第18話 セリ3-3

「ササヅキのいた第二は規模も第一よりずっと小さくて、主に傭兵と一緒に斥候や偵察、奇襲の攪乱など、速さ勝負な部隊を担っていた。ササヅキ、兵士としては小柄なほうだろう。まあ鬼のように強かったけれど。私は戦場で一緒になることは少なかったが、騎馬隊としても軽歩兵としてもまあ速いこと速いこと。傭兵団からも頼りに……いや、信頼されていた。


 ただ、その分正規兵からは嫌われる部隊でもあったがね。第五とはいえ王子直属軍にちょっかいだす馬鹿はいなかったが、陰口がねえ。騎士や志願兵すべてが強くなれるわけじゃない。変則的でもササヅキの強さは本物だった。それを妬むのは―――本人に実力が足りないからだ」


 興味はすごくあるけど、このまま聞いてていいんだろうか。独り言に近い気がしてきた。すごく聞きたいけど、とりあえず話を逸らしてみる。


「ヨークンド様が常連になったら女性客が増えるかもしれませんね。ご結婚はされてるんですか」

「妻がひとり、息子がふたりいるよ。常連は無理だね、私は北か王都にいるから」

 話が終わってしまった。どーしよーかなーと内心焦っていたらササヅキが肩をたたいた。


「セリ、一息ついたならヨークンドを隣に連れてけ」

 ヨークンド様が肩を竦める。

「まあそれでもいいけどね」


 よかったー。いくらヨークンド様でもずっと貴族と一緒は心が安まらない。頷いて明かりを取った。


 宿泊客を案内するルートで廊下を突き当たり、階段でなくドアへ向かう。娼館への渡り廊下をヨークンド様が面白がるようにきょろりと見回す。娼館側のドアをくぐりロビー手前のソファにヨークンド様を待たせ、表の客の案内をしていたネーヴァンジュの手が空いてから「ヨークンド様が」と告げる。ネーヴァンジュは「アイドラ」と中に声を掛けて、あたしにはもう帰っていいと笑った。


 一応帰らずにヨークンド様の元に戻り、アイドラが迎えに来るのを一緒に待った。やがて普段より肌を隠したアイドラが艶然と微笑みながら現れて「ようこそ」とヨークンド様に挨拶した。


「今宵の相手を務めますアイドラでございます。さあ、こちらへいらしてくださいませ」

 アイドラがするりと手を伸ばしてヨークンド様を立ち上がらせ、ふわりと身を寄せて歩き出した。あたしは見送りながらぺこりとお辞儀をすると、ヨークンド様から「またね」と手を振られた。


 そっと伺うと、ヨークンド様がなにか言ったのかアイドラが笑いを抑える仕草をしながら階段に曲がって見えなくなった。


「こればっかりはいつも思うけど」

 貴族も平民も一緒だよね。

 洗い物に戻って隣のササヅキに囁く。


「ヨークンド様結婚してるんだよね」

「そういう倫理観は貴族にゃ無用だ。あいつらの結婚は義務」

「レジーディアンも政略結婚って言ってたしなあ」


 それでもレジーディアンは相手に満足してたからよかったんだし、よけい悪かったわけだ。


「大変だなあ、貴族」

「それも的外れだな」

「わかってる」

 向こうは平民に生まれなくてよかったって思ってるだろうし。


「ところでササヅキはいいの」

「なにがだ」

「たまには隣に行ったりしないの」

 手刀が落ちてきた。


「いたーい! 心配してるのにぃー」

「なんの心配だお前。それにな、なにが悲しくてわざわざ姉弟に弱み把握されに行くんだバカか」

「あそっかー。じゃあ他の店に行ってるんだね、よかったたたたた痛たた耳ー!」

「よけいなことを仕入れてくるコイツは削ぎ落としてやろうか」

「こわいササヅキ包丁持ってそれはコワイ」

「じゃあ黙ってろ」

「息抜きも大切……なんでもないです」


 結婚しててもそんなにしたいものなら結婚してない人はもっとしたいんじゃないのって思うんだけど違うのかな?

