Rustysky 2097ー2
『ジャン、これを見ろ』
差し出したコントロールパネルを見せながら、絞るように声を殺して話しかけるマルティン。
画面には、ドローンのカメラで外殻スキャンをした(人形)のデータの文字列が並んでいた。その中のprd 059 typ-7 stdという記号に注目。
「59年?」そこでマルティンが興奮している意味を知った。今までの記録を塗り替えるほどに古い
『スゲー、初めて見るぜ、これってさ、ラヴァーズっていうやつだろ?』
「ああ、そうかもな。だけど外殻スキャンだけじゃ何とも言えないだろ」
『なんだよ、結構冷静じゃねえか。お前が探してた人形と同じ世代かもしれないんだぜ?』いささか肩すかしを食ったようなジャンの反応に不満の声を漏らすが、しかし、ジャンが冷静になる理由も理解できるマルティンは、こっちに引き上げてみようぜと言って、ドローンを操作して自分たちの立っている場所まで掘り出した人形を運ばせた。
近くで見ると更に不気味だった。両手の肘から先、両膝から先の四肢が無いのに加えて、目には黒い布を巻かれ、口にはアルミテープのようなものが貼られていた。髪は砂が付着していて元の色はハッキリとは分からないが、恐らくはブロンドかライトブラウンといったところか。あまり長くない、いわゆるショートボブのような標準的な髪形だ。乳房も大きくない。投棄した持ち主は(カスタマイズ)を好まない性格だったことが分かる。ただ、四肢を切断した意図が分からないため、何らかの異常性はあったと見るべきかもしれない。
外殻の初見で判断できることはこれくらいか。ジャンがそう思ったと同時に、マルティンが目に巻かれている布を外そうとしていた。
「ちょっとまて!」
あわてて制止するジャンを振りかえり、マルティンは怪訝な表情を浮かべてジャンを見た。
『なんだ? 詳しいこと知りたくないのかよ』
「ああ、分かってる、分かってるよ。だから、ラボに持ち帰ってから調べようぜ。もう日が暮れてるし、寒いしさ、早く帰ろう」
『あ? うん、ま、そうだな』
「そうそう、早く家に帰ってビール飲んで、ゆっくり休んでとっとと寝ちまおう」
マルティンがビールが大好物だということを知りつつ、それをエサにしながら早く帰ろうと急かすジャン。どう見ても怪しげな態度だが、ビールという単語が出てきた時点でアタマの中がビールで満たされてしまったマルティンも、早く帰ってビールにありつこうという気持ちになった。
『じゃ、さっさと帰るとするか。ビール、ビール』
再びドローンを操作して、自分のPatからストレッチャーを降ろし、その上に人形を乗せた。さらにカバーをかけてからベルトで絞めて、後部ハッチからドローンごと格納した。
ふう、と、一安心したジャンはため息をつき、屋上で空を見上げたら満点の星空だった。いつの間にか風もやみ、静かで何もない砂漠の夜。黄色い月明りで照らされた廃工場は、さらに寂しく、不気味な姿を見せていた。
Patで帰路につく間、ジャンは(人形)の事を考えていた。マルティンが目隠しを取ろうとしたのには理由がある。(人形)の瞳にある虹彩を読み取れば、確実な情報が得られるからだ。造られた年代、個体識別、カスタムの有無、稼働時間と活動区域、内部のエネルギーパックの状態、etc、、、その(人形)に関わる、ありとあらゆる情報が露呈する。そしてその情報は中央省公安局のプールに繋がり、照合し、過去の所有者までも特定できる。
ただし、新しい法律が制定された70年以前に製造された(人形)はその限りではなかった。古い法律の中では器物に分類され、一般的には通常のデバイスと同じ扱いとなる。例え不法投棄をしたとしても、全財産の12%の罰金を払えば、悪質だと判断されない限り、投獄などにはならないケースがほとんどだった。
マルティンはそれを早く知ろうとしたのだ。(人形)の虹彩を読み取って、掘り出した(人形が)オールドタイプであれば、かなりレアな案件になり、(人形)マニアでもあるマルティンには、堪らない個体だ。そのこともジャンには分かっていた。
ジャンは(人形)の目を見るのが嫌だった。この仕事を始めた5年前からそれは変わらず、慣れることはなかった。
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