5
空はメルと青年が初めて出会った黄昏の色に染まりつつある。
蜃気楼のように揺らめきだした街を眼前に、メルは立ち尽くした。
何かできることはないのだろうか。
しかし、時を止めるすべをメルは知らない。
思わず伸ばした手が届くその間際、あまりにもあっけなく街は姿を消した。
「や、やだ……待って!」
刹那、一陣の強風。
それはあの街で見たあらゆる花びらを舞い上げていた。
はらはらと舞い落ちる色とりどりのそれは
メルに触れるたび黄金の光の粒子となってはじけ、消える。
「消えないで……!」
つかもうとしても、消えてしまう。
それは夢の終わりのようにも思えた。
にゃー。
黒猫がメルの足にすりよった。
あの街を、あの青年を知るのはもう少女とこの猫だけだ。
思わず抱き上げてその温かさにほっとする。
にゃー。
優しく、しかしはっきりと猫はメルの腕を拒絶した。
「……あなたには、行くところがあるのね」
満月の瞳がじっとメルを見つめる。
―――夜の出来事が、頭をよぎった。
「祈りの言葉……」
悲しいなら、忘れてほしいと言った、友人と呼ぶにはあまりに短い出会いだった彼。
メルは目を閉じ、ひと呼吸をおいてそっと開いた。
世界は変わらない。赤く、蒼く、グラデーションを描くある1日の終わり。
「案内してくれてありがとう。……どうか、元気でね」
1度だけ顔をすり寄せ、黒猫をそっとおろした。
猫はにゃあ、と答えて歩き出す。
黄昏、命が帰路につく時間。
誰もがみな帰る場所を探してる。
「まだ、歌を聴いてもらっていなかったな……」
彼もまた、帰ったのだろうか。
「私だけの、言葉が、届きますように」
1滴の涙がこぼれる。
メル・アイヴィーは静かに歌を紡ぎ始めた。
―――この別れは寂しいけれど、悲しいだけじゃない。
輝く時間があったことを、私は知っているから。
少女の祈りは美しい旋律となって世界に響いた。
捧げる相手は遙か、観客もいない。
いつか時の流れとともに忘れられるだろう歌。
それは優しい忘却を望む歌。
やがて忘れるための歌 鳥羽 @toriba
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