第23話 セリ4-2

 ここは交易都市なので一見さんもよく来る。

 東の味が楽しめるというウチは、東寄りの商人や定期移動している騎士隊の従騎士(平民だからね)が懐かしみに入ってくる。東といってもササヅキが主にいたのは北寄りで、南寄りの東出身なあたしには馴染みのない味なんだけど、東出身の人には「同じじゃないけど懐かしい」って好評だ。ササヅキが言うには、中央こちらの味覚に合わせてアレンジしてるそうだ。


 冬の始まりに現れたその人も見慣れない顔だったけれど、あたしは特に気にせず普通に「いらっしゃいませーこちらへどうぞ」と声をかけた。バサリとマントをよけたもののフードは被ったままなので、男の人・若くない・体格いい・赤毛で髭と認識し、たくさん食べていくといいよーと心で揉み手しながらメニューを読み上げた。


「本日の定食は鶏肉の香草焼きと豚肉と野菜の炒め物とヌードルです。ヌードル以外はスープとパンが付きます。大中小ありますよ。麦酒は1中銅貨です」

「それは全種類頼めるのか。他のメニューは」


「ええと、昼は他は腸詰めの盛り合わせとパイがあります。鶏肉を小定食にして他のものを単品でお出しするのはいかがですか。それでも量は多くなると思いますけど」

「それでいい、いくらだ」

「大銅貨1枚と中銅貨3枚です」

「ふうん?」


 初顔だけどあたしの噂は知ってるのか、暗算で出した金額を疑いもせず、ドゥーネとふたりがかりでした配膳時の会計ではお釣りを調べもせず受け取った。

 回収はあたしが頃合いに向かった。


 うわあ、ホントに完食した。もちろん食べ物を残すなんて贅沢な人はそういないけど、この量ってかなり力仕事の職人さんや兵士でないと無理って量だったのに。麦酒のおかわりをついでテーブルの中銅貨をもらう。


「店主はいるよな? 呼んでこい」

「なにかありましたか」

「旨かったからな、挨拶したい」


 常連になりたいとか? 支払いは配膳時に済んでるし、頼み事なら弟子入りとか。その歳でそれはないか。


 首を傾げつつササヅキに声を掛けると、出てきたササヅキがフードを取ったおじさんを見下ろしてがくりと肩を落とした。


「……あんたなにやってんだ」


 なるほど知り合い。ヨークンド様の時と似てるから軍仲間かな。身形も普通だし第二隊の元部下かも。


「招待するって言ってたろうに」

 ニヤニヤと口角を上げて、赤茶色の髭を撫でつける。


 …………あ。


「懐かしい味だった。こういうてきとうな味のものはたまに食べたくなるな」

「旨いもんの間違いだろ」

「野趣溢れる」

「宮廷料理と比べる方が間違ってるが、あんたは軍飯食い慣れてるだろが。まったくなんて格好だ」


 えええ、これが第五王子アーガンジュナー様。そりゃ招待するって言ってたけど、来るとは思わなかった! 社交辞令ってやつでしょ、普通こないでしょ、こんなところに王子が! ……まあ、ササヅキの上司だもんね、貴族って括りで考えちゃダメなのかも。


 王子って響きからは、なんていうか、えーと、たいへん庶民的に化けていらっしゃいますとか……ねえ。服も使い込まれてて、ヨークンド様の変装には覚えた違和感がこの度はまったく感じられない流れの旅人っぷりです。


「昔取った杵柄というやつだな」

「こいつは下々の真似が長いから……」


 ……ああ、そうだった、平民の志願兵隊に紛れてたんだった。

 王子は本当にご飯だけで帰っていった。なにか頼まれるのかなと見てたあたしは拍子抜けしたけどササヅキはそうでもないようだ。「めんどうな……」と呟いて厨房に戻っていった。なにが面倒なんだろう。




