Rustysky 2097ー4

 ジャンが入った部屋は、採取した検体が置かれている分析室のとなりに位置するモニター室だった。壁一面に映像フィルムが貼ってあり、分析室の様子を映し出す仕組みになっている。

 モニター室で操作するのはロボットアーム。様々な作業内容がプリセットされていて、人が操作するのはそのプリセットの選択だけになっていた。ジャンは壁面映像のスイッチを入れて、分析室の空間全体を反映させた。

 今日採取した人形が検査台の上に置かれていのが見える。すでに洗浄は終わっていて、目に巻かれていた布もとられ、口に張り付けてあったテープもキレイにはがされていた。洗浄された人形は、本来のサテライト・ドールの姿を成していた。

「はあ、」

ジャンはため息をついた。これからまぶたを開いて瞳の虹彩を読み取るのだが、この作業が苦手だった。人間じゃないのだから、人間じゃないものにどんな事をしたってどうってことはない。それは分かる。分かっているけど、、、

 もう一度深く息を吸って覚悟を決めてからパネルのスイッチに触れた。

 シュー、という音を立ててロボットアームが動き出す。

 始めに行う作業として、瞳の虹彩を読み取り、詳細なデータを抽出するという工程があり、その後にボディーの傷などをチェック。サテライト・ドールには必ず元の所有者が居るので、その所有者を特定、それらの詳細な情報を公安局に報告するのが一連の流れだ。

 この研究所でやらなければいけないもう一つの目的。いや、メインと言っていいかもしれない重要な仕事があった。それは人形が内包するエネルギーパックの回収だ。

 28年前、エネルギーパックの爆発に巻き込まれて、4人の犠牲者が出たことがあった。事件のことは入省する際に誰もが研修で教えられる事だが、内容そのものは伏せられ、エネルギーパックを放置した際の危険性に重点を置いた研修だった。

 犠牲者は誰なのか、なぜ暴発したのか、現場はどのような状況だったのかが分からず、事件そのものを調べようとしても閲覧制限がかけられていて情報にアクセスできなかった。ジャンは多少不審に思いながらも、きっと残酷な描写があったのか、犠牲になった人たちのプライバシーの保護のため見せられないんだろう、と思い、それからは研修で教えられた事を守りながら作業を続けた。

 そして、エネルギーパックの暴発事故もそれ以来起きていないのも事実だった。

 そんな簡単には暴発しないように出来ているし、もしここで暴発したとしても、ラボの分析室はそれを想定した作りになっているので壊れないだろうという安心感もあった。最初のころは結構ビクビクしていたものだが、なれてしまったということか。

 ジャンはロボットアームが動いている様子を、後ろ手を組んで眺めながらそんなことをぼんやりと考えていた。


エネルギーパックの回収が済んだあと、その先は公安2課のドローン部隊が元の所有者を逮捕をして、検察局に引き渡し、起訴などにもっていくのが流れだ。

 中央省サテライト・ドール管理局、東方研究所の仕事としての範囲は、オセアニア共生圏に何らかの理由で捨てられた人形を拾ったあと、データを集めてエネルギーパックを回収、公安局本部に報告するまで。なので、ラボの俗称は『人形拾い』。揶揄やゆをされているようにも聞こえるが、実際は地味で面白味のない仕事だと一般的にそう理解されている側面もあるので、あまりやりたがらない者も多い。なので、入所しやすかったのもジャンにとってはありがたい話しだった。


 4本のアームが作業を分担。そのうちの1本のアームが額を押さえて、別のアームが先端に空いた穴からドリルのように回転させながらヘラを突出させて2本に分岐させた。人形の左まぶたにあて、上下に開く。右のまぶたも同じように開いた。

 作業を監視しているカメラが動き、作業台の真上に位置したあと、ズームで顔に迫っていった。同時にまぶたを開いたアームが移動して、カメラにその場所を譲った。

 モニター室の机の上にある、ホログラムディスプレイにカメラの映像が連動して、人形の目をアップにして映し出す。

 瞳の色は、なんというかはちみつみたいだ。それがジャンの印象だった。もうここまで来れば怖がる必要もないな。後は落ち着いて情報を抽出すればいいだけだ。

 人間の瞳の色とは違うことになぜか安堵したジャンは、落ち着きを取り戻し、ディスプレイに意識を集中していった。


 

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