第26話 ドゥーネ1-2

 父ちゃんは本当に詳しい話を知らなくて、何も教えてもらえなかった。しかも面接には同席させてもらえなかったのでますます不満が募る。当日、鎧一式と剣を背負ったおっさんとドゥーネが時間通りに現れた。せめてセリかハルタがついてくりゃ話が聞けたのに。


 閃いて、花街へ走った。この時間ならあそこもまだそんなにやばくなってないはずだ。聞いてた説明通りに辿ると、通りからすぐの、ぜんぜんやばくない区画に店があった。正直拍子抜けした。花街ったってこんな入り口じゃ普通の飲み屋通りと変わらない。


 店は閉まってたけど、裏に回ると裏口からセリが知らない顔と一緒に芋を剥いてるのが見えた。


「セリ! 入っていいか」

「ダンテ? どうしたの、なんでここに」


 ちょいちょいと手で呼ばれて中に入る。厨房では夜の支度をしていて、知らない顔は一番大きい、ドゥーネより年上のやつだけで、あとは以前教会に来ていたノイルとハルタがいた。


「お前らってなんなの」

「単刀直入だなあ」

 ハルタが溜め息をついた。


「しょうがねえだろ、父ちゃんに追い出されたんだ、でも俺だって知りたい」

「採用されたらドゥーネから聞いてよ」

「遅せーよ」


 4人は苦笑いを浮かべた。セリが剥き終わった芋を新しいものと交換して手は休めずに「別に秘密じゃないし」と首を軽く傾げる。話す気になってくれたのに気づいて、空いてる台に座りポケットのナイフを取り出して芋に手を伸ばした。


「あたしたち、全部で10人いたんだけど、人買いに騙されて別の国に売られそうになったの。たまたま通りがかったササヅキが助けてくれて、命拾いしたの」

「すげえな、なんだそれ。それでなんで助かったなら家に帰んねえの」

「出身地がみんなバラバラで、しかもずっと東のほうなの。帰る手段がなくて、しかたなくササヅキが引き取ってくれたってわけ。納得した?」


「親はどうしたんだよ、心配してるだろ」


「ここにいるのは知ってるよ。でも、うーん、ダンテにわかるように言うと、あたしたちの家ってみんなここの貧民層くらい貧乏なの。教会で孤児を保護したりしてるでしょ。あのレベル」

「だから私たち、ここで暮らすための手段を必死にさがしてる最中なのよ。だからドゥーネがうまくいきますようにってお祈りしてる。信徒じゃないから神様がどこまで聞いてくれるかわかんないけどさ」

「なんだそれ……」


 セリとハルタが苦笑気味に話す内容は、ここでのどかに芋を剥いてる空気とはかけ離れたものだった。止まりがちな手を慌てて進める。


「でもまだドゥーネも石窯なんて扱えないし、ダンテのお父さん大きかったもの、力仕事でも使えないでしょうね」

「難しいよね」


 溜め息交じりに目線を交わし合う。自分で来ておきながらなんだけど、居心地リ。


 そうか。そりゃ拳も震えるよな。


 窯用の炭や薪も、小麦の袋も、塩も水もなんだって重い。だから店屋は男が多い。でも親がない女は嫁に行くのも難しい。ササヅキってやつがどれだけお偉いさんで金持ちか知らないけど、金持ちだったら店屋なんてやらねーだろって考えると、こいつらの持参金は用意しきれないのかもしんねえし。


 ―――そうはいっても、跡取り息子としては使えないやつが仕事場にいられるのは困るんだけどな。


「だからダンテも、応援しなくていいけど邪魔はしないで」

 考えたことを見透かされたようにハルタに釘をさされる。


「父ちゃんは俺の意見なんて聞かねーよ」

 セリが吹き出した。それから丸まった背中を伸ばしながら残念そうに言った。


「あーあ、ササヅキの演武見たかったなあ」


「えんぶ?」


「ダンテのお父さんが見たがったんじゃん。剣持って来いって言ったのおじさんだよ」

「確かに鎧と剣担いでたけど……あれそういう意味だったのか? たんに父ちゃん剣が見たかったんじゃなくて?」

「あたしはそう聞こえたからせっかくならフル装備で見せてあげればって付け足した」

「はあ」

「ダンテは見なくていいの? かっこいいよ」


「はあ?」


「ドゥーネの採用は置いといて、ササヅキの剣は綺麗だよ。毎朝見てても見飽きない」

「セリは好きだよね」

「だって綺麗じゃん。ササヅキね、毎朝裏で素振りしてるの。朝日が差す前から始めて、日が差す頃には終わるけど、光がぱあって走ってシャンって音立てて鞘にしまわれるとはあーってなるよ」

「なんだそれ」


 やばい、ウズウズしてきた。俺の顔をみてセリが続けた。

「今から戻ればまだ間に合うかもよ」


 指摘されて立ち上がった。


「ドゥーネが使えるやつだったら俺が採用してやるよ」

「いつの話さ」


 ナイフを拭って来た道を戻る。家の裏ががやがやしていた。見ると父ちゃんだけでなく近所のおっさんたちが集まっていて、母ちゃんが渋い顔をしている。はしっこにいたドゥーネを掴まえると睨まれた。


「おじさん完全にササヅキのファンだよ。なんで?」

「知るか。むしろ俺が知りたい。もう終わったか」

「ううん、まだ。人が多いからここじゃできないって言ったら広場で場所取るって別のおじさんが」

「なんだそれ」

「あたしが知りたい。あたしの就職なのに」


「そういやそっちはどうなった」

「夏から通いで様子見るって。春の間はササヅキの厨房でもう少し鍛えてこいって言われた。あと腕力つけろって」

捏ねコネは力いるからな」

「わかってるよ。あーもう、早くおっきくなりたいけどおっきくなる前に就職しないと借金が嵩んじゃうよう」


 借金!?


