第5話 適度な接触

(いかん、少し大人げなかったかな……まぁ子どもだから別にいいんだけど)


 村の大人、オーサーが引率を務める子どもたちの中に突如割って入ったレインスは現在森の中で反省していた。原因は少し前に起こした他の子どもたちの茶化す声に少し反撃し過ぎたことだ。

 唐突にグループに入って来て男子から女の子を庇い、彼女と二人きりになることを選んだレインスは男子たちにとって絶好のからかいの的になった。そこで上手く引き下がるのが普通の、一般的な大人。精神年齢は大人であるレインスはそうすべきだった。それは分かっている。

 だが、子どもの身体に引き摺られるかのように精神の撃鉄に火が入ったレインスは反撃に転じた……ここまでであればまだ言い訳が効くのだが、レインスは完全にやり過ぎた。


 具体的には男子たちのお決まりのからかい文句である「お前メーデルのこと好きなのかよー?」「お似合いのカップルだね~」などという囃し立てる声から始まった舌戦。

 それに対してレインスは軽く笑いながら「まぁ、馬鹿よりは好きかもね~? 例えば、ペアの意味も解らずにメーデルのことハブるような頭の足りない馬鹿と組むぐらいならメーデルがいいかな~?」などという煽りで返し、「誰の事とは言ってないのに何か馬鹿な自覚でもあるのかな?」「そもそも二人きりになるだけで意識するとか、そっちの方が意識してるんじゃないの?」という不毛な投げかけを続けた。


 子どもと口喧嘩する程度には幼い精神に返っているが、元々の精神が大人であるレインスの方が稚拙な理論しか展開出来ない村の子どもよりかは口喧嘩が強い。

 どの角度からでも反撃に転じ、男子の一人を徹底的に攻撃することで仲違いを生じさせ、羞恥心を煽りたて、最終的には年齢からして仕方のない母親に甘えたがることをまるで生き恥のように笑うことで完勝した。


 当然、我に返った今は猛反省しているが。というより何でこっちに来てまで黒歴史を作っているのだろうと自己嫌悪にまで至っている。さりとて、黒歴史を作って生きることならレインスは百戦錬磨。すぐに立て直すべく別の思考を開始する。


(それにしてもあのガキ、敗色濃厚になってから俺とか周りの男女よりメーデルの方ばかりを気にしてたな。多分、メーデルのことが気になるけどちょっかい出すには怖い。それで俺を通して間接的に反応を得ようとしたんだと思うが……)


 何とも微笑ましいやりとりではないか。好きだが素直に行動して拒絶されるのが怖いから遠回しな行動しかとることが出来ない。これが相手の嫌がることをして注意を引くようになるなど悪化するならまだしも今の時点の関係は微笑ましい以外の何物でもない。


 尤も、レインスが壊したが。再びレインスは自己嫌悪に浸る。


(あ~やり過ぎたなぁ……大人として二人のクッションになって然るべき場面であれはない……まぁ、オーサーさんは子どもの口喧嘩程度に見てるから、親に告げ口はないよな……?)


 反省しつつも必要以上のダメージを負いたくないレインスは喧嘩が親に伝わると嫌だなぁと思うことで己が所業に向いていた意識を怒られたくないという意識へとすり替えて記憶からなかったことにした。


 そんな方法でメンタルを回復させたレインスはメーデルを連れてフィールドワークを続ける。上を見ても下を見ても紅と黄の葉が目を楽しませてくれている。木々の実りに小動物たちも喜んでいそうだ。


(あー懐かしいなぁ……王国近辺に出た異常種の討伐が終わった後、現地調査の名目でルセナを連れてピクニックに出かけていた頃を思い出す……)


 森を進み、過去を懐かしむレインス。ただ、思い出したルセナとのピクニックは娘が不機嫌で始まっており、彼のメンタルを削りに来る。


(あー……何で俺は自分で自分を攻撃してるんだろうか……)


 思い出したのは仕方ない。記憶は勝手にあふれ出し、ルセナが不機嫌だった原因についてのレインスの推測を暴き出す。


 当時、レインスは休息のために王国に戻って来ていた。その時の予定では休息のために1週間は城や他家の屋敷で雑務をこなして日帰りで家にいるか、一日中在宅のはずだった。その家にいる時間で家族とのコミュニケーションを図るつもりでピクニックなどに出かける予定で、ルセナとも約束して彼女も喜んでいてくれた。


 だが、現実はそうはいかなかった。

 魔物に時折みられる異常種の対応のためにルセナとの約束を破ることになってしまっていたのだ。


 約束破りの原因たる魔物の異常種は下級種に多く見られる狂暴化などの症状だ。低ランクの冒険者たちが見分けがつかずに犠牲になることが多く、ギルドでは率先して中堅以上である銀級以上の冒険者たちが倒すように伝達している。

