Rustysky 2097ー3

 オセアニア共生連合。ニュージーランドの北島の西海岸沿いにあるニュープリマス中央省サテライト・ドール管理局、東方研究所は、オセアニア共生連合の最

も東に位置するサテライト・ドールの実働監視部隊のある研究所となる。

 実働監視部隊は全部で6名が所属しており、そのほかにサテライト・ドールの技術専門員が1名、ドローンのメンテナンス担当が2名勤務している。

 

 今は四月。季節は秋で、ここプリマスは温暖湿潤の比較的穏やかな気候だが、これからは冬に向かって少しずつ寒くなっていく。心なしか、漂う空気もどこか冷たく、季節の移ろいを感じさせた。


 ラボの待機室にいるジャンとマルティンは、ソファーに身体を投げだしてくつろいでいた。


「あー疲れたなーもう帰ろうかなー」

 マルティンは、心底疲れた様子で天井を見上げて口を開けていた。

 その様子を向かいのソファで見ていたジャンは、改めてマルティンの横顔をじっくりと眺めた。


 マルティンは無毛症である。全身のありとあらゆる(毛)がなく、文字通りのツルツルだ。歴史を見れば以前からあった病気だが、現在では男性の百人に一人の割合で生まれてきて、女性には発現しないのが特徴的だ。遺伝的な欠陥か何かだと思われているが、その実、病気という分けでもない。ある日突然(毛)のある両親から生まれて、そして、無毛症の父親から(毛)が普通に生えている子供が生まれて来る。

(羊)に診断を委ね、そして得られたのは結局のところ原因不明との回答のみ。それらしいような理由をいくつか並べていたが、どれも医学的には納得するに値しなかった。

 突然出現して次世代の子供たちに直接遺伝する訳ではないが、明らかにその数は増えていった。アルビノのように有史以前から存在し、その存在の割合も変わらないのとは違い、年を追うごとにじわじわとその数を増やし、今では全人類の男性の百人に一人存在する。不可解ではあるが、不治の病のような理不尽な恐怖もない。あるのは、この現象が自分が無毛症で生まれる確率が百分の一という数学的事実だけだった。

 ラボのシャワー室で何度かマルティンととなりになったことがあるジャンは、初めてその全身を目にした時に感じたのは、強烈な違和感と、今まで感じたことのない美的感覚だった。もともとが筋肉質なのに加え、褐色で肌つやがよく、何かの映像で見かけたことのあるようなその艶やか肢体は、旧世界の美術館にあるような彫刻を連想させた。

 決して(脱毛)では得られない美しさ。生まれ持った外見的特徴は、ジャンにとってはまさしく芸術と言えたのだ。

 そのある種、特異とも言える感動は、初めてサテライト・ドールを目にした時に感じた(非有機物で構成された疑似有機生命体)の違和感のそれに酷似していた。マルティンはその逆だったが、瞬間的に感じた違和感からの、感動的なまでの美的感覚的落差という点では同じだと言えるかもしれない。

 例えばサテライト・ドールを目にした時、脳は瞬間的に人間だと認識するが、数秒後には(人間を模した全くの別のモノ)という認識にすり替わる。そこで得られる落差は、かつては不気味の谷と言われた、本来は気持ち悪いものとしてとらえられた感覚でもあった。しかし、50年代以降では、人間に限りなく近づいていった(人形)は、いつしか人間が得る事の出来る感覚的落差を超越し、(人間のカタチをした全く別の存在)として一般的に認知されるようになり、サテライト・ドールという独立した存在へと変遷し、それが独立した美しさへと昇華した歴史がある。

 ジャンが感じた感覚的落差は、それに似ていた。人形のような人間、それが初めてマルティンのハダカを見た時に抱いた感想だった。


「今日はもう誰もいないの?」

 マルティンは天井を見上げたまま、ジャンに尋ねた。

「ああ、そうみたいだな」

「みんな帰ったかー、じゃあ、やっぱりオレも帰ろ」

「見ていかないのか? せっかくのオールドタイプだろ」

「うん、今日はやめとくわ」

大きく足を振り上げてから、ストン、という感じで起き上がり、じゃあまた明日と言って手を振りながらさっさと帰っていった。


 ジャンは帰っていくマルティンの背中を見ながら、自分はどうしようかと迷っていた。今日の収穫でもあるオールドタイプは、東方研究所が設立して以来の最も古い人形になる。以前にも数体回収されていたが、そのどれもが60年代に造られたものだった。人形マニアでもあるマルティンが食いつかない理由は単なる疲労から来るものだろうが、何かを感じたのかもしれない。ジャンはそう思っていた。言動や行動が荒いマルティンだが、カンが鋭く、繊細な一面もある。投棄された人形の場所を嗅ぎ付けるのも、大体がマルティンが先だった。同じ20代半ばだが、二つ年上のマルティンは兄貴というよりは、(口調の荒い鋭敏なアンテナを持つ弟)という印象だ。ただ、何を感じたのかは分からないが。


「やっぱ、見ていくか」


ジャンはそう言って待機室の電気を消してから通路へと出た。もう誰もいない研究所は通路の明かり以外はどの部屋も電気が消えて暗くなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る