第4話 出会い

 魔王軍を撃退すべく目標地にて迎撃態勢を整える日々を送り始めたレインス。だが、彼は勇者に仕えた由緒あるヘラジラミナ家の子どもであることを忘れてはいけない。前線が魔王の脅威に晒されているということで今日も自宅で厳しい訓練が彼を待っていた。


「レインス! 何だその体たらくは! それでも俺の子か!? もう一本だ!」

「まぁまぁ、父さん落ち着いて……丁度よかった。僕、もう一番やりたいと思ってたからさ」

「む……だが、ライナはもう……」


 道場の壁まで弾き飛ばされたレインスの代わりに兄であるライナスが立ち上がる。彼はレインスの方を見て少しだけ笑ってウィンクをすると彼の父の前で不敵に笑ってみせた。


(うっわ、我が兄貴ながらウィンクが凄い似合うな。好戦的な笑みも王国のコロシアムなら黄色い声が上がりそう)


 妙なところでレインスが感心している間にもライナスは弟に格好いいところを見せつける。


「さっき指摘されたところがどうにも気になってさ、修正したから付き合ってよ」

「ふむ……よかろう。それでこそ俺の息子だ! レインス! お前はライナを見習ってだな……」

「テヤァァァァアァッ!」

「甘い!」


 長くなりそうな父の話を遮ってライナスが父を襲撃する。そちらに対応してからはもうレインスのことなど忘れて両者夢中だ。その隙にレインスは一息入れて仙術を行使し、内部の回復を始める。


(ふぅ……兄貴もよくやる。にしても、わかっている攻撃を一切避けないのも何かな……逆に疲れる。だからと言って避けたり受けたり……最悪、反応でもしようものなら稽古の難易度が上がるし……)


 内部回復は一瞬で済むが疲労は取れていないというアピールは欠かさない。勇者パーティで隠密として動いていた彼にとって一般人の動作を真似ることなど朝飯前だ。自然な動きで疲労を滲ませながら彼は仙術を練り合わせて自己強化に勤しむ。


(……あぁ、不味い。一瞬寝そうだった……流石に詰め込み過ぎかな……対獣魔族との戦いまで半分を切ったし、追い込み中だからなぁ……普通にヘラジラミナ家の厳しい特訓をこなせばいいと思ったけど、長年の経験から努力と無茶を分かっている以上、厳しい特訓とはいえ普通の子ども用が頑張ったらこなせる位に作られた稽古程度じゃ間に合わない……)


 我ながらよくやっていると自画自賛するレインス。小さく身じろぎして身体を伸ばしながら彼は思考を続けた。


(夜は地獄の訓練と対獣魔族用の罠の作成。朝昼は少し変わったヘラジラミナ家の子どもとして日常に溶け込むとか……こんな生活、絶対に成長に悪いわ……仙氣を扱えば成長なんて弄り回せるけど、体に負担がかかるし……)


 欠伸を噛み殺しながらレインスはぼんやりと前を眺める。こちらに飛んでくる前の意識で行動していると今の子どもの身体にとっては厳しいようで、最近は気を抜けば意識が飛びそうになっている。

 だが、それも敵を倒して行方を晦ますまでだと自分に言い聞かせ、それが終われば自分のペースで生活が出来ると希望を持ちながらレインスは無茶な工程を実現していく。

 その影響で自宅の稽古がおろそかになっているのに罪悪感を抱かないわけではない。だが、これから訪れる災禍を前に何もしないことを選択することに比べれば何てことはなかった。そんなことを考えている間に自身の危険感知に何かが引っかかったのでレインスは顔を上げる。


(あ……兄貴がこっちに吹き飛ばされてる……まぁいっか……)


 ふと前を見ると兄の背中が急激にこちらに迫っていた。避けることは簡単に出来る。しかし、この稽古に参加するぐらいなら一度眠った方が得策だと判断したレインスは兄のクッションとなることを選び、そのままぶつかったことを理由に見せかけて気絶し、稽古をサボることにしたのだった。




 数時間後。


「は~キッツ……」


 気絶と言う名の休息を取り終えたレインスは父親と兄が外出でいなくなったのを見計ってから起床して家から抜け出していた。そしていつものように獣魔族対策のために森へ向かうルートに入ろうと進むが……そこで彼は止まった。彼の行く手を探る感知に引っかかるものがあったのだ。そこで様子を窺うと、今日はいつもの獣道に続く場所の付近で村の子どもたちが村の外についての勉強をさせられているようだった。レインスは思わず苦い顔を浮かべる。


(同年代のガキどもに捕まると面倒臭いな……一応、様子だけ見て時間がかかりそうだったら別ルートで行くことにするか……)


 同年代をガキと切り捨てるレインス。しかし、精神年齢にかなり乖離が見られるのでそれも致し方ないことだ。

 取り敢えず、ということでレインスは気配を消して同年代の四名と引率となる大人の村人がいる場所を遠くから観察してみる。


(つッ……? あぁ、あれは……)


 その内の一名を見てレインスの頭に痛みが走った。男子二名と女子一名が盛り上がっているのを少し離れて冷めたような目で見ている、人形のような美しさを持つ幼い少女だ。彼女を見た途端にレインスの頭には過去の記憶が痛みと共に蘇る。



『どうしてあなただけが生き残って……レインス。あなたに問います。何故、あなただけが生き残ってライナさんのように本当に生き残るべきだった方々が死んでいるのですか?』



 視界が、暗くなる。脳内に響く音は前世で村を襲われ、辛うじて生き残ったレインスに再会した少女が発した質問。それまでの友誼が嘘であったかのように無表情に、何の抑揚もなく、ただの事実確認のように告げられた言葉。その時、10にも満たなかったレインスのトラウマとなった一言。彼のその後を決めることになった大きな要因―――


