第22話 セリ4-1
ヨークンド様の来店から一月ちょっと経った。もうすぐ秋、誕生季だ。やっと。なんだかとても長い8歳だった。去年の誕生祝いのすぐあとに、あたしは村を離れたのだ。
「9歳になったらホールに出ていい?」
ササヅキに頼むと唸っていたけど、ミトラが厨房に戻りたがるのだ。ぜひ交換したい。もちろん洗い物はするし、下拵えもする。けど、得意な人が得意なことをするべきだ。
「まあ、客の少ない時間帯から試してみるか」
というわけで、秋の最初の
もともと値段設定はわかりやすいように、メニューは麦酒が中銅貨1枚、定食が中銅貨3枚と4枚と5枚の3パターンしかない。少なめ・普通・大盛りだ。普通っていうのは大人の男の人1人分に充分だけど、世の中すごい食べる人っているので、大盛りもけっこう出る。
これが、定食以外のメニューが注文されると複雑になってくる。単品ならいいけど、お代わりとか奢りとかが出始めるとごちゃごちゃしだして、お釣りを出すときはなおさらだ。支払いは配膳ごとなのでぴったり用意されれば問題ない。3人に中定食を頼まれて、3人分運んで3人から4枚ずつ中銅貨を受け取るのは簡単だ。
しかしそこに麦酒以外の飲物がついて単品2皿追加して全部の支払いがひとりの奢りとなれば、料理毎飲物毎に精算していたら料理が冷めてしまう。しかも小銀貨を出されたら、一度大銅貨10枚に両替して、さらに大銅貨1枚を中銅貨10枚に両替して、再度続きの精算だ、効率が悪すぎる。ずるい人だとさっき払ったなんて言い出す。
もちろんそんなのササヅキが許さないけど、あたしがお釣りをその場で払えれば揉め事は起きないのだ。秋の間配膳をして、人が多い夕飯時をこなすうちにその思いは強くなった。いちいちササヅキに両替してもらって席と厨房を往復する無駄と効率を考えると、あたしがしっかりすればいい。
そう思って、ササヅキに会計用のお釣りを持たせてくれるよう頼んだ。
最初は信用してくれなかったけど、部下を5人つれてきた士長が全員に麦酒と大定食を奢ったらとか家族連れが小定食3つと大定食1つ頼んだら(ササヅキは家族連れがくるような想定をしてるのだ。今のところ夫婦やカップルは来るけどさすがに花街入り口までくる家族連れはいない)と設問して、あたしがペンと木簡で、場合によっては暗算で答えると、確かめ算したササヅキが難色を示しつつも折れてくれた。
ただし、銀貨は受け取ったあとすぐに厨房に持ってくること、転ばされて盗られたりしないようにポケットを工夫すること、を指示される。返しのついたポケットをエプロンの前後に用意して、受け取った銀貨は深く落ちて別のボタンを開けないと取り出せないようにし、銅貨は裏側からすぐ取り出せるように工夫した。そして大銅貨や銀貨はこまめに厨房で取り置くのだ。
ササヅキは半信半疑―――精算が早いことで揉め事が減るか―――だったけど、団体さんやたまたま小銭が無かった人から口コミが広がって、わざとお釣りを出す払い方をする人も現れた。疑う人には計算機を貸し出して計算比べした。結果として、あたしが間違えない証明をしてもらったようなものだ。
そしてなんと、子供が芸をするというので昼時なら家族連れが来るようになったのだ。主には自分の子供に勉強させるための口実を作りに―――おかげでよその子からは文句も言われたけど、あたしの芸を母親に伝えたのは彼らだしお金を払ってくれるなら客だからあたしは痛くもない。毎度ありである―――だけど、店の明るさや清潔感は好評だったようだ。このあたりではわりと珍しい、東の味付けが出るササヅキのお店は少しだけ話題になった。初めの口コミは色物だっていいのだ。ササヅキの料理はこちらの味付けのものも間違いなく美味しいし、あたしの芸は実務に直結してる。
貢献できてる。
それがこの上なく誇らしい。
「ねえササヅキ、ササヅキはどうやって将来を決めたの」
夜の掃除中、ふと、以前から気になっていた質問をぶつけた。王子と一緒に戦って凄かったってのは時折やってくるヨークンド様から聞いた―――ササヅキが嫌な顔するのが楽しいらしい―――けれど、その前のことは知らない。
「俺か?」
「だってホントなら隣の跡取りだったんでしょ? どうやって軍に入ったの?」
「あー」
みんな手は止めないけど、ササヅキの言葉を聞いてる。それがわかるのだろう、しばらく渋い顔をしていたが観念したようだ。
「俺んちはひいじいさんの代から娼館だ。昔は花街がもう少し街中にあって、大通りをまたいでたらしいぞ、いまはずいぶん東に延びたからここが外れっぽくなってるけど、ウチは割と老舗だ。なんでそこそこいい値段と、それに見合う姫が用意されてる。格式ってのはないが、上客を呼ぶなら安全も必要だ。なので用心棒がいる。いまは雇いで1人、それとハーケルンが亭主と用心棒を兼ねてる。
俺はチビんときに前の用心棒に憧れて―――そいつは軍属崩れの傭兵だった―――剣を教わってな、13の時に志願兵になった。
俺と姉貴は双子で、まだどっちが継ぐかは決まってなかった。けど俺は継ぐ気なかったし姉貴は満更でもなかったからふたりで談判に出た。親父に言ったらアッサリ認められたぞ。
