよくメーデルの視線を見れば彼女が気にしていたのはレインスの精神状態ではなく額の傷のようだ。心配そうな眼差しを俯きがちに向けており、手を祈るようなポーズで固めていることから何か言いたいことがあるらしい。
その両手に込められた魔力からレインスは彼女が言いたいことを察す。同時にこの推察を外していたら嫌だなと思いながらメーデルに尋ねた。
「えーと、もしかして治してくれるのかな……?」
「うん……レインスがよければ……」
「じゃあ、お願いしようかな」
男の子の意地的には断ってもよかったのだが、既に手に魔力が溜まっているのは見て分かったので今更断るのも気が引けるとレインスはその申し出を受ける。無表情ながら少しだけ喜んでいるらしいメーデルはすぐにレインスの近くにやって来て額に触れた。
「んと、痛かったら言ってね……?」
「うん」
返事をすると額に少し熱い感触がする。自然治癒力を高めて治療を行う光の魔術だ。幼少よりこの力を扱えるものは殆どいない。そんな繊細なコントロールを要する技術を自然に使いこなしているのを目の当たりにしてレインスは驚いた。
(流石、勇者パーティの回復役として選抜されるだけあるな……この治り具合ならすぐに完治する……)
仙術で自己修復を散々やっているレインスだからわかる回復状態。改めて魔力の便利さを目の当たりにし、自分との差に若干凹むが、それ以上にメーデルが凄いという感嘆の方が大きかった。
(小さい頃からこれだけの魔力を持ち合わせてれば無意識に一般人から怖がられても仕方ない。まして、相手の状態に敏感な光の術者だ。その普通の人の、無意識の怯えすら感じ取って罪悪感を覚えながら日々を過ごしたんだろうな……)
レインスはメーデルのことを素直に可哀想に思った。膨大な魔力はあるだけで生物に恐れを抱かせる。それは人間も生物である限り例外ではなかった。魔力に鈍感な人間でも無意識に恐れを抱く。しかも隠せるというものではない。巨大な魔力は本人にも別の形で影響を及ぼした。それは肉体への干渉だ。
魔力による無意識の働きかけに加えて外見すら常人離れしてしまうこと。それは一般人から更に自分たちと魔力を持つ存在を異なる存在と見做す原因となった。
例えば、人類の危機に晒された前世において戦力を集める際に一つの統計が重視された。それが個人の美貌だ。魔力の多い人間ほど美形であることが証明されており、異界より現れる
その道の研究者によると、魔力が多ければその力を振るうために最適な姿を取るようになるという。人間であれば左右対称で身体に不均等に疲労が蓄積しないように黄金比になる。
そして、魔力を乗せる声は美麗に、発声を整えるために歯並びも歪みなく白く。また、世界を見る眼は大きく。外敵を弾く肌はきめ細やかで弾力を持ち続け、魔力によって紫外線が弾かれることでシミなどとは無縁に。加えて魔力を持つ肌があることから無駄な毛は存在せず、代わりに最重要器官で保護すべき頭の部分にある髪の毛は艶やかにその魔力の色を宿して君臨する。
現にメーデルがそうだ。
幼いながら神秘的なまでに美しい少女。正に神が造形した完璧な人形のようだ。魔力の宿るそのプラチナの髪。レインス達の村で一般的な茶色の目に光を混ぜたような
(あー、ルセナに似てるなぁ……小さい頃はそんなに嫌われてなかったから一緒に遊んで遊び疲れたルセナをおんぶしてたのになぁ……思春期になってからは怒ってる姿しか見たことないなぁ……)
「……どうしたの?」
「いや、何でもない……」
メーデルを見ていると彼女が視線に気付いて腰かけているレインスを見下ろす形で尋ねて来た。それに何でもないと答えつつちょっと遠い目になるレインスだが、治療が終わったらしくメーデルはレインスから少しだけ離れた。
「……終わった、よ?」
「ありがとう」
「ん……頭、撫でないで」
「あ、ごめん」
ついルセナにやっていたようにしてしまいお姫様の顰蹙を買ってしまうレインス。メーデルにとっては自分の方が年上なのだから子ども扱いするなというメッセージだったのだが、レインスはそれを違う意味で受け取った。
(まぁ、やっぱり何となく嫌なんだろうな。やっぱり周囲に相手がいないから仕方なく俺と一緒にいるだけで村から出たら用済みなんだろうねぇ。魔力の相性とかが影響してるのかなぁ……? 俺はそもそも少ない方だし、バレると碌な目に合わないだろうから隠してるんだけど……)
訝しみながら原因を探るレインス。だが、そこまで深く関わる気もないので今は計画優先で帰路を急ぐことにする。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん……」
先頭を切るレインス。メーデルはその後に続いて日が落ちようとしている空を背後にして来た道を引き返し始めた。
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