 俺を見てしまったと口をひん曲げたドゥーネが渋々重ねる。


「どうせおじさんから聞くだろうけど、あたしらみんなササヅキに借金してんの。はやくどっか雇われないと、返済できない」

「あのおっさん金ねーの?」

「なくはないけど、タダでお金くれる人ってなに」

「親代わりなんじゃねえの? その、さっきセリたちからいろいろ聞いて」

「違うよ、面倒は見てくれてるけど、いまんとこは所有者に近いから。あ、でもいい人だよ。こうやってちゃんとついてきてくれるし、まさかここまで見世物になるとは思ってなかっただろうけど」


 にまっと笑って、場所が確保できたらしいおっさんたちにふたりでついていく。広場は辻風が小さな渦を上げていて革と金属の鎧をつけたササヅキは寒そうに見えたけど、子供みたいなおっさんたちに囲まれて構えた。


 それからは、みんな静かになった。太陽はまだ高くて、反射する光がときどき目に入る。鎧は艶消しのようで鈍く輝き、剣は静止することなくひらひら舞って眩しかった。


(ホントに舞みたいだ)


 あれだけ金属を身につけてもほとんど音がしない。見入っているうちに終わってしまった。

 おっさんたちが唸る。ササヅキを囲んで次々にどやしていく。


「お前ホントに軍にいたんだな」

「なんでまた辞めちまったんだよ」

「もっかい見せてくれよ、誰か相手やれねえか? ひとりじゃ演技でつまんねえ。ロッソも徴兵されてなかったか」

「ムリムリ、もう身体動かねえよ、すげえなササヅキ」

 群がるおっさんたちは楽しそうだ。もちろん父ちゃんも。


「……なんだこれ」

「さあ……」

 呆然と眺めてると、おっさんたちは今度は剣を受け取って振り回しだした。


「落とすなよ」

 苦笑気味にササヅキが腕を組む。ちょっと興味が出て俺も混ざる。俺にはかなり長いけれど、柄と鞘を持って受け取る。とたんに落としそうになってビビる。重い。これを片手で振り回してたのか。くるくるひらひらしてたからこんなに重く見えなかった。鞘から出すのは恐かった―――どう考えても片手で鞘を持ったままもう片手で剣を持ち上げるのは引っ掛けて落とす―――のでそのまま両手で構えてみたけど見かねた父ちゃんに取り上げられた。


「帰りたい……」

 戻るとドゥーネが溜め息ついた。




 夏の間は週に3日通ってくるドゥーネの仕事は山積みの洗い物だ。これだってかなり腕力がいる。俺の仕事が減った分、他の仕事が回ってきた。まあそうなるよな。


 秋に入ると収穫祭の準備がある。いつものパンの他に果物をたっぷり刻み入れたパンケーキを焼く。これは焼き方が独特で、保存も湿らせた布でくるんで氷室で保管する。1週間ほど置いてから食う。準備が多いので連日来てもらった。包丁の手際は俺よりずっとよくて父ちゃんに褒められていた。


 俺も12歳になったので約束通り本格修行に入った。俺の場合、成人したら一度よその店に行くことになる。3年か5年で戻ってくるけど、もしかしたら、そのあいだドゥーネが父ちゃんの手伝いを続けるのかもしれない。


 新年になると春生まれのドゥーネは14歳になった。体格はともかく、戦力としては数えられるようになってドゥーネは住み込みが決定した。未成年で住み込み勤務が認められるのは特別な理由があるときだけだけど、ドゥーネは、というかササヅキのとこの女たちはみんな適用されるそうだ。


「そうでないと『ササヅキが』大変なの。もうほんと、お世話になりっぱなしだよ。ここんちで失敗してない分、ササヅキのとこでやらかしてるから。……もちろん損害賠償請求分上乗せ済なもんで、あたしも失敗してらんないから必死だったよ」


 無駄にした材料費や薪代はドゥーネが一人前になってから返済するんだそうだ。やべえ、父ちゃんより厳しい。


「でも待ってくれるだけ優しいよ。だからあたしたちはササヅキから独立するのが一番の親孝行なんだ」

 親っていうか、親戚のおじさん? とドゥーネが首を捻る。


 俺はまだ小遣いでは足りないのでひとりで行ったことはないけれど、ササヅキの店は賑わってるほうだ。ちょっと前からセリがホールで会計芸? とかいうのを始めて、面白がった客が増えたらしい。なんでも都度会計じゃなくて、客に計算機を貸し出してセリの暗算と競争して支払い合計額を出すという……なんだそりゃ。ウケてるってのがまた意味わからん。だけどあいつは今でも教会に通って、寄付までして算術を教わってるそうだから得意分野が使えるってのはいいのかもしれない。


 ドゥーネと並んで小麦粉を練ったりボールを洗ったりしているある日、母ちゃんに言われて気づいた。


「あんたもすっかり真面目に手伝うようになったねえ。子供の弟子なんてどうかと思ったけど、競争相手がいるってのもいいのねえ。あんた兄弟いないし」


 そうかもしれない。

 ドゥーネのほうがひとつ上だけれど、俺のほうが修行歴は長いのだ。負けてられない。

 振り向いた俺をドゥーネがふふんと笑う。


「よろしく先輩。負けないよ」

「望むところだ」

 ニヤリと笑い返して、ふたりして父ちゃんに「うるせえ黙って手ェ動かせ」とはたかれた。

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