そのかわり、傭兵にはなるなというのが条件だった。兵士になれとな。それは不満だったが、剣を教えてくれた奴が傭兵になりたかったら
金になるのは傭兵だが、あそこは実力主義だし足手纏いはいらない。身体と技術がつくまで金貰いながら軍で鍛えて、その間に性の合いそうな傭兵団を見極めて団長と繋ぎをつけろと。そうすりゃ年季満了で退役してそのまま入団できるとね。
憧れた男の言葉だ、賢い方法だと信じた俺は志願兵になった。今なら分かるが、親父から無茶しないよう上手いこと丸め込めと言い含められてたんだろう。とにかく正規隊用のイチニーサンも教わってたし、いざって時の小狡いやり方も学んでた。どっちかっていうと後者がほとんどだが、おかげで頭一つ抜けるのが早かった。すぐに予備軍から本軍配属になって、下っ端で駆けずり回ってた時に第五王子―――アーガンジュナーに出会った。
あいつ、今でこそ元帥付なんてやってるが、当時は元帥、王子から見れば叔父上に唆されて身分を偽り下っ端やってたんだ。アホだろ。それで死んだらどうする気だったんだと思ったが、五番目ともなると使い道に困るらしくてな、『いい上官とダメな上官の判別ができるようになって、どちらも上手く遣える智慧つけてなお生き残ってたら元帥にしてやる』って約束されて放り出されたってんだよ。一兵士として指揮される側で実地研修だぞ、馬鹿だろ。
無事いまあの地位に居るんだから生き汚い。でまあ、その頃の悪巧み組が引き上げられて遊軍扱いでな、そんなノリで22歳には副隊長だ。いやーこき使われた。
戦争ってな、騎士を含む志願兵と徴収兵と傭兵でやるんだ。一番戦いが上手いのが傭兵。士気も技術も低いのが徴収兵。だから信用できる傭兵団と契約するのが大事だ。将来の元帥様は俺みたいな、傭兵に偏見がなくて直属で金の算段がとれる仲介が必要だった。結局20歳過ぎても傭兵にはならずに軍属続けて、晴れて35歳にして引退御礼ってわけだ。以上。参考になるとこなんてひとつも無いぞガキ共」
まったくだ。
掃除はみんな終わってその辺に座ったり寄りかかったりして聞いていたけど、一段落ついたので解散した。
あたしはまだ訊きたいことがあったのでこっそりササヅキを引き留める。
「なんだ」
「ササヅキはさ、実はけっこうお金持ちだよね。それでもさっさと寄付つけてみんな教会送りにしちゃえばこんなにカツカツになってなかったでしょ? なんであたしたちを残すの。1イルも無駄にしたくない程がめついの?」
「がめついんじゃねえ。セリ、個人資産と事業資金を混ぜるな。今、お前らの分は俺の財布で賄ってる、店の金まで出す気はない。で、ここからは権利と義務の話だ。俺は騎士でも正義の味方でもない。ただし良心はある。だからお前らを助けたのはたまたまでも助けた結果の責任はとる。ただし、これは義務じゃない。お前らを放り出しても俺は責められる謂われはねえ。お前らに権利はねえんだ。
けどな、ここに金銭の授受があるなら話は変わる。お前らの身柄がここにあって、将来返却される可能性の高い借金なら俺は労働その他を提供してやってもいい。お前らには権利が発生する。
お前らが返せると俺が見込めるラインまで、は、頼みごとを引き受ける。これは借りる者と貸す者の強弱はあっても対等だ。お前たちを『いい人が助けてくれたラッキー』なんてふわっふわな状態で放り出すのは俺の道義心に反する。
―――なんの価値も無いお前らに笑顔で近寄ってくるやつらなんざ信用するなよ」
「うんごめん、言葉間違えた。ササヅキはなんで」
閃くものがあった。ササヅキはあたしたちに負い目を作らせたくないんだ。
恩を現金化して憎まれ役になることで、命の恩人へへつらわせたくないんだ。
なんだ。
めんどくさがりでいいひとなだけだ。
「あはは。バカみたい」
「お前、人をバカって」
「あ、ごめんなさい。これも違った。ササヅキって結構損するタイプだよね」
「違うぞ、近視眼的には損しても長期には得を取ってる。この辺はじーさんの教えだな。―――最近はときどきこれでよかったのか疑問になるが」
「安心して! ちゃんと得にしてあげるから!」
「……根拠ねえなあ。しかしお前はよくしゃべるな。最初は口もきかなかったのに」
それは見てたから。あたしたちは流される以外の方法を持ってなかった。
「だってササヅキがいいひとかわかんなかったもん」
「お前、助けてやったのにそんな」
「助けてって思ってなかったもん」
「はあ?」
「えっとね、何も考えてなかった」
「ああ、そういう」
レジーディアン以外はみんな、契約の延長上と思い込もうとしてた。待遇が変わったのもそのうちだと。
「なんだよ、助かりたくなかったのかよ」
「今は、すっごくうれしいよ。あのときササヅキが通りがからなかったら、死にたいって思ってたのかもしれない」
「死ぬのなんて簡単だ」
ササヅキの手にかかったらきっとそうなんだろう。
「でも死ななかったから大丈夫。よかったね、ササヅキ。いっぱい得にしてあげるね!」
「だから根拠がな……まあいいか」
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