 もしかしたらよそでは違うんだろうか。この奥は女を買いに―――ちなみに男もいる。でも目的は一緒だし―――くる男の人ばかりだから、もしかしたらそうじゃない男の人もいっぱいいるのかもしれない。


 店の掃除中、ヨークンド様がアイドラに先導されて戻ってきた。掃除が終わったら部屋に戻るよう言い残してササヅキはヨークンド様と先に上がった。





 昼後の休憩中、娼館からエッダが渡ってきた。

「どうしたのエッダ」

「セリ! ササヅキは? いる?」

「買い物行ってる。半刻くらいで帰ってくるけど」

「ああ、それじゃ会えない……」


 エッダはレジーディアンと違う意味で美人だ。美人っていうか、とろんとして大人っぽくて色気があると思う。唇もぽってりして、いつもぼうっとどこかを眺めていて、少し垂れ目で、左の目尻下に小さな黒石が反射するので、涙を流してるみたいにみえたりする。

 なんてゆーか、守ってあげたいし、ぎゅっとしたくなる。だから姫には向いてると思う。ササヅキに言わせると「あいつは子供で何にも考えてないからだ」だけど。


「どうしよう、ニタがおみせにこないの」

「……ニタって誰?」

「門の外でね、豚を飼ってるの。お父さんとお母さんがいて、豚がかわいいんですって。週に何度か納品に来るのだけど、広場で会えたときは噴水眺めたりしてたの。わたし喋るの苦手だから、いろいろ話してくれるの楽しかった。自分じゃ食べないからって飴をくれたの。ラナータやネーヴァンジュの昔の話もしてくれて、わたしここで姫になるのよかったって、もう怖いことないんだってうれしかったのに、もうニタに会えなかったらどうしよう」

「ごめん、整理させて」


 木簡を引っ張り出して、箇条書きで拾っていく。うう、やっぱりもっと字の練習しなきゃ駄目だ。でもなんとか状況は把握できた。

「なのにラナータは笑うばっかりだし客の家に行くのはルール違反だって言うしもうもうくたばっちまえアバズレScrew you stupid dirty bitch!!!」

 半泣きのエッダから聞いたことない言葉が溢れる。怖っ!?


「え、なに、スラング? 方言?」

「え? あ、いけない、なんでもない。とにかくみんなニタの心配してないの。でももう2ヶ月も来てないのよ、なにかあったに決まってる」

「最後に会ったのいつ?」

「ここで……ササヅキに会った時」

「ああ、あの結婚申込」


「違うのよ、あれは……あれは……なんだったのかしら、わからないけど。もう広場で会わないって言ったのはわたしなのよ、だから広場で会えないのはしょうがないの。だけどおみせにこないでなんて言ってない。……わたし、嫌われてしまったのかしら。おみせでお金払ってって言ったのがいけなかったのかしら。でもおみせの商品になったからその辺でしちゃ駄目ってネーヴァンジュに言われてるの、他にどうすればよかったの?」


 大人びた容姿のエッダがホロホロと涙を落として立ち尽くしている。両手で握られたスカートが皺になりそうだ。むっつ上のエッダがまるで妹にだぶってしまう。あの子は5つだったのに。


「ちなみになにがしちゃ駄目なの」

「野……ええと、閨事」

「閨事は閨でやりなよ……」

「ねやってなに?」

「え、寝室?」

「ああ……そういう意味なの」


 知らないで使っていたのか。ネーヴァンジュに言っておいたほうがいいかな。

 しかしそれはそれとして、エッダが嫌われた要素は見られない。でも男の人の意見は違うかもしれない。


 ただ、担当のラナータが笑ってるってのは気になる。ラナータはあたしのお母さんより年上だけど、やさしくて固定ファンが多いのだ。客にひどいことするとは思えない。どういう意味だろう。


「ともかくさ、あたしのほうで他の人に聞いてみるよ。ササヅキにもなにか知らないか聞いてみる」

「お願いセリ」

 ぎゅっと抱きしめられて悪い気はしない。エッダはふよんとして柔らかい。あたしもきゅっと抱き返した。


「まかせて!」

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