 ―――それらを、レインスは頭痛と共に呼び覚まされるその音を、歪んだ笑みで飲み下す。


(……今は、目の前のことに集中しろ。心を乱すな。そんなのは家に帰ってベッドで転がりながら考えればいい……俺の黒歴史はこんなものじゃないはずだ)


 唐突な再会による痛み。だが、レインスの揺らぎは一瞬だった。立て直し方がやや後ろ向きだが魔王討伐の旅における苦労は、精神の揺さぶりは、この程度ではなかったとレインスは切り替えたのだ。意識を切り替えたレインスは再び目の前の光景を見つめる。


(……口頭での説明が終わってそろそろフィールドワークに続くか。ここから奴らが離れる上に俺が行く方面は危険だから誰も来ない。いい感じに終わることになるが……)


 読み取れた口の動きや盛り上がっているらしい三人組を見てレインスは冷静にそう判断を下す。だが、彼が気になるのはそこだけではなかった。しばし時間を置いて思考にゆとりを持たせると目の前の集団はどうやら問題に直面していることが分かった。


(にしても、困ってるなぁ……オーサーさんはペアで組んでほしいみたいだが、子どもたちはメーデルを変だと認識して無意識に距離を取ってるから難しい、と……)


 目の前の彼らが抱えている問題。それは目鼻立ちが整い過ぎている上、溢れる魔力が髪色に現れてプラチナ色になっている少女……メーデルと呼ばれる美しい少女が村の子どもたちにはあまりに異質に見えて近づけないことだった。


(……まぁ、住む世界が違うからな……俺には子どもたちの気持ちがよくわかる。うん。)


 彼らの感情はレインスにはよく理解できた。【聖女】メーデル。彼の元トラウマ要因で……そして、かつて彼が居た世界で実行した魔王討伐のために歩みを並べた大神官。後に英雄の一人になる少女だ。気後れするのも無理はない。レインスも肩を並べたとはいえ、性根が一般人であるため彼女のことが他の英雄たち以上に苦手だった。


(だからまぁ、仕方ないと言えば仕方ない。ここは放置して迂回するのが最善手なんだが……)


 内心でそう言いつつ動かない状況を見てレインスは苦い顔をする。彼個人としてメーデル本人が苦手なのは紛れもない事実。出来れば避けたい相手。だが、色々と込み入った事情から幼いメーデルの姿を見ると何とかしてあげたくなってしまう。


(んー……困る……いや、小さい頃のルセナに本当にそっくり過ぎる……まぁ、母親だから当然なんだが……あの男の要素はどこに行ったんだろ……?)


 端的に言うのであれば、父性が疼くのだ。


 彼とメーデルの間の込み入った事情。それは、魔王討伐の旅の最中に死んでしまった勇者パーティの一員だったメーデル夫妻の娘であるルセナを、政略結婚を断り切れなかったレインスが当時の唯一の家庭持ちとして引き取ったということにある。

 勇者パーティが結成される前にあった幼いレインスとメーデルの一悶着を知らない面々がそれを促して実現してしまった事情。

 教会での修業の最中に聖母の如き優しさを身に着けて別人のようになった彼女と本来この場にいるはずだった存在を演じ続けることで償いとしていたレインス。

 彼らの上辺だけの人間関係を見て行われた養子縁組。


 だが、決まったからにはやると決めていたレインス。そんな彼の実情は魔王討伐の旅で殆ど家にいない父だった。全然できていなかったと今でも反省している。

 しかも、出来ていないどころか逆に最悪だったと今でも思う。レインスの代わりに死んでしまった兄の役割を果たすために社交場にて彼を演じ、浮名を流すレインスなど娘に嫌われて当たり前だった。戦時下で解放された東の共和国の秘術である転移技術を錬金術師と国の精鋭魔術師によって再現して出来る限りこまめに帰宅したところで焼け石に水。


 娘には最後の戦いの前にはもう帰ってこなくていいとまで言われるほどに嫌われていた。思い出しただけで凹むし、これだけの精神ダメージを負ったのだからもう今日は帰っていいんじゃないかと思い始めるレインスだが、決意新たに目の前を見据える。


(……そんな酷い奴だからこそ、今度はルセナに何とか……いや、あいつはルセナじゃないけど……)


 決意新たにしたところで間違えていることに気付いて思い直すレインス。だが、それでも色々と思うところがあるらしくメーデルから目を離せない。


(でもなぁ、困ってる時の仕草とか、ルセナはメーデルの事覚えてないのに超そっくりなんだよなぁ……)


 教会の修業の最中に心を隠すのが上手くなったメーデルからは見出せなかったルセナとの共通点。そもそも、嫌いで避けている相手のことをよく見ていなかったということもあるが、今見つけた俯きながら両手を腹部で祈るように合わせ、身体を腕で抑える仕草。


(……急にトイレに行きたくなったのを言い出せない時のルセナみたいな感じだ。まぁ、要するに言いたいことが上手く言えない時の仕草だが……)


 そこまで読み取ったレインスはしばし瞑目して考える。今日の予定では実家での訓練後、罠を設置する作業に戻る他、身体を虐めた後に仙術で回復を早めて肉体改造を行うつもりだった。


(……まぁ、森の中なら自然があるし、仙術で回復できるから計画を一部変更しても何とかなるかな……それにアリバイ工作にもなるし……)


 色々と考えた後に導き出した結論はこれだった。そうと決まれば計画の修正は早い。レインスは実家の修業をサボって遊びに来た悪ガキを装ってオーサーが引率する子どもたちの集団に混ざりに行った。



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