第38話 セリ6-4
黙りこくった。図星か。
あの日の夜には結局何の話もなかったくせに、しばらく微妙な距離感を感じてた。はっきり言えば避けられてた。意外なササヅキの繊細さにどんだけショックだったのと正直呆れた。といってもふたりで回してる店だ、すぐに違和感はなくなったのに。
「ホントに? まさかと思ったのに。結局なにがショックだったの? 起きなかった自分? あたし? それともこれから『なにかある』って?」
「いやその、全体的にその全部がな……」
「なにかある予定だったの?」
「ない! ないぞ、けど! 人生なにがあるかわかんねえしある日はだけた服着たコムスメが布団の中で笑ってるとかほんっと心臓に悪いこと起きるしな!? セリはちゃんと幸せにならにゃならんって今更だけど父親らしくここは」
はだけた服を着るという表現が言いえて妙で笑ってしまった。とはいえこれは看過できない。
「失礼だなあ、あたし自力じゃ幸せになれないくらい弱い子だと思われてたんだ」
「そうじゃなくてな」
「だいたいね、あたしが嫌なこと黙って耐える人間に見える? 笑ってたでしょ? いいじゃない、別にあのままササヅキとしてたってあたしは構わなかったもん」
「はああ!?」
「きょうび結婚まで未開通必須って時代でもないでしょ。それにあたしはどっちでもいいんだから。娘でもおくさんでも。ササヅキとこのお店にいられるなら誰が婿にきてもいいし結婚もするよ。でもね、嫁に行くのは断固拒否する! ササヅキが追い出そうとするならネーヴァンジュに言いつけてササヅキに責任とらすよ!」
「お前は何を言っているんだ!?」
「どこにもやらないで。ここはササヅキの場所だけど、あたしだってここがいいの。あたしだってここをつくってきたの。それを取り上げようってなら、取引先ぜんぶ引き揚げさせるからね! 銀行屋を怒らすと恐いんだから!」
「職権濫用だろ!?」
「ササヅキが大家の権限振り回すからじゃん! あたしだってただの店子じゃないもん!」
「わかったそれは確かにそうだから配送切るとか言わんでくれ。セリはホントにやりそうで恐い」
「やるよ当然でしょ? あたしは権利を侵害されて黙ってる人間には育たなかったの。そうしたのはササヅキだよ。忘れたの?」
「気ィ強く育ったよなあ……」
「だって『自分の居場所は自分で勝ち取れ』って毎日石板に借入金積み上げてたの誰よ」
「俺だなあ……」
「それにあたし、ササヅキのこと『お父さん』って思ったことないよ」
「まじか! かわいそうだな俺!」
「でもササヅキ、この10年間、あたしのこと娘だって思ってた? 養育しようとした? 親の責任感じてた?」
「は」
「自分のことが一等大事だったんじゃないの? 甘えられたら困るって思ってたでしょ? あたしの部屋は賃貸しみたいなもので、ひとつの家で、家族と暮らしてるって認識なかったよね。それであたしはどうササヅキを父親だってとらえればいいわけ」
「まあ、確かに、そうなんだけども、こう、娘らしくなったなあって感慨が」
「そんなの近所のおばさんだって言う」
「おう……じゃあなんだ、セリは俺をなんだと思ってたんだよ」
「始めは債権者、
「おわー」
天を仰ぐササヅキに膝がつくほどイスを寄せる。
「ねえササヅキ、中央通りのこっち側にこんど居抜きがでるの。場所も向きも悪くないよ。宿は縮小になるけど食堂は今の倍近い広さなの。あたし共同出資者になってもいいよ」
「はあっ?」
「建て増しすれば部屋数確保できるけど、それよりちょっと高めの設備のいい部屋にして、ヨークンド様や特騎隊がお忍びで泊まれる部屋にしようよ。馬房を用意しなくちゃいけないからノイルに誰か紹介してもらってさ。表の看板は食堂一本にして、食堂は大衆寄りのままでさ、メニューも少し増やして日替わりとかね、下と上で違う感じにするの。どうかな」
実は未だに馬房は娼館の設備を間借りしてるのだ。マーノンは引退してハールケンの知り合いが後を継いでいる。そっちの伝手でもいい。
「どうって、おい、ずれたずれた、今その話じゃねえだろ」
「同じなんだって。あたしにとっては『ササヅキ』と『お店』は同義なの。だってササヅキ、宿屋よりご飯屋重視でしょ。そっちで賄えるなら副業は減らせばいいんだよ。大丈夫、この店で実績は充分あるから、銀行の融資も下りるし、改築さえ終わればササヅキとあたしの資産で充分返済できるから、そしたらもう1人見習い入れてもいいんじゃない? 大丈夫、回る回る」
「はぐらかすなセリ、お前の将来の話だぞ」
「ハシューキリルはもう断ってるの。あの人はササヅキの跡取りになれない。それだけであたしにはなんの価値もない」
「バッサリだな!」
バッサリもなにもあたしの条件は変わっていない。飯屋なんて他の人に任せればいい、気になるなら経営だけ噛んでればいいだろうなんて言葉が誘い文句になると思ってる男など用は無いのだ。
「あのね、あたしのゼッタイの自信、根拠教えよっか」
「あるのか根拠が」
「ヨークンド様とも検証してるの。あのね、ササヅキが助けた《石の子供》、みんな街の周辺にいるでしょう」
「ああ、そうだな。それがどうした」
「それでレジーディアンは近くないけどその
「《石》の力が? 本当にあるのか? いやまさか、それにお前らせいぜい《ふたつ石》だろ?」
「うん。でもね、みんながササヅキに感謝してるとしたら?」
「えっ」
眉を顰めるササヅキに苦笑する。ホントに昔からこの人は。
「重たい話じゃなくてさ、あのときササヅキが来てくれてよかったなー、今しあわせだなーって思ってる、その程度。別に誰もわざわざお礼言いにきたりしてないでしょ。でも、たぶんその気持ちが《石》を繋いでるんだと思う。
ササヅキのお店は護られてて、いい空気に包まれてる。だからお客さんも安心してご飯が食べられる。農家に行ったマーナからは試作してもらった珍しい野菜が届くし、エッダが嫁に行ったニタはずーっと質のいいお肉を納品してくれる。食事パンはウチでも焼くけど、菓子パンや焼き菓子はドゥーネが宣伝も兼ねてお裾分けしてくれてるじゃない。
もちろんお互い正当な取引だよ、だけど駆け引きがいらないから手の内晒した金額で交渉できるし精算できる。むこうもそれが信じられる。するとね、取引量が増えれば儲かるのは一緒だからササヅキのお店が繁盛するのは万歳なの。
わかるかな、わかってるよね、生まれも育ちも違う、寒村の飢えた子供だったあたしたちがここで足場を手に入れたのは『前借り』させてくれたササヅキのおかげ。街にはなじめなかった子も、返済が終わった子も、みんなまだ繋がってるの。
ササヅキは重たい期待も過剰な感謝も嫌いでしょう。それ、みんな知ってるから。でもね、感謝するのはこっちの勝手。思うのは自由でしょ。そして《石》はそれを繋ぐの。ねえ、触ってみて」
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