第24話 セリ4-3

 ササヅキはしばらくしてからあたしの頭を撫でるようにぽふりとたたき「セリは確かに失敗したが俺の指導ミスでもある。賠償はおいといて、とりあえず反省しててくれ。対策はあとでまた考えよう」とその小銀貨を除けて夜の集計を締めた。その小銀貨分は損金に計上しておくと言い渡される。


「皆も聞け。しばらくは同じ客は来ないだろう。しかし組織的なものだったら継続的に使われるかも知れん。小銀貨の支払いについては他の者は今まで通り俺を呼んで、セリは引き続き自分で会計しろ」


「あっ、あたしも」

「だめだ。それと、時間はかけるな。いいか、今まで通りにしろ。じっくり調べるなんてするな。お前は会計が早いのが売りなんだからな」

「そんな……」


 ササヅキがなにを考えてるのかわからない。その日は眠れなくて、次の日からホールに立つのは怖かった。なのにササヅキは「愛想がない。笑え」と強要するし、確かに近所のおじさんには熱でもあるのかって心配されるし、半ば機械的に笑顔を貼り付けてホールを駆け回る。交代で回収と洗い物を無心にこなす。


 銀貨でなければそれほどの損害じゃないけど、お釣りをださない会計も偽物かもしれないと思うと触りたくなかった。だけどササヅキは譲らず、今日も10人ほどの銀貨を受け取った。夜の精算ではしばらく偽物は見つからず、それでもあたしは胃が痛かった。


 胃が痛いってこういうことだって初めて知った。ササヅキのごはんがぜんぜんおいしくない。気持ち悪いしきゅうっとするし、気を抜くと泣きそうな顔になってしまい、ミトラやドゥーネにそっと指摘されて慌てて取り繕う。3日ほど空けてまた贋金が見つかった。注意してたのに。泣きたくなって泣きたくなくて、やるせなくて拳を握る。ササヅキは「ふうん」と鼻で笑ってそれを除けた。




 偽造貨幣工場が潰されたのは年をまたいだ2ヶ月後の話だ。


 アジトが発見されたのはうちで3枚目の硬貨が見つかってすぐ。実は2枚目の頃には目星が付いてたんだそう。領主様の指示で隠密部隊が付近を探り、関係者を洗い出した上で一斉検挙したそうだ。工場といってもぱっと見は普通の農家で、ただし廃業届が銀行で受理されており、中には鋳造機が複数台あって小銀貨だけでなく大銀貨も作っていたそうだ。ウチのような食堂で大銀貨を出すのは珍しすぎる。注意を引かないように避けたんだろうと言われた。


「捕まってすごくよかったと思うけど、それをなんでササヅキは知ってるの」


 今までの説明は全部ササヅキがしたものだ。店を閉めて掃除をした後、食堂に関わるハルタとミトラとあたしを集めてホールでの説明にあたしは鼻声で訴えた。もう詐欺はないのだという安堵と悔しさがない交ぜで緩む涙腺をササヅキに不満をぶつけることで誤魔化す。


「俺が1枚目の銀貨を組合に持ってったときだ、偶然銀行からの注意喚起も同時に来た。かなり精巧なので知らずに受け取って、銀行に納めた奴が複数いたようだな。出所を掴むために領主様が内偵を放つので、不審な奴がいても自分で締め上げずに組合か銀行に報告するようにというものだった」


 ササヅキはお湯で割った薄いワインを啜り、イライラ顔のあたしを一瞥して続けた。

「ちょうどよかったんでウチに内偵を交代で詰めさせた。ウチにはカモにうってつけのセリがいるし、小銭を作るのに銀行で両替手数料取られるより飯ついでにここで済まそうっていう小商いがいてな、規模の割りに小銀貨を出す奴が多い。そいつらを片っ端から張ってけば『当たる』可能性が高いだろう、そう提案した。銀行のマアルナ支店長が乗って、それからしばらく専門機関の奴らが通ってたってわけだ」


 他のふたりと顔を見回す。ぜんぜん気がつかなかった。ふたりも首を振った。


「お前らに気づかれるようじゃ間諜失格だろ」

「そりゃそうかもだけど……だけどササヅキは知ってたんだね?」

「そりゃ分かるさ。どれだけ戦場にいたと思ってんだ」


 ササヅキの接客だってぜんぜんわからなかった。なんだろう、凄いムカッとする。知ってて知らんぷりして、あたしにもみんなにも普通に接客させて。

 この2ヶ月、どれだけ。


「副長がセリを褒めてたぞ。会計芸も肝が据わってるって」

 むかつくー!


 副長さんにじゃない、ササヅキに、だ。にかっと笑って撫でられたってあたしがどれだけ胃が痛くて寝らんなくて泣きそうで気持ち悪くて張り詰めてたか、知っててそれにすっごく腹が立った。利用するならするで、教えてくれればよかったのに。


 なにから文句を言えばいいかぐるぐるしているうちにササヅキが話を変えてしまった。


「これでこの件は終わりだ。安心はしていいが、こういうことがあるってのは忘れるなよ。この店じゃなくてもお前らがよそで勤めても独立しても他人事じゃないからな。それともうひとつ。セリ、手ェだせ」


 ササヅキがあたしの手にずしりと袋を落とす。促されてテーブルに中身を空けると、小銅貨から小金貨―――金貨!―――までこぼれた。それも複数枚だ。呆然とササヅキを見ると、予想外に真剣な顔が待っていた。


「今回の報酬に銀行から借りてきた。それからこれは銀行で保管している過去の贋金だ。これも数枚借りてきた。小切手があるから金貨はこの先も見る機会ないだろうが、せっかくだ、本物をよく見とけ。全硬貨、重さと感触、なにが違うのか、偽物と比べろ。一週間やるから勘を作れ。次を無くす努力をしろ。これがセリの課題だ」

「勘って」


「この先もしばらく俺の店で働くなら必要な技能だ。あのな、勘ってのは作るもんだ。才能なんて最初の一手と最後の念押しだけなんだよ。経験だけがお前と併走してくれるんだ。

 覚えがあるだろ? どれだけ算術の才能があっても、数字を習わなければそれは目覚めないし、反復がなければ忘れるんだ。ハルタの文字のようにな」


 こんな大金をただそれだけのために、ましてや金貨なんて絶対用事ないのに、お金には手を抜かないところがササヅキらしい。ぐっと歯を食いしばる。


「うん。これ借りてていいの」

「なくすなよ。ホール仕事中は俺に返せよ」

「うん」


 ササヅキ、ありがとう。ごめんなさい。ありがとう。がんばる。見捨てないで。呆れないで。ありがとう。ごめんなさい。涙を堪えるのに必死で俯いて、手の中の重さは心の釘の重さになった。忘れない。絶対忘れない。



 だからササヅキは毎朝反復するんだね。

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