第29話 セリ5-1

 新年になり、贋金事件も落ち着いて一月が過ぎた。年明けすぐにマーナとドゥーネが出て行って部屋が広くなる。マーナはたぶんまた秋に帰ってくるけど、ドゥーネは正式に住み込み決定したのでササヅキの厨房を手伝うことももうない。


 夏にはハルタも11歳だし、きっと本採用される。だってレジーディアンの字にそっくりだもん。……ちなみにあたしは年相応。以下ではないはず。たぶん。


「どんどん減るなあ。みんなすごい」


 店仕舞い後、ホールの掃除をしながら溜め息をつくと、ミトラが慰めるように笑った。


「セリもまだ外で働けるような歳じゃないし、マーナも時期手伝いだし、下の子はきびしいよね。ハルタはむしろびっくり」


 ミトラは教会も対象外だったし、食堂開店が決まってからすぐにササヅキの手伝いに入ったので、一番長く働いてるし一番最初に自力で返済が終わった。

 今は普通の住み込み扱いで、しかも住み込み用の個室には移らずみんなと一緒にいるので部屋代も安い。

 比べるとあたしはまだまだ、当面借金暮らし継続だ。


「でも、マーナは早く通年で引き取って欲しくて焦ってるけど、あたし実は焦ってないんだよね~。ササヅキに言ったら怒られるから黙ってるけど」


 時期手伝いのマーナは、戻される秋の半分と冬は娼館の下働きをしている。ササヅキの厨房は手伝いたくないと明言してるので止めないけど、直接返済のほうが早いのにって思う。まあしょうがない。昔はいつも一緒だったのに、今は何を考えてるのかさっぱりわからない。


「セリはササヅキ好きだもんね。ハルタが親子みたいって笑ってたよ。すぐ怒られてて」

「おかしいよね、あたし役に立ってるのにすぐ叩かれるー」

「役に立ってるけど一言多いんだよ、親と子ってより、セリが口うるさいお母さんみたいなとこあるし」


 ミトラが吹き出す。


「この間だってササヅキが組合の集まりに出るっていうんでセリがちゃんとした服着ろだの忘れ物はないかだの言うからほっぺた捻られて!」

「ええっ、おかしくない!? だってササヅキ市場行くのに財布忘れたりするし! 注意しただけでしょ!?」

「あれはだって、買いすぎないようにってワザとじゃない! 確かに結局ツケで買っちゃって支払いにセリが走るハメになってるけど……」


 ヒーヒーお腹を抱えるミトラの足を蹴っ飛ばす。

「ミトラ笑い過ぎ」

「だって」


 涙を拭うミトラに文句を重ねようとしたら、氷室に下りてたササヅキが戻ってきた。


「うるせーぞ、上まで響いたらどうすんだ、静かにしろ。んでさっさと終わらせろ」

「はーい」


 パタパタと続きを済ませ、部屋に戻りふたりで交代に湯浴みする。先に戻っていたハルタとノイルが湯を捨てるのを手伝ってくれた。ハルタがいなくなったらもっと狭い部屋に移らないと。




 夏の後月、ハルタが引っ越した。


「これでもうお店にいるのはあたしとミトラだけだね。誰か雇うの」

 昼の仕込み中、厨房にはあたしとミトラとササヅキしかいない。ずいぶん減った気がする。こっちで寝泊まりはしていても、ノイルはマーノンにつきっきりなのでノーカンだ。


「お前らがけっこう優秀だから、割になんとかなってるんだよなあ。どうしたもんか」


 人は減っても、技術が上がってる分準備は間に合ってるらしい。ただ、人が減ると交代が取れないのだ。ササヅキは宿の夜管理もあるので昼休憩に睡眠時間を取るのだけど、用事があれば出かけなきゃならない。本当はもう少し大きい人がいると助かる。


「どっかの子が来たりする?」


 普通、同業種の子供が他店に修行に出たりするのだ。住み込みはそういうのがほとんどで、残りは本当の弟子入り希望。だけどこの食堂みせはまだ開店から短いから弟子入り希望はいないだろう。


「いや、組合の会合でそんな話もでるが、ウチはまだな」

 こっちもまだ短いので当然か。


「依頼出して組合から派遣してもらおうかとも考えているが」

「それならいっそ教会の孤児の子引き取るとか。あたしたちみたいに」


 ササヅキはビックリしてあたしの顔をまじまじと見つめる。ミトラが「それじゃ奴隷売買と一緒だよ」と肩を竦めた。


「確かにな。寄付金と引き換えじゃそうなるが、時間雇いならありかもしれん」

「ササヅキ本気?」

 ミトラが疑ぐり深い声で諫めたけど、下働きならできると思う。そしたらあたしがもう少しササヅキのサポートに入れる。


「ドゥーネくらいの子で、男の子でも女の子でもいいけど読み書きができて、教会でも厨房に出入りしてる子ならいいんじゃない? ちょっとした自分のお小遣いが欲しい年頃だよ」

「うーん。でも教会の孤児って貧民層上がりの子でしょ。手癖の悪い子もいるって聞くよ」

「でもあの子たちって成人したら貴族の下男下女でしょ。最低限の行儀は学んでるだろうし、やることも近いし」


 貴族の寄付で成り立つ教会は、育てた子供を『御恩返し』と称して無償で貴族に還元する。それがいいことか悪いことかはおいといて(だって衣食住は保証されるし)、どうせ下働きなら技術はあったほうがいい。ササヅキの言う『技術はお前の価値を上げる』だ。


 ミトラはまだ難しい顔をしていたけど、何とかなると思う。


「手癖なんて、初日にササヅキがちょっと脅しかければ」

「アハッ」

 ササヅキは眉を寄せたがミトラは笑った。


 結果として、ササヅキはふたりの子供を連れてきた。見覚えがある。女の子のシェリはあたしのみっつ上、男の子はよっつ上のヴァンス。朝のお勤めではヴァンスはすんごい不真面目だったはずだ。どうしてこのふたりと思ったら、教師様の選抜ではなく、候補者を集めて立候補したのを連れてきたそうだ。やる気を買ったってとこか。

 そしてササヅキは裏庭に全員集めて、立てて軽く固定したあたしの胴くらいある丸太を真上から真っ二つにしてみせた。


「おおう」

 さすがにびびる。あたし真っ二つだよ!


「いいかー、ここのルールを伝える。ひとつ、俺に迷惑をかけるな。ひとつ、克己心を持て。真面目に働けば給金を払う。直接だぞ、お前らの金だ。ちょっと忠告するなら、そこから少し感謝の気持ちとして教会に寄付しとけば続けやすくなる。厨房仕事を覚えれば成人後下働きに出るときも有利になるだろう。ひとつ、やる気が見られないときは交換する。以上」


 シェリは泣きそうだったけど、ヴァンスは興奮してた。うーん、効果あったかな。


 あったらしい。次の日から朝の下拵え時間にふたりでやってきて、夕食の支度が終わったら帰る。ナイフの扱いは今ひとつでも掃除は楽になった。ヴァンスも真面目にやれば手際がよかった。

 そしてなにより、賄いに目を輝かせた。この特権がふたりの心を引きつけたらしい。やっぱり初日の丸太割り、意味なかったかも。ちなみにササヅキに聞いたところ、乾いた木を真っ二つにするのはコツがいるけど人間割るほうが簡単だそうだ。うひょう。悪寒が尾骨から背中を駆け上がる。マーナが怖いって言うの、こういうことかな。

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