 その人も初見だったけど、いつものように接客して「ごっそさん」の一言にありがとうございましたと返してそのままだった。二度三度来てくれればちょっとした世間話もするし、そういうのが嫌いな人は話しかけるなって空気があるから最低限しか声かけないし、ササヅキには身形と仕草で対応を変える判断力をつけろと言われているのでできるだけ注意して服の素材や言葉遣いを見るようにしている。その人は特にこれといった主張はなかった。だから違和感を覚えなかったのだ。


 閉店後の精算でササヅキが計算の手を止めた。計算が合わないことはよくある。すごく忙しいと何がどれだけ出たか分からなくなることもあるし、会計ミスもある。ミスの方はあたしが入る日は減ったとササヅキが褒めてくれたけど、紙に書き留めるわけでもないからそんなに厳密に注文を控えられないのだ。毎日同じようにつくる鍋から20皿分取れる日と21皿取れる日がでるのだし。


 またずれたのかなとその時までは他人事だった。多少の誤差は想定内なので特に誰も咎められない。だけどササヅキはあたしを呼んだ。


「セリ、今日銀貨を出したのは何人だ」

「11人? 昼が3人で夜が9人だったよ」

「夜のメンツわかるか。知り合いはいい。顔を知らん奴はいたか」

「ふたりは知らない人。ひとりは門でここのこと聞いたって言ってて、豚の大定食と麦酒2杯頼んでった人で、もうひとりはヌードルに串焼きと麦酒つけて、この界隈のこと聞かれた」


「どっちかな……。釣りが多いのは麺の方か」

「ううん、1人目は定食を銀貨で払った後麦酒を2回、それぞれ中銅貨で会計したからお釣りが多いのはそっちだよ。もうひとりはまとめ会計だった」


 ササヅキの眉間の皺が深まる。ひやっとしてきた。なんだろう、なにがあったんだろう、お釣りは間違えてない、なにが。


「銀貨精算してるのはセリだけだな。狙ったか、たまたまか。なんにせよ、長居するとは腹が据わってやがる。よほど自信があるんだな……」

 ササヅキが浮かべた微かな、でも獰猛な笑みに、奥歯が浮くような悪寒が走る。


「ササヅキ、なに、どうしたの」


 椅子に座ったササヅキと横に立つあたしの視線はあたしが少し高いくらい。ほとんど正面からこっちに向き直ったササヅキはじっと見つめて「贋金だ」とゆっくり吐いた。


 にせがね、という言葉の意味を把握するのに、少しかかった。


 ササヅキはあたしが理解するまでこちらをみていたけれど、あたしが「あ」の形で息を呑むと帳簿に向き直った。


「この調子じゃあよそでも使われてるな。小狡い詐欺か大掛かりな贋金作りか。経緯を組合と銀行へ報告しなきゃならんな」

「あたしのせいだ」

「違う」


 ササヅキはあたしには目もくれず、腕組みして1枚の小銀貨を乗せた帳簿を半眼で凄んだ。


「あたしがいい気になって会計してたからっ」

 つけ込まれた。


 ササヅキは初めに言った。覚えてる。

『ひとつ、俺に迷惑をかけるな』


 店に損害出すなんて。足が震えてまともに立てない。気がついたら床にへたり込んでいた。ガリガリと頭を掻くササヅキのズボンに縋る。


「ササヅキ……ッ! あたしのミスだ、ごめんなさい」

「ちょっと待て、今考えてる」

「あたしの借金に上乗せして、ちゃんと返す、絶対返すから」

「うるさい。黙ってろ」


 ビクリと手を引いた。見上げるとササヅキは帳簿から―――銀貨から―――視線を外さずに考え事をしていてあたしのことなんてこれっぽっちも視界に入ってなかった。血が、熱がざあっと腰から抜けていく。


 ミトラが心配そうにこちらを伺っているのも気づかず、ただぽかんとササヅキを見上げていた。


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