 ただ、異常種が持つ特殊能力などの対応などで討伐難易度が上がる割に報酬は二割増し程度としょっぱいことからあまり冒険者側が好んで受けることはない。


(……ん? いや、人間側にも変わった奴がいたなそう言えば……確か【狂宴崩しマッドキラー】とかいう……正式名称は忘れたけど、異常種専門の駆逐人でこれまた珍しいことに薬師のアタッカーとかいう変わり種が……まぁ、思い出しただけでどうでもいいけど……)


 ふと一部の例外を思い出したが、基本的には冒険者が狩ることはその本人が遭遇してロックオンされない限りはない。だがしかし、王国のお抱えであるレインスなどの勇者パーティは事情が異なる。

 特に、その時の異常種は珍しいことに下級種ではなく、上級種であったため見逃すことも出来ない上に確実に討伐できると見込めるのが当時の王国には休息に戻って来たレインスしかいなかったのだ。民が苦しむなどの話を受けて断ることが出来なかったレインスはそれを了承。当然、計画等の準備期間を含めると1日で終わるようなものではなかった。そうなると王族や有力者など日程変更が出来ない用事を避け、調整可能なルセナと過ごす予定の日程を動かすしかなくなる。


 結局、ルセナとの日常は予定の半分未満。レインスも前線から離脱して取る予定だった休息が一切出来ない状態で空元気で何とか動いていたため、気遣いも不十分だった。

 不幸中の幸いにもルセナはいい子だったので空気を読んで無理に機嫌を直し、その後はレインスと共に遊ぶ中で自分が不機嫌だったことを忘れてくれていたようだが。


 当時のことを思い出しているとなんだか気が滅入り始めたレインス。気を紛らわせるように周囲の自然を見渡して、彼は少し高めの視界に紅く、球と箱の間のような形をした木の実を見つけた。そしてそちらに近づいてよく見て確信する。レインスの勘が正しければこれは食べられるものだ。


「やっぱりタイザンボウシだ。メーデル、食べる?」

「……うん」


 1つ手に取って食べてみるレインス。非常に甘いが口の中に後が残る味。だが、甘味に飢えた普通の村人に勧めるのには申し分ない。そう思って自身に空元気を取り戻すために少し明るめのテンションでレインスはメーデルにタイザンボウシの実を差し出す。

 受け取ったメーデルから帰って来たのは抑揚に乏しい声と微妙な間。だが、意志ははっきりと聞き取ることが出来るのでレインスにとっては問題ない。無視や無言の方が辛いのだ。言葉が帰ってきているなら何とでもなる。


「…………ありがと」

「ハハ、気に入ってくれたなら何より」


 食べた上で小さなポーチの中に詰め込んでいるメーデル。村に甘いものは少なく、特に孤児で村に養われているメーデルからすれば生活必需品でもない甘い物は食べることが殆どない。当然の帰結だった。


(持って帰るのはいいけど、帰る前に潰れてそう……まぁいっか)


 余計なことを言わずにレインスは移動を続けながら時折珍しい物や有用な物、そしてルセナが好みそうなものの前で止まってメーデルの反応を窺う。


(うん。母娘だけあって割と好みが似てるなぁ……尤も、甘い物とか綺麗な物が嫌いな人の方が珍しいから適当なことを言ってるだけだけどね……)


 色とかの好みが似ていると思いながらレインスは今日会った時よりも大分警戒心が薄れて来たメーデルのことを眺める。警戒心が薄れたのはこちらに心を許しているのか、それとも疲れてきているのかは不明だが、取り敢えず身体的な疲れは見て取れたので彼は足を止めた。


「そろそろ休憩しようか」

「……うん」


 疲れが目に見える前に休ませる。レインスは一切疲れていないが、やはりメーデルは少し疲れていたようで切り株に腰掛けると息をついた。

 それを横目で見た後に周囲をメーデルに気付かれぬように一通り警戒してレインスは別の切り株に腰掛ける。そして少しだけ息を吐くと空を見上げて太陽の位置を確認して頷く。


(……よし、ある程度時間は潰せたし目的は達成したかな。少し休んで今来た道を戻ればいい感じに疲れてそのままお開きに出来そうな感じになるはず……ウチは家の方向が違うから分かれてそのまま森に向かえば問題なく計画通りの一日に……)


 レインスはそう考え、見えない程度に表情を緩めた。その間隙をついてメーデルが口を開く。


「……あなたは、私が怖くないの?」

「は……?」


 その時、レインスに再び頭痛が走った。



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